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浮遊島は二月かけて目的地へ。
その間にタガネの体は快癒していた。
今では鈍った体の感覚を取り戻すべく、剣を素振りしては、ときおり剣聖近衛団とも模擬戦をする復活を遂げている。
特に。
七日に一度は行われる決闘。
タガネとマリアによる試合は浮遊島の旅行を賑わせた。
怪我のことや、何より本人たちの要望によって木剣による立ち合いだが、その太刀筋や体捌きは戦場でも滅多に目にかかることのない名戦である。
そして。
戦績は七戦七勝。
マリアの圧勝だった。
不調だったわけではない。
相対するマリア自身にも手加減は感じられなかった。それでも、あれほど勝てなかった相手に連戦連勝すると、ただただ不気味だった。
果たして。
これが演技なのか。
はたまた真剣勝負。
どちらとも判じることはできない。
タガネは、この決闘で何かを言うことはなく、ただ始終笑うだけだった。
そうして。
浮遊島はついに目的地に到着する。
これからレギューム総括長が来訪する。
その旨を報せる書状が届いた。
タガネたちは島で待機することとなった。
剣聖近衛団によって開墾された景色が広がる。
もはや説明などつかない。
魔力によって、自動的かつ半永久的に魔素から水が生成され、陸からも離れた孤島でありながら島は湧水すらある。
これも魔剣の効果か。
その事実は未だに不明である。
ただ生活は快適だった。
安穏とした日々が続き、タガネは久しく忘れていた戦の無い生活に浸り、すっかり穏やかになり、茫と空を見上げながらの昼寝が習慣付いた。
それを夕飯前にマリアが叱るのも日常になりつつある。
一言で形容するなら気が緩んでいた。
草枕にタガネが惰眠を貪る。
その隣にマリアが座った。
「少しは緊張しなさい」
「俺は剣聖じゃないんでね」
「また、そう言う」
マリアが鼻を鳴らした。
ずっとこの調子である。
断固として剣聖の称号を認めない。
エヴァレスは別人であると主張している。
そんな態度に。
マリアは慣れつつあった。
当初は厳しい叱声を飛ばしていたが、今では児戯に付き合うようにやんわりと受け流す。
「しっかりしなさい」
「…………」
「私の体裁が悪くなるから」
「ちっ」
タガネが渋々起き上がる。
あくびを一つ掻いて首の骨を鳴らす。
マリアに導かれて歩き出した。人に手を引かれなければ歩こうともしない始末である。
だが、彼女は嫌な顔もしない。
ここ二月は上機嫌だった。
繋がれた二人の手、その指にはめられた同じ指輪がきらりと日を爽やかに照り返す。
そう。
マリアは上機嫌だった。
「どんな人かしらね」
「どうせ碌なヤツじゃない」
「アンタ、貴族はとことん毛嫌いするわね」
「権力者の連中に邪じゃなかったヤツなんぞ、ほとんどいない」
「そうかしら」
「あの国王だって下心満載だった」
「たしかに」
マリアは小さく笑った。
タガネもつられて微笑む。
もう国王はいない。
ケティルノースに滅ぼされた王国。
剣聖が贔屓にしていたとあって、その破滅的な状況を痛々しく思った各国が復興の支援を行うようになった。
魔獣は掃討され、難民は帰国する。
その後、隣国である獣国の防衛省と帝国騎士団は、双方あの剣聖には恩義があると言って積極的だった。
再建しつつある王国。
王室の血は絶えたが、ミストが名乗りを上げて、右顧左眄していた国の舵取りを買って出た。
失った物の取り返しはつかない。
それでも皆が前に進んでいた。
「王国再建ねえ」
「順調らしいわよ」
「……なんで知ってる?」
「ミストと手紙を交換するの」
「……おまえさん、手紙を書くなんて貴族令嬢らしいことできたんだな」
「斬るわよ」
柔らかい空気が一転。
剣のように鋭く冷たくなる。
タガネは両手を挙げて黙った。
「ミストも元気らしいわ」
「そりゃ何より」
「結婚式開いたら来てくれるって」
「もう七日に一回やってるだろ」
「え?」
「いや、別に」
タガネが早足になった。
マリアを置き去りにして急ぎだす。
その背中に小首を傾げた。
マリアは最後の一言の意味を考える。
その横にナハトが並んだ。
「如何なさいましたか?」
「ねえ」
「はい」
「私たち、婚姻の儀を七日に一回してるってアイツが言うんだけど」
「…………ああ、なるほど」
ナハトが合点して掌を叩く。
「彼が前にしてくれた旅の話の中に登場した大陸東方の部族の慣習ですが」
「なによ?」
「とある戦士の部族では、婚姻の儀は互いに剣で立ち合うことらしいですよ。何でも、そこは男女平等なので家主を決定する際は勝者が家主であると武力で示すしきたりです」
「へー」
「ここで七日に一回行われているのは決闘ですが、それを婚姻の儀としているのでしょう」
「……つまり?」
「結婚式なぞ面倒臭い、そういう魂胆ですね」
「わかったわ」
マリアが駆け出した。
無防備なタガネの背中に飛び蹴りを叩き込む。
洗練された動きで放たれた一撃。
タガネが草の上を跳ね転がった。
「……やれやれ、困った夫婦ですね」
ナハトが肩をすくめる。
ふと、浮遊島の入口として設けた迫持の門の鈴が鳴った。
タガネが応えて門を開ける。
門前に立つ影が顕になり――。
「ふざけんな」
「真面目じゃよぅ」
そこに立つ老人。
ベルソートに全員が眉をひそめた。




