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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」上辺
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 大陸北部の国の王都では。

 年の(うつ)り目を目前にする日を目前にし、不穏な足音がするかと耳を澄ます者の不安な心が犇めいていた。

 破滅の獣が目指す地である。

 大陸中の主戦力が募り、都は静かに決戦の用意を着々と進めていた。


 新雪に包まれた路地。

 石畳の上で凍ったそれらが、街の全体を厳寒の冷気で満たす。

 屋根には氷柱が垂れた。

 大陸北部とあって、一晩あれば水分が氷へと変化する気候である。人々はかじかむ手先を吐息の熱でほぐす。

 寝床を出ることすら億劫になる。

 それでも。

 曙光に染まる王城に一日を始めた。

 そんな営みに築かれた城下町。

 道を往来する人々に新雪は踏み荒らされ、おびただしい足跡を絶えることなく刻まれる。大小さまざまなそれらが水を張り、また冷気に薄氷(はくひょう)を張って人の足をすくう罠になる。

 それらを避けて進めば。

 また雪の余白は消えて罠は増えていく。

 その結果。

 駆け回る一人の子供が餌食(えじき)になった。

 道の中心で盛大に転ぶ。

 案じる友人の声を聞きながら起き上がろうとして、差し()べられた手に気づいた。

 視線で辿ると。

 銀髪の少年が静かに立っている。

 彼は催促するように手が指間を広げた。

 子供が応えて掴み取る。

 ゆっくりと、力強い手に引き上げられて立ち上がった。

「お兄さん、ありがと!」

「足下に気をつけな」

「うん!」

 子供は礼を言って。

 注意を受けたそばから駆け出した。

 転倒の危険すら念頭にない勢い。

「この寒さで元気なこって」

 その背中を見送って。

 銀髪の少年が路地を進み出した。

 雪を踏む足先は、王城へと向いている。

 その後ろ姿に複数の視線を飛ばす。

 それらの正体は路肩で輪になって歓談していた人々。

 その顔には(うれ)いの陰りがある。

 接近する災厄の足音に怯え、避難の算段やその後の心配など、深刻な先行きに暗い話題が絶えず、ますます顔色を悪くする一方だった。

 しかし。

 瞳だけは絶望と異なる色に光る。

「あれよ」

「……間違いない」

「へえ、あれが」

 雑談の口を止めず。

 少年の姿を目で追った。

 腰元をベルトで絞った黒いロングコートの長裾(ながすそ)をなびかせる。腰に奇怪な長剣を佩き、銀の双眸が冷たく先を見据えていた。

 横を過ぎた少年の横顔。

 そこに誰もが期待の眼差しを注ぐ。

 数人の若者が騒ぎ出した。

「あれが剣鬼(けんき)だ」

「あんな若いのが!?」

「銀の髪って、やっぱそうだろ」

「かの王国の跡地で、魔獣数百を単騎(たんき)で狩り続けたって」

「噂じゃ、ヴリトラを討ったのも彼らしいぜ」

「人間かよ…………」

「彼ならケティルノースを倒せるんじゃ」

 畏敬(いけい)に震える囁き声。

 それらを耳にして。

 密かに白いため息を漏らした。

 タガネは辺りを流眄する。

 隠す素振りもなく自分を凝視する衆目(しゅうもく)に足を加速させた。

 たった一睨み。

 それだけで人々はさっと顔を背ける。

 遺憾(いかん)ながら。

 露骨ではあるものの効果絶大。

 自身の厭わしい部分を利した慚愧(ざんき)に堪えて、タガネは人の視線を避けるように王城に急いだ。

 その足取りは重い。

「情報は早いな」

 若者の言った通り。 

 第一王子ルナートスが所有し、リッセイウム家が誇る宝剣を王国跡地に葬りに向かった際、迫り来る魔獣をすべて撃滅した。

 それが噂となっている。

 その討伐数(とうばつすう)

 もう片道で数えられる量ではなくなった。

 その過酷な道を経て。

 大陸北部へと足を運んでいた。

「しかし」

 一度だけ止まって辺りを見回す。

「さすが、最大国家」

 タガネは小さく呟いた。

 大陸最大の国土と歴史を誇る軍事国家。

 リューデンベルク王国。

 ここはその王都である。

 ケティルノース対策の世界規模の連合軍が組織され、その本部を立ち上げたのがリューデンベルク王国だった。

 発展した王都の広さや人と店の数。

 どれもが類を見ない質と量だった。

 その景観の中に。

 傭兵の数が多く、中には名のある凄腕の戦士の姿もある。大陸中の戦力が集中している証拠であり、ここが世界の中心だと感じさせる。

 タガネは空を見上げた。

「約束したしな」

 もう逃げられない。

 タガネは王城を見据えて踏み出した。





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