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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
九話「死に閧」上刻
210/1102

10



 ジルは通路の壁に(もた)れていた。

 客室付近の警備を担当する剣鬼隊に、誰も不満を漏らす者はいない。実際に、彼を嘲る声はなくとも不安の声はあった。

 剣鬼の不在時、方針をどうするか。

 前回の不祥事(ふしょうじ)にはレインが頭目になった。

 一時的な交代とはいえ、それでも十全に隊として機能していたのである。

 今はそのレインすら眠っていた。

 現状では実質的な頭目がジルとなる。

 敵対勢力は多い。

 タガネが目覚める見込みは無い。

「先は暗い、か」

 独り言ちる。

 ジルはふと近くに足音を聞いた。

 交代の時間もそろそろかと、味方だと思って壁から背を離す。一応は客室の位置を捕捉されないよう、出会(でくわ)した(てい)を装うべく歩み出す。

 目の前の通路を左折して。

 足音に対して笑顔で迎えようとして、その顔を強張らせた。

 足音の正体。

 それが一人の騎士だった。

 褐色肌に波打つ豊かな黒髪と翡翠(ひすい)の瞳をした彫りの深い顔の青年である。リューデンベルク騎士団の軍装を着こなした姿は、ジルとしては見慣れた物だった。

 いや、その青年にもまた面識がある。

「よ、よォ」

「久しぶりですね、隊長」

「堅苦しいぞ、マルク。今は親子だろ」

 鷹揚に応える青年――マルク。

 ジルにとっては親子の関係。

 いや、正確には義理の息子である。

 剣鬼隊への帰属の際、家督(かとく)を譲った実の息子はまだ幼いので、家をまとめる為にジルの妻はリューデンベルクで名を上げつつあった青年騎士を養子として迎えた。

 騎士団でも実績(じっせき)や信頼もある。

 ジルとも面識があった。

「何でここに?」

「隊長がここにいると聞いて」

「よせ。オレはもう騎士じゃねぇぞ」

 マルクが神妙な面持ちになった。

 甲冑の襟元からの、筒状(つつじょう)になった一枚の紙を取り出す。

 ジルへと両手で差し出した。

「これを」

「んだ、これ?」

 ジルは紙面を(ひろ)げて検める。

 そこには王家の捺印がついていた。

 文書を読み解いていくと、騎士団隊長職への復帰という待遇が載せられていた。剣鬼への圧迫によって、剣鬼隊に所属するジルを案じた知り合いからの嘆願という(うま)が添えられているが、おそらく戦力低下を意図した勧誘としか考えられない。

 ジルは深々とため息して。

 文書を(ざつ)に丸めてマルクへと突き返した。

 驚く彼へ朗らかな笑みを向ける。

「悪ィな、ここが居心地いいんだよ」

「し、しかしっ!」

「心配はありがてぇが、オレは自分のやりたい事をやってる真っ最中なんだよ。みんなには宜しく言っといてくれ」

「……そう、ですか」

「ああ、だから」

「なら――」

 言葉よりも先に。

 抜剣の鋭い銀光(ぎんこう)が走った。

 一瞬先に飛び退いたジルの胸甲をかすめる。

 距離を置いて立ち、ジルも戦斧を手にした。

「なら――これ以上は家の名に(キズ)が付くから死んでくれ、と?」

貴方(けんきたい)の存在が、僕や義弟(おとうと)にまで迷惑をかけるんですよ」

「薄情なヤツだな、ははは」

 ジルは笑って戦斧を構える。

「オレに殺すつもりは無ぇが」

「僕はあります」

「そうかよ」

 二人は互いの意思を了解した。

 踏み出した足が重なる。

 通路で剣戟の火花が散った。


 後刻、ジルニアスは忽然と姿を消した。





ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


何か暗い話になってきましたが、バッドエンドにはなりません。もちろん、彼も起きますが修羅場あります。




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― 新着の感想 ―
[一言] ひぃぇええええヽ(ヽ゜ロ゜) ジルがああああ!!( 。゜Д゜。) お願い、これ以上剣鬼隊をいぢめないでっ(。>д<)
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