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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
十話「剣の墓標」姫
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 まだ立ち上がれない。

 マリアはやむを得ず転がって逃げた。

 カルディナの剣が土を削る。

「ふふ。粘る、ねばる」

「はっ、はっ」

 数歩分の距離を置いて。

 マリアはゆっくりと立ち上がった。

 全身を強打した痛みに顔を歪める。

 過酷な継戦。

 一度は回復したとはいえ全快ではないのだ。

 蓄積した疲労がじわじわと体力を奪う。

 ちら、とタガネを斜視した。

 左手の異常といい、以前の剣鬼の実力が本領を発揮するまでに及んでいない。マリアの与り知らない戦闘で、彼もまた体力を消耗している。

 このままでは。

 二人の実力を束ねても勝てない。

 相手の狙いはマリア一点である。

「最強の戦士が一転して」

「うん?」

「最悪の変態よね」

「変態ではない、父子の愛情なのだから」

「どうだか」

 カルディナが走り出した。

 マリアも身構える。

 わずか数歩だけの彼我の距離はすぐ消えた。

 カルディナの剣が下から斬り上げる。

 マリアは剣身を斜め下に傾けて防御した。

 受ければ膂力の差で押し潰される。

 振りあげられる刃が、マリアの作った傾斜に沿って駆け上がった。剣を持ち上げつつ傾きを逆転させていくと、カルディナの攻撃は鮮やかに受け流される。

 相手が振り抜いた寸陰の後。

 こんどはマリアが踏み込む。

「はあっ!」

「む」

 剣姫の突きが繰り出される。

 盾が間に合わない。

 カルディナは顔を横へと傾けて避けた。その頬の皮を鋭利な一撃が擦過し、鋼で微かな血を舐め取られる。

 マリアの顔が苦々しく歪む。

 避けられた!

 必中の確信があったのに。

「やるじゃないか」

「息子をもらうって話なんだから」

「ほう」

「私は剣で勝ち取る性なのよ!」

 返す刃で横薙ぎに振る。

 カルディナは肩鎧でこれを受け止めた。

 反撃に、突き出された大盾の面でマリアを押した。鉄塊の体当たりに、軽甲冑に包まれた華奢な体が吹き飛ぶ。

 カルディナが追走した。

 その背後をタガネが強襲する。

「疾ッ――!」

「むぅん!」

 タガネが聖剣を振り下ろす。

 翻身しながらカルディナが長剣で迎え撃った。

 衝突。

 すると、黄金の刃が長剣を切断した。

「なに?」

「やっとか」

 カルディナが回し蹴りを放つ。

 剣を振った後のタガネの腹部を打った。

 タガネが遠くへと跳ね転がっていく。

 ふたたびマリアへ突進した。

「私から(タガネ)を奪う?」

「ッ……!」

「なるほど。……笑止千万!」

 体勢を立て直す。

 間髪入れずにカルディナが迫った。

 大盾ごと押し込むように肉薄する。

 広い面、距離の余裕、時間の猶予。

 すべてが揃って不可避だった。

 マリアの体を盾がしたたかに打つ。

 さらに後ろへと弾かれた。

「いっ……!」

「私からヨゾラの形見まで奪うなど」

「うるさいわね!」

 マリアは右へと飛んだ。

 突き出された盾を紙一重で回避する。

 カルディナの左側に回り込んだ。

「私に敗けるアンタが悪い!」

「むっ」

 マリアが剣で突いた。

 カルディナの盾の持ち手――篭手(こて)の隙間に刃を滑らせる。筋を断つ手応えと同時に、大盾を支えていた左手が離れた。

 大盾が地面に鈍い音を立てて倒れる。

 カルディナが片眉をつり上げた。

「くっ」

「私が勝つわ」

「…………」

「アンタは手に入らなかったヨゾラさんの代わりをアイツに求めてるだけ」

「…………」

「虚しいだけよ」

 マリアの一言に。

 カルディナがぴたりと動きを止めた。

 瞳だけはマリアを捉えている。

「虚しい……たしかにな」

「ええ」

「……だが」

 カルディナが折れた長剣を振る。

 マリアはそれを受け止めた。

 交錯点で激しい火花を爆裂させる鍔迫り合いとなる。

「私はそれでも欲しい」

「うっ!?」

 マリアの首をがっしと掴む。

 そのまま上へと高く持ち上げた。

「もう一度、あの笑顔を」

「う、あ」

「タガネくんならそれが可能だ!」

「………」

「私は欲しい!」

 マリアが銀剣を抜く。

 首を掌握する腕に深々と突き立てた。

 二人の顔を遮るように血飛沫が飛ぶ。

 カルディナの手が脱力され、解放されたマリアが地面に着地する。咳き込みながらも、彼を睨め上げた。

「ふざけないで」

「…………!」

「アンタはもう見れない」

「なに」

タガネ(アイツ)を見てみなさいよ」

 カルディナが瞠目した。

 ばっ、と。

 タガネの方へと振り返る。

 彼は、片膝を突いて腹部を押さえながら、カルディナに警戒の眼差しを注いでいた。そこに父子の愛などなく、ただ敵意だけが宿る。

 愕然として、動かなくなった。

 その間にマリアは呼吸を整える。

「今のアンタじゃ無理よ」

「……出直してきなさい」

 カルディナは両手を見た。

 どちらも指の駆動に必要な(すじ)が断たれている。いかに相手が格下とはいえ、これ以上の戦闘で勝利は望めない。

 何より。

 欲しいものが現状では手に入らない。

 笑顔にさせたいタガネが、険しい面持ちで敵意を向けてくる状況。

 理想とはかけ離れたことに気づいた今が潮時だった。

 カルディナは穏やかに笑む。

「そうだな、私の負けだ」

「ふん」

「行きたまえ」

「言われなくても行くわよ」

「剣聖の活躍を楽しみにしている」

 マリアは駆け出した。

 うずくまるタガネへと近寄る。

「大丈夫?」

「問題ない」

「立って、早く行くわよ」

「……ああ、セインが待ってる」

「誰よ、それ」

「後で話す」

 タガネも立ち上がった。

 二人で森の中へと飛び込んでいく。

 その背中を見送って、カルディナは嘆息した。副団長が、その肩を叩く。

「今からでも遅くない」

「…………」

「戻ってきた彼と、ゆっくり話せ」

「……そうかな」

 カルディナはその場に座り込んだ。

 そして、空を振り仰ぐ。

 欲に駆られて我を失っていたかもしれない。大切なもののことを顧みず、ひたすら自分本意に動いていた。

 なら。

 わかり合うためにも話し合いたい。

 それは彼が帰ってきてからでも遅くはない。

 そう。

 彼が――剣聖になった後でも。

「応援してやってくれ、ヨゾラ」

 妻の名を呟いて。

 遠のく息子の背に笑顔を向けた。





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― 新着の感想 ―
[一言] ヤンホモっぽい父親はなんとか道を間違わずに済んだか
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