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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
一話『冬底の滝火』
281/1102



 約束をした翌日。

 それは騎士学校が(もう)けた安息日である。

 生徒が寝食を過ごす学生寮(がくせいりょう)を抜け、二人は学園の外へと外出した。

 その足先は、北へと向く。

 凍岳域を訪ねる者自体が少ないので、変装用に拵えた外套姿が(かえ)って目立っていた。いつ見つかるかと肝を冷やしながら、しかし二人は無事に凍岳域への入口となる傾斜路(けいしゃろ)に着く。 

 心を(おど)らせた二人だったが。

「なんだ、あの人たち」

「さー?」

 ミラが首をすくめる。

 傾斜路の前に大勢が集っていた。

 人気が無い途中とは異質(いしつ)な緊張感がある。

 ライアスはごくり、と唾を呑む。

「みーんな、冒険者だね」

「わかるのか?」

「何となく」

 ミラは間食の木の実をかじる。

 ふと。

 ライアスたちは集団の中に、小柄な影を見出した。(かし)の長杖を抱き、忙しなく周囲を見回している。

 緑の髪を肩口で切り揃えた少年だった。

 年の頃は同じに見える。頬のそばかすはわずかに紅潮(こうちょう)し、傾斜路から流れ込んで来る凍岳域の冷気か、それとも不安なのか、早くも唇が震えている。

 レギューム魔法学園の制服を着用していた。

 不用心にすぎる。

 学生の立入り禁止区域に制服を着るのは、自らが学生だと(はた)を振って歩くも同然。

 颯爽(さっそう)とライアスはそちらへ歩む。

「おい」

「ひっ、な、何でしょうか……」

「これ着ろよ」

 震えている少年へ。

 ライアスは外套の残余を与える。

 受け取った彼が躊躇うので、強引に着せた。

 甲斐甲斐(かいがい)しい様子にミラが笑う。

「お前、何してんだここで」

「え、えーと……」

「威圧しちゃ駄目だよー、ライアス」

「うっせ」

 ミラが前に進み出た。

「ワタシはね、ミラ。騎士学校の生徒」

「僕は、ルーク。……魔法学校の生徒」

「俺はライアス。横のこいつと同じだな」

 三人で名前を交換した。

 緑髪の少年ルークは、幾許か緊張から立ち直って、白い吐息を漏らす。

 それから、微かな笑みを浮かべた。

「僕、実は魔獣生態学(まじゅうせいたいがく)を研究してて」

「へー」

「生態学」

「こっそり、ここに通って魔獣を観察してるんだ」

 ルークの一言に。

 ライアスは目を見開いた。

 ――ここに何度も通っている!?

 学生の身分で、凍岳域を往来できることこそ疑わしいが、仮に本当ならば地勢も、そこに生息する魔獣も概ね()っているということ。

 二人は、予め地図を用意している。

 だが、それでも心許ない。

 危険区域への不安を少しでも解消したかった。

 そんな中、ルークの存在は一筋の光明(こうみょう)に思えた。

 同伴すれば、心強い。

「なあ、ルーク」

「はい?」

「一緒に行かねえか?」

「か、構いませんけど……」

 ルークが後ろを(かえり)みる。

 傾斜路の入口に大勢が入っていく。

 武装している姿が一所(ひとところ)に集まれば物々しい雰囲気が醸し出される。それだけでも尋常一様ではないが、我先にと競うように駆け込む姿がさらに怪しい。

 ライアスは眉根(まゆね)を寄せた。

「あれ、何なんだよ」

「冒険者です」

「ほーら、ワタシの言った通り」

「黙ってろ」

 ルークは苦笑した。

「強力な魔獣が発見されたんです」

「強力な?」

「はい、それがですね――」

 ライアスは真剣に耳を傾ける。

 その隣で。

 ミラは通路の方を眺めていた。

 前を占めていた冒険者たちがいなくなり、静寂が訪れる。

 そこへ。

 黒衣の男が進んで行く。

 吹き付ける寒風に銀髪をなびかせ、涼しげな眼差しを投げかけている。黒革(くろかわ)の鞘に納めた剣を腰に帯びた以外の武装は見受けられない。

 そのまま傾斜路へと消えて行った。

 ミラはこてん、と首を傾げる。

「討伐依頼が出てるんです」

「へえ」

「新種なので人伝(ひとづて)で聞いた話なのですが……」

「どんなやつ?」

「黒くて巨大な蟷螂(カマキリ)だとか」

「弱そうだな」

「僕はそれが見たくて」

 ライアスがうん、と唸った。

 本来の目的は、剣聖の亡霊である。

 新種の魔獣は、全く関係無い。同伴者にすれば心強くても、目的が違えば同行させても無意味だ。

 不意に。

 ミラがその袖を引いた。

「早く行こーよ」

「急かすなよ」

 ライアスを傾斜路へと引きずる。

 ミラは彼の思案(しあん)も知らず、楽しげに笑っていた。学生寮を出るまで不安そうにしていたが、今は平生の緊張感の無さが取り戻されている。

 仕方なし、と諦観(ていかん)してミラに従った。

 ルークへと手を振った。

「すまん、俺らはやっぱ別で行くぜ」

「あ、うん。気をつけて」

「おう、悪いな」

 二人で傾斜路を進む。

 内部は氷山を削って作られた隧道(トンネル)となっていた。足下は岩だが、表面が凍りついているので、ときおりミラが滑りそうになる。

 緩やかな曲路に。

 一分と経たず、出口が先に現れた。

 ミラが燥ぎながら駆け込む。

 慌ててライアスが続いた。

「見て、すごいよ!」

「ああ?何が――」

 通路を出て。

 二人は崖の上に立っていた。

 眼下には、幾つもの氷の角柱が屹立する雪原が広がっている。そこで冒険者と、ルークの話にあった黒い魔獣が戦闘中だった。

 さらに下へと続く誘導路(ゆうどうろ)がある。

 二人はその道を辿りながらも景色を眺めた。

 峻険たる氷山の頂が連なり、見渡す限り体が底冷えする光景である。騎士学校は常春の地域にあるため、季節感(きせつかん)が鈍っていた。

 厳冬に閉ざされた土地だからこその風情。

 後ろでミラが感嘆の声を上げる。

「剣聖の亡霊が見れなくても」

「あ?」

「これだけで凄いよねー」

「……かもな」

 初めて気が合った。

 ライアスは嘆息して前に視線を戻す。

 足を止めて、ミラを腕で制止した。

「止まれ」

「なーに?……あ」

「剣、持ってきたな?」

「もちろん」

 二人で剣を抜き放つ。

 誘導路の先に、魔獣が立っている。

 黒い蟷螂――その伝聞とは両腕に鎌のような形状の刃を有している以外は、全く異なる外観(がいかん)をしていた。

 頭部は単眼の狼、首から下は馬の体であり、(ひづめ)でしっかと地面に掴んでいる。

 醜怪な異形。

 その姿を目の当たりにして呼吸が震える。

 ライアスは緊張していた。

 対人以外の戦闘、それも実際に刃を交えるのは初めてである。何より、魔獣などは以っての外だった。

 その様子を見咎めて。

 ミラの顔から笑みが消えた。

「ライアスは右から」

「え」

「ワタシが左から攻める」

「……何処を狙う?」

「一番の脅威は腕だから、刃の付け根になってる肘の辺りをやろう」

「了解。……って命令すんな!」

 ミラが飛び出した。

 ライアスも後続し、誘導路を駆け下りる。

 対岸から、魔獣も前進して来た。

 鎌を唐竹割りに振り下ろす。飛び退いたミラの外套の(すそ)を切り裂き、誘導路の地面に突き立つ。

 彼女と入れ替わるライアスが飛びかかった。

 地面に突き立てた前足を斬りつける。

 狙い通り、細い肘に(はがね)を叩き込む。

 ――が。

『キュルキュルキュル!』

「かてっ!?」

 剣が弾かれた。

 その瞬間、もう片腕が横薙ぎに振るわれる。

 二人の胸裏が戦慄で凍った。

 ミラが前に出て、剣で受け止める。

 途轍もない重圧が体を(おそ)う。子供に受け止められる膂力ではなかった。咄嗟にそれを察知したライアスが、ミラの後ろから剣を突き出す。

 鎌が弾かれた。

「大丈夫かっ!?」

「ライアス、次が来る!」

「げっ」

 また鎌が振り下ろされた。

 ライアスは魔獣の股下を転がって潜る。

 ミラも、その後に滑り込んだ。

 誘導路を転がり落ちるように背後へ回った。

 魔獣が振り返る。

「まずいぞ……」

「…………」

 一歩ずつ踏みしめて。

 獲物を捕らえた愉悦に魔獣が白く吐息する。

 二人は立ち上がって剣を構えた。

 次手はどうする、どう動く。

 混乱して、体が動かない。

『キュルキュルキュル!』

 魔獣が鎌を振り上げる。

 二人は死を覚悟して、目を閉じた。

 そのとき。

「これで――三十四」

 誰かの声がする。

 二人は、はっとして面を上げた。

 眼前で魔獣が停止している。

 ゆっくりと、左右に半身が分かれて倒れた。雪が墨汁を垂らしたように、赤黒く染まる。

 魔獣の背後に男が立っていた。

「無事かい?」

「は、はい」

「い、生きてまーす」

 唖然とする二人の前で。

 銀髪の男が剣を振って血を払った。





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