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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その一
275/1102

小話「雷の港町」



 雷の港町。

 去年から密かについた呼び名である。

 原因は怪奇(かいき)な事件だった。

 幾つもの落雷によって数々の建物などが崩壊し、人々がしばしば記憶を失い、また数日を繰り返したという奇妙(きみょう)な証言を残している。

 それは逸話となり。

 各地からそこを訪ねる者が増えた。

 再興に努めていた街の景気(けいき)は、例年を超える盛り上がりとなっていたが、被害者にとっては未だ恐怖の記憶として焼き付いている。


 大陸随一の物流(ぶつりゅう)を誇る街道を経て。

 一つの荷馬車が港町へ向かう。

 幌で覆われた荷台では、茹だる熱気に二人の旅人が堪えている。

 間もなく街に着く。

「すみません、旅の途中に」

「いや、構わんよ」

 頭を下げたのは、外套(がいとう)に身を包む少女――フィリアである。

 褐色の肌に玉の汗がにじむ。

 隣に座る旅人――タガネもまた汗を拭く。

 実は。

 偶然にも旅の途上で二人は再会した。

 それも、同じ目的地に向けて。

 現在、行動を共にしているのは、ほんのそれだけの理由(わけ)である。

「孤児院が建ったらしいな」

「はい」

「どうして、おまえさんがそこに?」

 フィリアは馬車の後部を見る。

「ミーニャルテの事件」

「ああ」

「あれで、私たちよりも早々に吸収されてしまった人々がいました。その被害者の大半が親であり、残された子が街に溢れたらしいのです」

「…………」

 ミーニャルテ。

 雲霞(うんか)を作って雲中に群棲する魔獣。

 捕食対象を体内で『時間』ごと分解し、繰り返し同じ時間を過ごさせて、幾度も捕食し続けることで充分な魔素を得ようとする。

 だが。

 それは無限(むげん)ではない。

 いずれは完全に魔素として分解される。

 延々と続く巡回にも終局(しゅうきょく)はあるのだ。

 タガネとフィリアは、数回ほど捕食されて以前と同じ経緯を辿り、ミーニャルテに吸収される奇っ怪な日常を過ごした。

 その前に原因に辿り着き、これを打破する。

 ただし。

 この数回の内に、他の被害者の中にはミーニャルテの中で分解された者がいた。

 その多くが子供を抱えていたという。

 この事件に思うところがあり。

 フィリアの嘆願によって港町に孤児院が建った。

 聖女による慈悲。

 世間には、大々的に報じられた。

「あれは魔神教団の仕業だろ」

「はい」

「おまえさんの所為(せい)じゃ……」

「罪悪感だけではありません。あの土地は、思い出深いんです」

「思い出……」

「はい、ミストさんやマリアさん……それとタガネさんに会えたので」

「……そうかい」

 聖バリノー教の巡礼。

 その途次にてタガネと出会った。

 これが起点(きてん)となり、彼女がいま聖女と崇められる今へと至っている。いわば、ここがフィリアにとって、始まりの土地でもあった。

 タガネとしても忘れられない。

 勇者の伝承。

 魔神教団から尋問して初めて語られた真実。

 知られざる歴史を知った場所だった。

「それなら」

「はい?」

「俺にも縁ある土地だ」

「えっ?」

「おまえさんとの出会いも、俺の人生を豊かにしてくれた大きな一因でもある。感謝してるよ」

「……ずるいです」

「うん?」

 フィリアがぐっ、と顔を接近させた。

 仄暗(ほのぐら)い瞳が銀の瞳を覗き込む。

 謎の気迫にタガネは、目が逸らせなかった。

「そんなこと、私以外に言わないで下さいね」

「……いや、それを方々に言って回る旅なんだが」

「ずるいです」

「はあ?」

 顔を引き()らせて。

 タガネはようやく顔を背けた。

 フィリアが引き下がる。

 馬車が停車した。

 二人で前の方を覗くと、港町の入口がある。到着したと悟り、運賃(うんちん)を支払って降車した。

 去っていく馬車を見送って歩き出す。

 惑わす進むフィリアの隣に並んで、そのまま孤児院を目指した。タガネ自身は、観光がてらに復興の具合を確認するつもりだったので、孤児院を見に同伴する。

 入り組んだ路地を抜け。

 白い教会へと辿り着いた。

 タガネは見上げて、ふと軒先にある紋章(もんしょう)を見つめる。

 それは。

「聖バリノー教の教会」

「ええ。もう廃れてしまいましたが」

「じゃあ、おまえさんが巡礼で訪ねたのは」

「ここです」

 扉を開いた。

 中では、修道女と子供達が戯れている。

 フィリアは感慨に目を細めた。

 人に忘れられ、ひっそりと佇み、寄す処のないミストが寝床にするほどの廃墟(はいきょ)だったのだ。

 壊れた壁は修繕され、内装は整っている。

 埃一つない床を、無邪気な足音が騒がせた。

 ふと。

 子供達の注目が二人へ(つの)る。

「あれが聖女様?」

「ええ、そうですよ」

 子供の問に修道女が応える。

 そして。

 視線がタガネへと移った。

「じゃあ、こっちは?」

「こら、人を指差してはいけません」

「誰なの?」

「こちらは…………」

 聖女が戸惑った。

 タガネは苦笑する。

「聖女の護衛だ」

「ごえー?」

「聖女を守る、って意味だ」

「旦那さんじゃないの?」

「そりゃ畏れ多いんでね」

 タガネが肩をすくめた。

 その隣でフィリアが頬を(ふく)らませる。

 修道女が一礼してから二人を中へと招いた。

 それからの時間は忙しかった。

 四方八方から呼び声、遊びに付き合ったり、質問攻めにあったり、背負(おんぶ)を乞われたりもした。

 そして。

 無愛想なタガネにすぐ愛想を尽かす。

 終盤は、ほとんどの子供がフィリアへと集った。

 タガネは椅子に座って静観する。

 その隣へ、若い神父が座った。

「子供たち、元気でしょう」

「構い殺すたぁ、あれを言うんだろうな」

「あはは、そんなものですね」

 神父が声を上げて笑った。

 タガネは疲労にため息する。

「姉が世話になりました」

「……何のことだい?」

「僕はフィリアの弟です」

「……………本当かい?」

 タガネは目を剥いて凝視する。

 神父が照れくさそうに笑む。

 フィリアが巡礼の後に会いたいと吐露(とろ)していた人物が彼女の弟である。話に聞いてはいた本人を目の当たりにして驚く他なかった。

 神父はフィリアを見る。

「暗かった姉さんが、あんなに笑ってる」

「暗かった?」

「ええ。巡礼の前まで、消極的で何でもかんでも自分の所為にしてしまう人だった」

「…………」

「変われたのは、きっと剣鬼さんのお蔭です」

「それは本人に言いな」

「本人でしょう?」

「なぜ」

「姉さんが来る前によこした(ふみ)で、剣鬼を伴って来ると」

 タガネは愕然とする。

 港町の前で鉢合わせになったと思っていた。

 フィリアもそう話していたのである。

 同行してから、どこかへ文を届けた様子は見たことがない。実際、今日再会したばかりなのだ。

 まさか。

 読んでいたのか。

 知っていて、あえて偶然を装った?

「んな、まさか」

「剣鬼さん、姉さんを守ってくれてありがとうございました」

「……俺は何もしてないよ」

 タガネはフィリアを一瞥する。

「おまえさんの姉が強くなっただけさ」

「そういうことにしておきます…………義兄(にい)さん」

「拘るねえ……ん?」

「はい?」

「いま、最後に何か言ったかい?」

「ええ」

「何て?」

「将来に取っておきます」

「…………?」

 弟の瞳が仄暗く光った。

 タガネの全身がまだ謎の緊張に強ばる。

 この姉弟は、どこか危うい……。



 それから夜を孤児院で過ごした。

 子供たちとの歓談を続けるフィリアたちに見送られ、翌朝にタガネは出発したのだった。






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[一言] この姉弟こわい((((;゜Д゜)))
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