小話「魔の名工」⑤
空を駆け巡る影。
その一つが滑空し、森へ急降下してきた。
タガネは長剣を上に掲げて構える。
目を凝らして、接近する魔獣の姿を捉えた。
それは翼を持つ巨大な爬虫類。
蝙蝠の翼を広げ、全身の連なる銀の鱗が闇の中に躍る。前部の長い頭部、大きく開いた牙が剣呑に輝いた。
錨形の尻尾が波打つ。
久しく見る――飛竜種アベルドート。
「来な」
『ギャアアアアッ!』
タガネが腰を少し落とす。
直進するアベルドートが翼を畳んだ。
回転しながら、こちらを目指してくる。
銀の瞳が細まった。
急速に彼我の距離が潰れ、互いの殺意が交錯する。惑うことはない、ただ相手を殺すことだけを意図した。
アベルドートが牙を剥く。
「タガネ!」
「おい、逃げろ!」
外野の悲鳴が響く。
アベルドートが低空飛行で、地面を滑るように飛来する。その到来に合わせ、タガネは高く跳躍した。
アベルドートの牙が直下を擦過する。
タガネが身を宙で一回転巡らせた。
すれ違いざまに、アベルドートの首に一閃する。そのまま白銀の巨体が轟然と過ぎ去り、タガネは地面に着地した。
すると。
アベルドートが失速する。
猛然と地面を転がり、幾本もの木を薙ぎ倒して静止した。濛々と巻き上がる粉塵が、二人を線で結んだ。
タガネが剣を下へ振る。
血が刃から飛び散った。
「つぎ」
ヲルカは粉塵の先を目で追った。
倒木の上に首を失くしたアベルドート。
空を羽ばたいた雄大な翼が草臥れていた。少し後ろに、首が、凶悪な死相が転がっている。
アベルドートの鱗は鋼で切れない。
それは常識だった。
たった一撃。
すれ違いに放った、一太刀で首を断った。
ヲルカは目を疑う。
ふと、ある言葉を思い出した。
『技がありゃ倒せる』
飄々とタガネは、そう言い放った。
世迷い言だと思った。
「本当、だったのか……」
そう考えている間に。
ヲルカの前に新たな一体が転がり込む。
縦に両断されたアベルドート。
視線を巡らせれば、剣を振り抜いたまま直立しているタガネ。最初の位置から、彼は全く動いていなかった。
空からの咆哮。
次は二体同時に、前後に並んで滑空する。
タガネは逃げずに――低く腰を下ろした。
「趣向を変えたか」
剣をまた振るう。
二体の体が幾つもの肉塊に変貌した。
地面に転がり、散乱する。
ヲルカは目を逸らさず、まっすぐ見た。剣の刃は、全く欠けていない。本当に技だけで処し遂せている。
もはや。
達人と称することすら生ぬるい。
体運び、剣捌き、判断力。
すべてが神業の一品である。
次は三体、四体と数を束ねて押し寄せる。それでも――男の間合いに入れば、息絶えた肉の塊になるだけだった。
辺り一帯が魔獣の血潮に染まる。
「あと一体かい」
最後の一体が急降下した。
直下に、弾丸となって落下する。
タガネはまた、剣を上に掲げて構えた。
「条件達成」
剣を振る。
最後の一体が二つに切断された。
地面に激突し、ぐちゃりと潰れる。
血の雨が辺りに降り注いだ。
満身にそれを浴びて、タガネが振り返る。
「これで良いかね」
「……お、鬼だ」
「そりゃ、よく聞いたよ」
タガネは苦笑した。
血塗れの悍しい姿で二人の下へ戻る。
ヲメナから手巾が取り出され、礼を言ってから汚れを清めた。血糊はそう取れなかったが、タガネの銀髪が戻る。
やがて。
タガネは上を見上げた。
「助かった」
「すごかったな、タガネ!」
「どうも」
タガネは剣を鞘に納める。
「もし」
「…………」
「これで構わんかね」
ヲルカが静かにうなずいた。
監視役からの了承。
それは族長との面会許可の代言と捉えられる。
タガネは満足して、ふっと息を吐いた。
「それじゃ、首級を」
無造作に首を持ち上げる。
タガネは集落の方角に向けて歩き出した。




