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王都の遥か南。
魔獣に虐殺された骸が散乱する街道では、白い僧衣の集団が列を作って進行していた。
一歩に数呼吸を要する遅々とした足取り。
足下は夢遊病めいて覚束ない。
まるで魔性に取り憑かれた集団の様相だった。
それでも倦まず弛まず進む。
僧衣の列は進んでいく。
その中の一人は、周囲と同じ歩行を演じて溶け込んでいた。狂気に自ら身を浸すような感覚に、やがて集団の一部になるという危機感が湧きつつ、その異質な空気に同調する。
僧衣の下で。
黒い瞳で街道の先を見据えた。
「(…………王都に向かっているな)」
密かな確信を胸に抱く。
列に紛れた少年――クレスは目を眇める。
ケティルノースとの決戦。
それに際して、魔神教団が活動していることをタガネが仄めかしており、独自で調査をしていた。
主である剣姫。
そして彼女の宿敵タガネ。
その両名が脅かされるとあって心中穏やかではいられず。
遂に。
意を決して内側に潜入した次第ある。
薬師の娘たちは遠い辺境へ避難した。
これならば、魔神教団の手が及ぶことはないので、後顧の憂いなく潜入捜査が行える。王国滅亡を企てた元凶ともあり、そこに主を守る使命感の奥では憎悪の焔も燃えていた。
だが。
主以外にも守りたい物を抱えている。
魔神教団への潜入は自刃にも等しい危険性があった。
命の危険や、守りたい物のそばにいたい想い。
二つの強い意思排してしまうほどに憎悪は大きかった。
それが原動力であり。
クレスは決死の覚悟で挑んでいたのだった。
「(まさか、王都を攻撃?)」
内心で独り言ちる。
魔神教団は複数に分かれて動いている。
その内でも、周到に用意を巡らせている分隊に入り込んだが、いまだ明確な意図は把握できていない。
ただし。
この集団は他と少し異なる。
それが――先頭を歩む男である。
「(…………司教)」
魔神教団の司教だった。
タガネが数月前に斃した者とは別にいた存在である。ただし、数ある魔神教団の勢力の中で活動している唯一の司教だった。
そもそも。
魔神教団の構成。
それは複数名の司教がある。
そして頂点に――教皇。
この最高司教は、開祖であり太古から生きているという伝説が嘯かれていた。真偽を確かめがたいので、そこは未だに判じれていない。
だが。
数日前に王都が魔獣に襲撃された。
それは教皇の仕業だと噂されている。
ふと。
集団の足が止まった。
先頭の司教がその場に跪く。
「おお、教皇さま」
「おお」
「おお」
「おお」
後列が彼に倣った。
クレスもその所作に合わせて膝を突く。
ちら、と先方をうかがった。
司教の前に影が一つ立っている。
「剣鬼は眠らせたぞい」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「じゃが、さすが切咲じゃ。直に催眠を突破して覚醒するじゃろうのぅ」
「ええ。その前に……」
クレスは耳を澄ました。
嗄れた声、老人のものである。
先に立つ影は、歪んだ広い鍔の三角帽に、その矮躯に合わないローブの長裾を地面に引きずった風体。
顎から豊かな髭が垂れている。
片手には樫の長杖を手にしていた。
「魔神さまのために」
「うむ。期待しとるわぃ」
老人――最高司教が笑う。
「レインのときもそうじゃが、舞台鑑賞が趣味じゃった」
「…………」
「表舞台に立つ昂揚を、久しく忘れていた。デナテノルズ戦では血湧き肉踊ったわい」
「そうですか」
「剣鬼には感謝せねばのぅ」
骨ばった手が袂から伸びる。
髭を愛おしげに撫でた。
「もっと観せてくれ、タガネ」
教皇が含み笑いをする。
司教たちは頭を垂れたままだった。
クレスも動かない。
だが、その心は驚怖に掻き乱されていた。
教皇の姿――正体。
まさか。
「ワシの大事な余興よ」
教皇は恍惚と笑みを深めた。




