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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
十話「剣の墓標」姫
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 森の奥で吠える巨獣(きょじゅう)

 ただ一体で国を軽々と滅ぼす存在感を近くに感じる。

 いつ死ぬかわからない。

 そんな最中。

 マリアは身近な死の旋風(つむじかぜ)から逃れ続けた。

 大鎌が唸りを上げる。

 凶刃が描く刹那の円弧が軽甲冑を削った。直撃すれば絶命は必至、文字通り五体(ごたい)を刈り取る得物は止まる気配がない。

 両端に三日月のごとく生えた鎌の刃。

 重量も普通の物より倍以上ある。

 だが。

「はい、首!」

「くっ」

 マリアが右に頭を(あお)る。

 左側で揺れる紺碧の髪を鋭い風がなぶった。

 テルクミは事も無げに片手で大鎌を(あつか)う。

 その速度。

 マリアの経験上ではタガネに匹敵していた。

 あの剣速を(しの)ぐのは困難を極める。

 ――でも、見える。

「また獲り損なった」

「そう易易とやらないわよ」

 マリアが銀剣で突く。

 鎌の刃の平面を打って強く弾いた。

 テルクミの攻勢に一瞬の(ほころ)びが生じる。

 マリアは素早く前へ一足、踏み込んだ。

 銀剣が閃く。

「はぁッ!」

「おお!?」

 テルクミの左肩を深く切る。

 鎖骨を断った手応えに、マリアは笑んだ。

 戦える。

 以前は捕捉(ほそく)できなかったテルクミの攻撃も、フィリアによって体の疲労のある程度が抜けた現状なら(しょ)し得る。

 銀剣にも幾ばくかの冴えが復活していた。

 その実感がある。

「くはっ、やるね」

 テルクミが笑って飛び退る。

 その片腕がだらりと力なく垂れた。

 鎖骨を切断するほど深い一刀だが、戦闘の継続には厳しい傷にもかかわらず、片腕で変わらず鎌を回旋(かいせん)させる。

 マリアは目を眇めて観察する。

 激痛はあるようだった。

 変わらないテルクミの笑顔。

 一見涼しげなものの、顔には脂汗(あぶらあせ)がにじむ。

 勝利まであと一歩と確信した。

 それでも、油断ならない。

 手負(てお)いの敵ほど、予想を上回る力を見せる場合が戦場では多くあった。その反撃を受けて返り討ちに遭う例も、またその数のほとんどだった。

 慢心(まんしん)せず。

 マリアは銀剣を中段に持つ。

「必死だね」

「私は敗けるわけにはいかない」

「何故だい」

「守りたいものがあるからよ」

 ふーん。

 テルクミが興味無さそうに息をつく。

 ()めたような真顔で戦場をちらと流し見た。

「それは大層な志だ」

「どうも」

「それでデューク司祭を斃したのかな」

「いいえ。……あのときより、私は強いわ」

「……うざ」

 テルクミが舌打ちする。

 大鎌の回転運動が止まり、微風が吹く。

 マリアの前髪を軽く撫でた。

「僕は彼より強いよ」

「あっそ。でも――」

 テルクミが地面を蹴った。

 大鎌を大きく振り掲げて接近する。

 マリアはその場に体の芯を据えて対した。

 鎌の刃が風を切る。

 斜めに斬り下ろされ、マリアは紙一重で(かわ)す。それと同時に、一歩前へと踏み込んで一突きした。

 テルクミの手首を斬る。

 そのまま、まっすぐ首筋へ紫電(しでん)が走った。

 血飛沫が視界を染める。

「私の方が強い、でしょ?」

「あ、はは……参ったなぁ……」

 テルクミがその場に倒れる。

 マリアは用心深くその首を剣で斬る。

 魔神教団の生命力は計り知れない。

 先刻は、その不覚で自分を庇ったクレスが痛手(いたで)を負うことになったのだ。頭と心臓、どちらかだけの損傷だけでは安心できない。

 マリアはため息をつく。

「さ、フィリアのところへ……」

「マリアくん」

「え?」

 呼び声にマリアは振り返る。

 そこにカルディナが静かに佇立していた。

 傍には征服団の団員が複数いる。

 マリアを円になって包囲していた。

「何かしら」

「それは司祭かな」

「ええ」

「よく頑張ったね」

「お世辞は不要よ。私はもう行くわ」

 そういって抜けようとして。

 包囲の輪がさらに一歩ぶん(せば)まった。

 異様な雰囲気にマリアが当惑する。

「……どういうつもり?」

「君は剣聖になった後、タガネくんをどうする予定かな」

「いま必要なことかしら」

「私にとっては」

 笑顔で迫るカルディナ。

 マリアは片眉をつりあげる。

「アイツは私のところで預かるわ」

「切咲からどう奪う」

「それは後で考えるわ」

「……そうかい」

 カルディナが片手を挙げた。

 包囲している全員がおのおの武器を取る。

 マリアは周りを見て顔を険しくした。

「私を殺す気?」

「君が邪魔なのでね」

「…………」

 マリアは周囲を見た。

 この混戦でも無傷でいる征服団。

 その実力、複数名を相手取って無事にいられる自信は無い。何より、眼前のカルディナもまた長剣を手にした。

 クレスの警告(けいこく)を想起する。

 これが身辺を脅かす悪意の一つ。

「……それでも私は行く」

「ほう」

「たとえ、貴方が相手でもね!」

「やってみるといい」

 カルディナが歩み寄る。

 マリアは切っ先の欠けた銀剣を構えた。

 勝算は無い。

 一つ二つの傷は覚悟して突破する。

 マリアが飛び出す。

 カルディナの剣が動い出した。

 二つの影が交わろうとする。

 その瞬刻。

「えっ」

「なぬ!?」

 上空で風の唸る音。

 その後に二人の間に大剣が落下した。

 地面に突き刺さり、壁のごとく立ち塞がる。

 驚いて、二人は飛来してきた方向を見た。

 そこに。

「…………馬鹿な」

 カルディナが驚嘆の声を漏らす。

 包囲網の外で、黒コートの少年が立っていた。

 その姿に。

「……遅いわよ、ばか」

 マリアは口元をほころばせる。

 その笑みに闖入者の少年が応えた。

「間一髪だったかい?」

「タガネくん……!」

 全員が振り返った先で。

 剣鬼タガネが昂然と胸を張っていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 遅いよ、バカぁぁぁぁ!!。・゜・(ノД`)・゜・。
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