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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話「渇く河床」中編
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 期限は四日。

 もうその半分が削られた頃である。

 まだヴリトラの位置について予想が付く者がいない。ベルソートの解答が用意されているので、期限についての憂慮はない。

 四人はそう考えている。

 タガネだけは、別の危機感があった。

 あのベルソートが、そんな易しい課題で済ませるはずがない。この試練の裏に、大魔法使いの罠がある。

 果たして、当日に彼が教えてくれるかさえ疑わしい。

 タガネは物憂く視線をレインに投げる。

 部屋で遊ぶレインが著しい成長を遂げていた。

「タガネ、外出たい」

 発音も覚束なかった声が、滑らかな語調で言葉を紡ぐ。今では外見に伴う共感能力と常識が備わっていた。

 外出を求め、タガネの服を引く。

 目は好奇心に輝いていた。

 舌足らずだったが、言葉を得るなり活発に行動する。王城の中を自由に往き来するが、タガネが傍を離れるのを断固として許さない。

 知識を得た分、以前よりも面倒が増えた。

 それは。

「勝手にしろ」

「判った。勝手にタガネ連れてく」

「独りで行け」

()っ」

 駄々の捏ね方。

 タガネと離れたくない言い訳の付き方を覚えたことだった。

 自分の感情を他人に伝えやすくなり、それが言葉を弄して相手を惑わせる術の体得に繋がる。

 そして、人を連れ回す口実や理由を(あつら)えられる方法の考案にまで至った。

 この王城に来てから、レインは寝る時もと一緒である。それが言葉を覚えてからは、寝る位置や体勢まで指定してきた。

 タガネとしては厄介である。

「レイン怒る」

「知らないね」

「レイン拗ねる」

「そうかい」

「レイン独りで寝る」

「喜ばしいな」

「…………タガネ嫌い」

「ありがとよ」

 レインが小さく(うずくま)る。

 タガネは肩を竦めた。

 膝の上に座る少女は、強情にも諦めない。

「……タガネ」

「うん?」

「レイン、嫌い?」

「……嫌いだな」

 レインの顔が落胆に暗くなった。

 タガネは卑屈な笑みを浮かべる。

「特に」

「ん?」

「わがまま言うところは嫌いだ」

「……性悪、ゴクアク」

「誰に教わった、そんな言葉?」

「青い髪のぴかぴかが言ってた」

 青い髪――マリアである。

 出会えば面罵しかないマリアの言葉を(おぼ)えたのだ。彼女の言葉は教育上、あまり善くない。

 タガネは額を手で押さえた。

「外は暑いぞ」

「レイン平気」

「俺は嫌だね」

「……タガネ弱い?」

「あ?」

 タガネのこめかみに青筋が浮かぶ。

 レインを肩に担ぎ上げ、三階へと向かった。そのまま王都を見下ろせるバルコニーまで直進する。

 二人で陽向に出た。

 レインを下ろして、バルコニーの塀に凭れて、澄んだ空を振り仰ぐ。

 照りつける太陽に目を眇めた。

「暑い」

「何やってんのよ」

 不意にレインとは別人の声がした。

 タガネが振り向くと、マリアが立っている。

「子守り」

「無様ね」

「やかましい」

 悪態をつくタガネの隣。

 そこにマリアが肩を並べた。

 二人で、バルコニーで陽射しと戯れるレインを静観する。無邪気に駆け回る姿に、二人は普段の険悪な関係性を忘れていた。

 ただ(ぼう)と眺める。

「意外よね」

「ああ。騒々しいもんだ」

「レインちゃんじゃないわ」

 タガネが小首を傾げる。

 マリアが微笑んでいた。

「アンタのこと」

「俺……?」

 そのとき。

 タガネはマリアの格好に気づいた。

 いつも武装している彼女が、平服の装いで隣に立っている。異常気象で彼女が、あるいは自分が幻覚を見ているのかと不安になった。

 特に、こんな穏やかなマリアは見たことがない。

 憮然とするタガネに、マリアが笑う。

「アタシが初めて会ったとき、アンタは冷たかったし、他人を寄せ付けなかった」

「…………」

「自信も何も見せない。そのくせ、アタシにとっての誇りだった剣を真正面から打ち負かしておいて、勝ち誇りもせず淡々としてる」

「そうか?」

「まるで、アタシの剣の情熱が嘲られた気がしたわ。その程度か、って軽んじられてると思ったのよ」

 間違いではない。

 タガネは己の過去を省みる。

 たしかに、当時は傭兵として名が立ち始め、生きる為に必死だったので、剣を学ぶ貴族などが滑稽に思えて、それこそ眼中になくて半ば無視していた。

 今や自分は剣鬼、彼女は剣姫。

 互いに剣の腕で双璧を成すまでに成長した。

「ねえ」

「……」

「どうして、アンタは人を信用しないのよ」

 マリアが正面に回り込んで問う。

 タガネは、またあの真っ直ぐな眼差しを受けて顔を苦々しくさせた。マリアのそれは、沈黙が辛くなる独特の力があった。

 暫しの静寂。

 タガネは躊躇いがちに答えた。

「ある辺境の町」

「え?」

「魔獣に襲われた町で、町民全員が町を捨てて逃げようとした。だが、魔獣の追走はそれだけじゃ撒けない」

「まさか」

「大人たちは、子供を囮として町に残した。事情を知らない子供は、突如として襲い来る魔獣から逃げ惑った。ただ理不尽に、食われた」

 マリアが慄然と、口を両手で覆う。

 語っているときの瞳は、光が無い。

 タガネは滔々と続けた。

「そんな中、短剣を片手に魔獣に対抗したヤツがいた。そいつは並外れた剣才があって、運良く生き延びた」

「そ、そうなんだ……」

「襲撃が終えて、魔獣が散った後に帰ってきた大人たちは、その子を見て……化け物と言った」

「はあ!?」

「一団の中には、その子の親もいた」

「うそ」

 タガネの顔に色濃い影が差す。

「それから町を追われた。子供は生きる為に別の町に移動した。だが、辺境の噂が広がっていてから、憐憫と畏怖に晒されて、何処も子供を受け入れなかった。

 騙されて売られたり、好色家に夜這いをかけられそうになったり、時に見世物にされそうになったりと、人の世は世間知らずな子には過酷だった」

「……」

「いつしか、子供は居場所が戦場にしかないと知った。そうして戦っていく内に……剣鬼と呼ばれるまでに至った」

 灰色の双眸が炯々と光っていた。

 憎悪、憤怒、絶望……それらが綯い混ぜになって、瞳の奥で情念の炎を滾らせている。

 タガネが拳を強く握った。

「もう他人なんざ信用しない。安寧の為にも、独りで生きていく」

「……そう」

「――その、積もりだった」

 タガネが固い拳固を解いた。

 力の抜けた顔でレインを見守る。

「絆されちまった」

「アンタらしくないわね」

「ふん」

 タガネは鼻で笑った。

 この体たらくを、レインの存在に鉄則を破った醜態を自嘲する。過去の己が見れば、首を斬り落とされているところだった。

「でも、ちょっとだけ見直した」

 マリアが笑顔を咲かせる。

 今日は槍でも降るのだろうか。――そう考えたのを悟られないよう顔を逸らす。

 タガネはその場に腰を下ろす。

「こんな俺と、ヴリトラが共感できるか?」

「共感……」

「俺の求めるモノと、ヴリトラの渇望するモノ」

「それが合致してるってこと?」

「らしいな」

 ベルソートの口振りはそうだった。

 ヴリトラが求める何かが、タガネの欲する物と共通している。だからこそ共感できる。

 タガネ自身にもわからなかった。

 マリアが黙って思索する。

 熟思したところで他人には理解できない。――タガネはそう告げようとした。

 その前に、マリアの顔が上がる。

「よし、わかった」

「……何?」

「判ったわ。でも、それだと……どうして……」

 マリアが再び黙る。

 すると、遠くからレインが駆け戻って来た。

「タガネ、抱っこ」

「無理だ」

「できない?」

「あ?」

 レインの軽い挑発。

 タガネはまんまと乗せられ、彼女を両腕に抱え上げた。はしゃいだ小さな体が、首筋に腕を回してくる。

 至近距離でこもる熱気に眉を顰めつつ、タガネはレインが満足するまで付き合った。

 マリアはその様子を見ていた。

 ずっと。

「そんなの」

 ずっと。

「何かの間違いよ」

 何かを、必死に否定して。




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