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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話「渇く河床」中編
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 さらに七日が経過した。

 擬態についての調査が進められている。

 見慣れない地形、山、或いは河など以前は見なかった物を中心に王都周辺の住人に尋ねた。魔獣関連を期待したが、どれも返答は芳しくなかった。

 あれから死者が続出している。

 王都からは、更に人が流れていく。

 擬態するならば動物かとも考えたが、地域の調査では、やはりこの異常気象の中でほとんどの動植物が息絶えた。

 王都が灼熱の苦界となった。

 会議に集合する面々にも疲れが見受けられる。尻尾を見せないヴリトラに苛立ちと焦慮が募り、遂には先日に疑われたレインへの風当たりも強くなった。

「一度、その娘を連れてこい」

「そうです」

「剣を突き付ければ、本性を現すかもしれん」

 タガネは躊躇した。

 彼らの前にレインを晒したくない。

 もう自覚はしている。絆されていた。

 毎日寄り添う矮躯の微かな温もり、会議の前には寂しそうにする様子、そして見送りに手を振る健気な姿を想起する。

 この地獄が顕現してから、唯一の日常の彩りと言って過言ではない。

 本能的に、手放すのを惜しく思っていた。

 マリアが隣からタガネの肩を叩く。

「連れて来なさい」

「無駄だ。あいつは魔獣じゃない」

「それを証明する為にも」

 マリアの真っ直ぐな瞳に射抜かれる。

 タガネは渋りながら席を立った。

 道を急ぎ足で辿り、部屋へと戻る。

 水を啜るレインに近付き、その手を掴んだ。きょとんとする少女を担ぎ上げ、再び会議室へと問答無用で連行する。

 円卓の前に、レインを下ろした。

 尋問が始まる。

 四人の顔つきが険しくなった。

「レイン、と言ったね?」

「ん」

 ルナートスが低い声で本人か確認する。

 レインが首肯した。

「その名前は、誰に貰ったんだい?」

「……毛、ない、ひと」

 言葉が拙い分、表現力の乏しいレインは身ぶり手振りで説明した。

 普段は物静かとあって、存外活発な様子にタガネも密かに驚く。

 その意味を解したマリアが頷く。

「老人のことね」

「その方は、君の親かい?」

「んん」

 首を横に振った。

「でもレイン、くれた。水、くれた」

 必死に自己情報を伝える。

 その立ち居振舞いに、段々と全員が後悔に顔を歪める。こんな幼い少女を疑って、詰問しようと考えていたことに胸が苦しくなった。

 タガネは静かに見守る。

「その方と、どこで会った?」

「か……かう、川?」

「何処から来た?」

「暗い、とこ」

「ここへは、どうやって?」

「歩い、た」

「……最後に一つ」

 ルナートスが苦痛に堪える表情で問う。

「君は、何者なんだい?」

「レイン」

「正体を見せてくれ」

「ん?」

 無邪気にレインが首を傾げる。

「もう、いいだろうっ」

 タガネがレインに手を掴んだ。

 強引に会議室の外へ連れ出し、荒々しく扉を閉める。回廊に出るや、タガネは壁に凭れ、やがてその場に座り込んだ。

 心労に堪えない尋問だった。

 最も容疑者にしてはいけないレインを、歯牙にかけてはいけない無害な子を、勝手に敵意の対象にする。

 冷酷無比と言われ、凍てつき、壊死したはずの心が自己嫌悪と恐怖に震撼した。

 項垂れて、長嘆の息を吐く。

 レインが隣に座った。

 無邪気に顔を覗き込む。

「けん、き」

 レインの呼ぶ声。

 そういえば、彼女の前で名告(なの)ったことがない。周囲が『剣鬼』、『剣鬼殿』と呼称するので、自然とそちらを記憶したのだろう。

 タガネは緩やかに横に首を振る。

「……タガネだ」

「ん?」

「た、が、ね。タガネ」

 自分を指差して復唱する。

 レインは不思議そうに目をしばたかせた。

「たがね」

「ああ」

「ん、タガネ」

 タガネは立ち上がった。

 レインの手を引いて部屋へと戻る。

 今日も(ろく)な報告は無い。会議の内容に進展など望めない。

 部屋で休む積もりで、ゆっくり歩いた。

 結んだ手に感じる温もりに心が落ち着く。

「――『飢え渇くもの』」

 何処からともなく声がした。

 タガネは階段の踊り場で立ち止まる。

「……あ?」

「北の古い言葉で、『ヴリトラ』はそういう意味じゃ」

 タガネは下階の広間を見た。

 そこに、人影が佇んでいる。

 片手に身の丈を超える樫の長杖を持ち、円形に広い(つば)をした円錐の帽子を目深に被った小柄な人物だった。

 体の小ささに反して、広間一帯に通る声を発する。

 立ち止まったタガネを見上げていた。

「ヌシ、中々に面白いのう」

「……何者だい、あんた」

 レインを背に庇って、剣を抜く。

 老人の声にタガネの背筋が凍った。

 そこにいるのに、まるで気配を感じない。存在すら曖昧な冥界を漂う幽鬼のようである。

 だからこそ。

 目で捉えているのに、存在感が無い。

 そんな矛盾が危機感を揺さぶり、本能が脳内でけたたましい警鐘を鳴らす。

 老人は悠然と立っていた。

「ははは、まるで鬼よのぅ」

「あんたが、ヴリトラかい?」

「むう、酷いのぅ」

 老人が大仰に傷ついて見せた。

 すると、上階から忙しない足音が響く。――走っているマリアだった。

 タガネを見つけて、慌てて駆け寄る。

「ちょっと、勝手に会議脱け出してんのよ。一応討伐隊の一員なのに、こっちが迷惑なんだけど!」

「マリア」

 タガネが一瞥もせず呼ぶ。

 切迫した表情に、マリアも目を瞠った。

「……顔色、悪いわね」

「は?今それどころじゃ――」

 マリアの人差し指がタガネの唇に当てられる。

 穏やかな紺碧の瞳がタガネを映す。

「部屋で休むのね。レインちゃんの面倒をちゃんと見なさい」

 そういって踵を返そうとした。

 その直後。

「ワシを無視とか、最近の若者キツいのう」

「……誰よ、あの(じじい)

「やっとか」

 タガネも呆れて嘆息した。

 すると、老人が帽子を取る。柔和な線を描く加齢の自然な皺のある顔、長く蓄えた白い髭が明らかになった。

 老人が小さく肩を揺らして笑う。

「ワシは王に呼ばれて来たんじゃ」

「王に?」

「うむ」

 老人が杖の石突で床を鳴らす。

「ワシは、ベルソート・クロノスタシアじゃ」

 その名前に、マリアが硬直する。

 タガネは家名のある相手とあって、不承不承と剣を鞘に納めた。

 老人が小さく手を振る。

「よろしくの」

「何だい、この老人は」

「ちょ、アンタ失礼でしょ!?」

「はあ?」

 マリアが老人に対して敬礼し、タガネに鼻が触れるほど顔を近付ける。今にも牙を剥く勢いだった。

「いい?この人は偉大な方よ」

「偉大?」

「そう。生きる伝説」

 マリアが老人を掌で示す。

「彼は、三千年前の魔神と戦った英雄の一人」

 次はタガネが面食らって固まる。

 二人で老人を凝視した。

 穏やかな笑顔で広間に立っている。

 不審者の侵入ではない。

「【時】の大魔法使い、ベルソート様よ」

 偉人の到来、だった。





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