5
タガネは聖剣を鞘に納めた。
包囲網を割って入り、二人へと歩み寄る。
その背景では、剣鬼隊が烈火の勢いで魔獣と魔神教団を討伐している。その気勢は疲弊しつつある討伐軍を鼓舞するものだった。
彼らの気に中てられて。
滞っていた戦いが再び加速する。
「王都から早馬でな」
「起きたのね」
「寝起きにひどいもん見たがな」
「従妹の顔かしら」
「けっ」
タガネは周囲を見回す。
「勇者はどこだい」
「なんで?」
「魔剣を盗まれたままなんでね」
「ケティルノースのところよ」
「……あれ、か」
タガネが森の方角を見上げる。
そこに星空が獣の姿に権化したものがいた。
何を待っているのか。
一挙に国を滅ぼしてみせた力を発動させず、平野を見据えて佇んでいた。
ヴリトラもデナテノルズも、同じく三大魔獣という特別な一語に分類されながらも、その枠内ですら不遜に思う脅威を内包しているのだ。
その性質は獣そのもの。
躊躇いや酔狂の概念はない。
だが、魔獣としての本能すら排して待ち構えるほどの強い想念が宿っている。
それが――『被救済』。
セインの加護である。
「丁度いいのかもな」
「何がよ」
「魔剣がそこにいるなら都合がいい」
「都合がいいって感じかしら?」
「さてね」
タガネが手を伸ばして。
マリアの肩に触れる直前で止まった。
銀の瞳が驚きに見開かれる。
「おまえさん、髪が」
「なんで、アンタがうろたえるのよ」
「いや……別に」
「戦闘で切られたの」
腑に落ちない顔のタガネ。
その反応に、不意にマリアが笑みを作る。
「なになに」
「あ?」
「髪が長い方が好みだったのかしら?」
「髪よりも舌を切って貰えば良かったものを」
「はぁ!?」
タガネが悪態をつく。
意地悪な笑みがすぐに崩れ、マリアがつかみかかる。――だが内心では、心底から喜んでいた。
短期間で済んだものの。
永久に失われたとも危ぶんでいた遣り取り。
マリアが最も好む時間だった。
「あー、そうだな……」
「まだ文句あるわけ?」
「たしかに髪は長い方がいい」
「え」
「見慣れてるからな」
襟をつかむマリアの手を払った。
タガネは前に進み出る。
茫然とする彼女を背に庇い、カルディナと正対した。赤甲冑の男を不敵に微笑みながら見上げて、聖剣をゆっくり引き抜く。
カルディナが目を細めた。
「何かな、タガネくん」
「あなたの意図は知りません」
「うん?」
「ただ、コイツは殺らせない」
ふむ、とカルディナが唸る。
視線を下へと運び、剣を眺めた。
翼を模した柄、中心に緑の水晶が光る四葉型の鍔、洗練された細身の直剣は柄頭から剣尖まで黄金一色である。
誰の手に鍛えられたか。
数十年の月日でも目にしたことがない業物。
カルディナは訝ってにらむ。
「それは何だい」
「曰くつきの剣ですよ」
「なるほど」
「ま、正直使いたくはないけど」
カルディナが微笑む。
「それで、どうする気だい」
「ケティルノースを倒す」
「ほう」
「……その前に、征服団を斬ったなんて泊は付けたく無いんだが」
「身内も斬る様はまさに鬼――となるね」
カルディナが指を鳴らした。
すると複数名の征服団員が加わる。
総勢十数名がタガネとマリアを包囲した。二重の輪となって、少しずつ躙り寄って来る。
タガネが舌打ちした。
相手もまた退くつもりがない。
すると、カルディナが踏み込む。
長剣が突き放たれた。
その軌道から、標的は自分にあらず――マリア一点に絞られているのを先読みする。
慌ててタガネは聖剣を振り上げた。
長剣の切っ先を弾いて逸らす。
マリアの肩の空気をかすめていった。
「くっ」
「安心してくれ。我々は君を害さない」
「…………」
「ただ剣姫が邪魔なんだ」
「なら俺の敵だな」
タガネは腰に手を伸ばす。
ベルトに差したもう一振りの剣をマリアに渡す。
彼女が柄を握った。
「銀剣とは勝手は違うだろうが」
「……ええ」
「切り抜けるぞ」
「誰に物言ってるのよ」
マリアも剣を構えた。
二人で背中合わせになって征服団に対峙する。
タガネの眼前で赤甲冑が揺れる。
こみ上げる笑いで肩を震わせたカルディナが、面前に剣を掲げて祈るように額を寄せた。
剣身が妖しく銀に光る。
「なら仕方ない」
「…………」
「欲しい物も、たまには力尽くで掌に収めるのも一興だ」
カルディナが動き出す。
タガネは嘆息して相手を睨んだ。
「俺一人なら勝てんな」
「ええ!?」
「マリア、屈め!」
タガネがマリアと位置を入れ替える。
一瞬だけ動転し、だがマリアは即応して身を低くする。
タガネは深く腰を落とした。
聖剣を後ろで水平に引き絞る。
「夢の中でこつはつかんだ」
右手が白銀の魔力に光る。
聖剣まで包み込み、切っ先で火花が散った。
全方位から接近する征服団へ。
「散れ」
タガネが回りながら振り抜く。
斬った軌跡が銀の光輪として残り、高速で円を広げるように拡散した。征服団員が一斉に吹き飛ばされる。
カルディナは――。
「ふんッ!!」
「……受けれるのかよ」
大盾で受け止めた。
彼で光輪が波紋のごとく回折し、後方の地面が抉れる。
征服団を一掃し、タガネはマリアの隣に立った。
「二人なら勝てるだろ」
「ふん、私一人でもいいのよ」
「じゃあ頼む」
「う、うそよ!」
「はいはい」
カルディナが盾を払った。
魔法じみた威力の剣撃にも微動だにしない。
ベルソートとは別種の怪物。
それでもマリアがいるだけで心強かった。
あのときとは違って。
自身には欠けている信念のある剣が隣にいる。
これだけで充分だった。
「さ、やろうか」
「行くわよ」
目前に聳える壁に向かって。
タガネとマリアは勢いよく地面を蹴った。




