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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話「渇く河床」中編
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 ベルソート・クロノスタシア。

 生ける伝説。

 世にたった一人の大魔法使い。

 時間に干渉する魔法で、三千年前の『魔神戦線』の立役者となった偉人である。歴史でも名が記され、英雄譚の数々が書物として綴られた。

 魔神討滅後は、諸国を漫遊して魔法の研究と探険に興じている。

 出身国は不明、各国からの宮廷魔導師として勧誘されているが、地位、名誉、財産、それらに全く無頓着である。自由人なため、各国に別邸を所持していた。

 実質、世界で唯一、無国籍でありながら全国に住民権を有する異例中の異例である。

 伝説そのものが、目の前にいる。


 タガネは会議室に戻っていた。

 再びあの四人と円卓を囲んでいる。

 そして、新たな一員を座に加えた。

「いや、腰が疲れるのう」

 大魔法使いベルソートである。

 侍女に供された茶を啜って満悦の相だった。

 タガネは怪訝な顔で老人を見る。如何にも英雄、豪傑、神話という威厳とは程遠い人柄と空気の持ち主であった。

 それを隣のマリアに咎められる。

「おい、無礼だぞ!」

「……」

「そんなに睨まれると照れるわい」

 豊かな口髭の下から嗄れた笑声。

 タガネの顔がますます疑念に曇った。

 ベルソートが頬を掻く。

「久しく王国に帰れば」

 円卓の面子をぐるりと見回した。

「ヴリトラがいると聞いての」

 そして、タガネに視線を固定する。

 何が琴線に触れたのか。

 広間での言動もしかり、タガネは警戒心を抱かずにはいられなかった。

「ベルソート様」

「何じゃい」

「ヴリトラは何処にいる?」

 ルナートスが卓上に身を乗り出した。

 偉人ならば、膠着状態を脱却する知恵を貸してくれる。その伝説から形成する偏見で編まれた期待を一心に訊ねた。

 すると。

「知っとる」

 呆気ない返答だった。

 誰もが唖然とする。

 少しの沈黙の後、円卓に歓声が湧いた。ヴリトラ討伐の(かなめ)という重責を担い、そんな中で味わった長い暗闇で、遂に光明を得た気分だった。

 これで現状打破が望める。

 誰もが随喜(ずいき)に浸る中、タガネだけは愁眉を開かなかった。

 ルナートスが立ち上がる。

「では、早速その場所を教え――」

「じゃが、教えられん」

「……て?」

 ベルソートの言葉に一同が耳を疑う。

 情報提供を拒む。

 そう言っていた。

 ルナートスが震えながら席に着く。

「そ、それは何故?」

「見た限り、今回は前例にない複雑な状況じゃ」

 茶を一口啜る。

 ベルソートの目が細められた。

「ワシは、これを観測したい」

「そ、それでは王国が滅んでしまう!」

「天災によって滅ぶなら、それは歴史の必定。ワシは観測者、傍観しかせんよ」

 その言葉に、タガネが目を伏せた。

 おおよそ、ベルソートの魂胆が読めた。韜晦する真意は、至って単純な解だったのだ。

 ベルソートが呵々と大笑する。

「ヴリトラは天災として分類できる。何せ、魔獣の対応に国境は無いんじゃからな。一個体ではなく、云わば災害に立ち向かうのと同義じゃ」

 ベルソートは淡々と告げた。

 沈黙していたタガネが口を開く。

(じい)さん」

「何じゃ?」

「この干魃は、本当にヴリトラの仕業か?」

「そうじゃよ」

「……アンタは、ヴリトラをいつ見た?」

「…………」

 ベルソートが、にやりと笑った。

 タガネの背筋に粟肌が立つ。

「疑り深いのは、恐ろしいからか?」

 タガネが黙り込む。

 全員の注視が集中した。

 二人が共有している物がわからない。

「『飢え渇くもの』。ヴリトラは常に何かを求める」

「ヴリトラが求める?」

「存在するだけで干魃を起こす天災が、今は一体何を求めておるんじゃろうな?」

 タガネが背凭れに体を預ける。

 河を涸れさせ、大気を乾かして、大地を焦がしてなおも飽き足らず、ヴリトラは何かを渇望している。その予測が付けば、おのずと正体に辿り着く。

 ベルソートがそう示唆していた。

「……判らない」

「そうかのう」

「何が言いたい?」

「ヌシならば、誰よりも共感できるはずじゃ」

「……知った風な口を」

 タガネは顔を逸らした。

 ベルソートが杖で卓を叩く。

 すると、卓上の虚空に光の数字が現れた。それは刻々と変化し、減っている。

 全員が瞬時に察した。

 これは――制限時間だと。

「ヌシらに時間をやろう」

「……」

「期限は数字の通り。仮に真相に辿り着けられなければ、可哀想じゃしワシがヴリトラの元まで案内する」

 全員が互いを見合う。

 断る理由がない。

 全員が首を縦に振って了承した。

「では、始まり(スタート)じゃ」

 大魔法使いの余興が始まった。





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