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王城の前庭は賑わっていた。
城下から十丈以上も高く隆起した敷地。
その上に王城が建つ。
前庭と言っても、城下町から王城へ上がるための長い階段の前に設けられた広い空間のことである。
最大の国土を有するからこそ。
趣向に占有される面積に躊躇いない余裕だ。
タガネは鋭く付近一帯を見回す。
「えらい顔触れだな」
思わず賛嘆に目を瞠る。
そこに戦士達が集合していた。
各国から提供された騎士団。
名のある傭兵たち。
魔獣討伐の専門家ともいえる冒険者。
錚々たる面子が一同に会していた。
辺境を活動拠点にしている傭兵団もが紛れており、世にも稀な奇観が広がっている。前庭に集った戦力だけでも、国を滅ぼせる軍隊が編成できる。
ただし。
相手は国ではなく世界規模で当たる敵。
これでも心許ない。
連合国でそれを目の当たりにしたので、対峙する脅威の大きさを痛烈に把握している。人間一人に太刀打ちの能う代物ではない。
それでも。
前庭に集まる顔は自信に満ちていた。
タガネは我知らず彼らを冷笑する。
「お、いやがった!」
「タガネさんっ!」
「ずいぶんと遅い到着です」
人混みの中から。
タガネの姿を見咎めて十数人が駆け寄る。
別れていた剣鬼隊だった。
タガネは軽く手を挙げて応える。
「息災で何より」
「ったく、オレらがいねぇ間に」
「魔獣数百体と喧嘩ですか」
「勇ましいねぇ」
口々に剣鬼隊が茶化す。
タガネは心外だと顔をしかめた。
ベルソートの依頼もあり、王国の跡地に足を運んだゆえに生じた必然の結果である。魔獣は回避の利かない密度が群棲していた。
そう説明しても。
剣鬼隊の耳には届かない。
「ま、無事ならいいぜ」
「おまえさんらもな」
拳を突き合わせて再会を祝う。
ふと。
侍女服のナハトが、黒コートの裾を摘む。
「変わった材質ですね」
「ああ、これかい」
タガネは黒コートの袖を見る。
これがベルソートの依頼の報酬だった。
リッセイウム家の宝剣。
その真の効果は、『勇者の魔力』が宿っているので、突き立てた地から魔獣を退ける。範囲は国土全体には及ばずとも、魔獣の活動を抑える性質だった。
ベルソート曰く。
『勇者は友人でな、返してやって欲しいんじゃ』
その嘆願を請けて。
タガネは私情もあり宝剣を返還した。
その酬いがこの黒いコート。
ベルソートが保管していたデナテノルズの糸を素材にし、それらを編んで製作した外衣である。魔獣との戦闘で荷物も損失し、防寒具の不足を危ぶんでいたので、是が非でも着る物が欲しかった。
なので。
基本的な性能も聞かずに着用している。
タガネは襟を開いてみせた。
「ちと特別でな」
「売れば高値だろうな」
「世に一つとあって換金が難しいとさ」
タガネが襟を正す。
傭兵としては、高価な物ほど持ち歩いても盗まりたり、戦場で命もろとも奪われたりするので、所有する意味はない。
腰の魔剣ほど思い入れが無ければ。
早々に手放すつもりである。
「あ、ここにいたのね!」
「うげ……」
「何よ、その反応。……斬るわよ」
後方から聞き慣れた声。
タガネは思わず歪めた顔で振り返る。
銀の軽甲冑を着た剣姫マリアだった。
隣に並び立ち、下から覗くように上体を傾ける。顔をそらして逃げるタガネを執念く追った。
二人の様子に。
剣鬼隊が口もとの笑みを隠す。
「王国で何してたのよ」
「さてね」
「私にも話せないの?」
真剣な紺碧の眼差しが射竦める。
王国関連なので無関係とは言いがたい。
彼女はいまだルナートスの存命と、そしてタガネの手によって討たれた事実も未確認なのだ。捉えようではマリアの痛憤を招く。
決闘どころでは済まない。
しかし。
マリアの瞳は逃すまじと眼力を強める。
うっ、とタガネは呻いて。
しばらくの逡巡の後に、渋々とうなずいた。
「…………いつかな」
「ならよし」
「やれやれ」
「私に隠し事なんて許さないから」
「面倒な小娘だな」
「小僧のアンタと同じよ」
細々と愚痴るタガネ。
マリアは余裕の笑みで軽口を返した。
「ミストとフィリアは?」
「王城よ」
「そりゃ何用で?」
「何かの儀式があるみたいで、二人の力が必要みたい」
「…………仲間外れか」
「違うわよ!」
マリアの爪先が臑に突き刺さる。
不意打ちによる激痛に。
タガネは足を押えてうずくまった。
絶叫を呑んだ呻吟の声を漏らす。
「私は、その」
「うん?」
「あ、アンタを待ってたのよ。王宮には剣鬼も来いって言われてるでしょ」
「そりゃ、そうだが」
リューデンベルク王国の本部より。
タガネは王城へと招く書状を受け取っていた。
王家の証である押印と、同封された徽章を携えて、王国までの道を急いだのである。
それが奏功し。
マリアの予想を裏切って期日内に到着した。
それでも。
「どうして一緒に」
「い、いつもみたいに遅刻すると思って」
「ひどい信頼だな」
マリアの苦言に。
タガネは納得しながら苦々しく笑う。
痛みをこらえて立ち上がる。
隣を見れば、耳まで赤くしたマリアが腕を組んでつん、と顎を上げていた。頬に差した含羞の赤みに可笑しさが胸の内で湧く。
タガネが小さく噴き出した。
「なっ!?」
「いや、こりゃ失敬」
「ッ……ほら、行くわよ!」
「ちょ、いだだだだ」
マリアに耳を引っ張られて。
タガネは王城へと連行されて行った。




