1
リューデンベルク王宮。
切咲家に用意された客室で眠るタガネの体に異変が起きていた。そばにいたナギが、寝台に身を乗り出して様子を確かめる。
寝顔は落ち着いたまま。
しかし、全身だけは銀色の光を帯びていた。
従者二人も原因が判らず当惑する。
何が起きているのか。
それは夢の中。
意識を閉じ込めた異空間にあった。
薔薇の迷路――もう原形すらないそこで、二人が剣を振るっている。
戦いを見守るセインは、呼吸すら苦しかった。
炸裂する熱風と衝撃。
空気のみでなく内臓まで伝わる剣戟の余波に、蹲りそうだった。
それでも、目は離さない。
その眼前で二つの影が踊り狂っていた。
「はははははッ!」
「ぐ、ぅあっ!」
黄金の聖剣と白銀の魔剣。
その両者の衝突が百合を超えた。
開始から、まだ一分と経っていない。
だが。
両者は瞬きの間に、二閃、三閃と放つ。
その都度、世界を撹拌する颶風が吹き荒れて薔薇は蹴散らされた。二人こそが竜巻そのもののごとく烈しく斬り結ぶ。
重く鈍い剣戟の音。
その合間に笑声が発せられていた。
「どうした、タガネ」
「ぬ……!」
「ヌシはこんなものか!?」
ベルソートが下から斬り上げる。
タガネは上体を反らし、紙一重で躱した。
聖剣が過ぎた鼻先に、岩を叩きつけられたような風圧が発生して戻そうとした体が後ろに弾ける。やむを得ず飛んで背転し、体勢を立て直した。
その直後。
着地したばかりのタガネの懐へ。
ベルソートが深く踏み込んだ。
体を引き絞り、後ろに振りかぶった聖剣が赫耀と世界を照らした。直視できない神々しさに、だがタガネは真っ向から迎え撃つ。
相手に合わせて。
下段から魔剣を逆袈裟に斬り上げた。
胴を寸断せんとするベルソートの横一閃に、斜線を描いて一条の銀光が割り込む。刃がぶつかり、交錯点で太陽が炸裂した。
互いの剣圧が拮抗して止まる。
タガネは身を低く屈め、聖剣の下に滑り込む。
受け流されて魔剣の刃の上を流れていく金色の剣身を、別れ際に軽く弾き上げつつ、ベルソートの死角に回り込む。
無防備な背中。
タガネは心臓めがけて剣を突き放った。
踏み込みと共に繰り出す渾身の刺突。
それを。
「甘いわッ!」
「な!?」
背剣するように聖剣が構えられた。
心臓があると見定めた位置。
それを黄金の剣身が遮って立ち塞がる。
閃光と化したタガネの剣尖が受け止められた。土砂が風に巻い、足下の地面に罅割れが生まれる。
ベルソートが体を後ろへと巡らせる。
翻身しつつ、聖剣を大上段から振り下ろす。
タガネは横に飛び退いた。
爪先の一寸先を烈風が掠めていく。
地面に深々と鋭い線が刻まれた。
距離を取って、また魔剣を構え直す。
「ふーっ。やっぱ若い体は良い」
「大魔法使いのくせに剣術も達者なのかい」
「勇者に鍛えられたのでな」
ベルソートが指先を軽く振る。
直径が数歩分の長さにもなる火球と、輪を描くようにその周囲で火花を散らす雷の長槍が出現した。
聖剣で地面を軽く叩く。
その音に呼応し、一斉に放たれた。
「疾ッ――!」
タガネの総身が銀色に瞬く。
魔剣で、魔法攻撃を悉くを撃墜した。
断ち切った魔法が残す衝撃波も、ほぼ同時に放ったかと見紛う剣閃で斬り払う。およそ人がなし得ない領分の離れ業を披露した。
今のタガネ。
切咲の特性で、身体能力が極限に強化されている。
常人なら血反吐を吐いて倒れる負荷になるが、血統による恩恵で授かった肉体は易々と状態を維持できた。
そして。
この魔力を吸収し、魔剣もまた強化される。
個としての限界を超える――その概念が共有されることで、勇者が使ったとされる破格の業物に拮抗してみせた。
ベルソートが大笑する。
「ふはは、美事!」
「…………」
「わずか十数年の身で練り上げた技。その魔力を差し引いても、世に比肩する者はおらんだろう」
「世辞は要らんよ」
「そうか。そういえば」
「…………?」
「ワシは魔法使いだったな」
ベルソートが指を立てる。
魔法の合図かと身構えた。
すると、先刻斬り払った魔法の衝撃が至近距離で爆裂し、タガネは後方へと吹き飛んだ。地面を跳ね転がって、風に薙ぎ倒された薔薇の上に倒れる。
タガネはすぐに立ち上がった。
ベルソートは微笑んでいる。
「これが『結果の再生』」
「…………!」
「そして『逆再生』」
ベルソートの言葉を待たず。
体の各所で骨を乱打するような衝撃がはぜた。
苦鳴の声も上がらず、その場に伏せた。
激痛の熱に体が火照る。
それでも、頭は切り離したように冷静だった。
これまで受けたベルソートの剣撃に与えられた体の負担が『再生』されたのだ。時間に干渉する魔法が、時を止めるだけではない汎用性を凶悪無比な牙に変えていた。
歯を食いしばって。
震える膝を叩きながら立つ。
「『過程の再現』」
一瞬だけ体が軽くなる。
そして。
途轍もない疲労感が体を襲った。
落ち着き始めていた心臓の鼓動が加速し、激しい筋肉の収縮運動が意思に関係なく引き起こされる。
ベルソートとの戦闘で蓄積した疲労。
それをまた味わわさている。動いていなくとも、『戦った過程』を体自身が忠実に再現しており、筆舌に尽くしがたい苦痛を催した。
意識が途切れそうになる。
タガネはふらついて、しかし踏みこらえた。
「ぐはっ……!」
「さすが。それでこそ主人公」
「…………?」
「本来なら、任意で幾度でも繰り返せるが、勇者の力の所為で一度しか発動せんな」
ベルソートが苦々しく言った。
「勇者マコト・イスルギ」
「…………」
「彼女には、感謝せねばな」
「地獄でやんな」
「それもそうか」
ベルソートが聖剣を素振りした。
剣先から光の粉が虚空に舞う。
「勝負はまだ、これからだぞい」
「望むところだ」
タガネも薔薇の茎を踏みにじって跳躍する。
ベルソートへ一直線。
手に駆る魔剣と一体になっていく感覚に意識を研ぎ澄ましていった。




