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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間・小話
179/1102

三話「夜岐の小径」上編

幕間の最後の小話。



 その峠は避けて行け。

 地図の通りに進めば夜岐(やまた)に遭うぞ。

 峠のふもとの村での古くからの言い伝えだった。

 日が沈めば暗くなる。

 人を誘う夜が来る。


 大陸中央部を通う街道。

 山を囲うように迂回するそれは、迂遠な道のりといえども、十日を要して確かに国へ繋がる。それでも、直線で行けば半日で着く距離の延長に、辟易する者は少なからずいた。

 その屈託を解消する近道はある。

 その捷径(しょうけい)ならば半日で着く。

 ただ、誰も通らない。

 特に危険な魔獣が住んでいるわけでもなく。

 況してや盗賊の出る場所でもない。

 どうして、避けるのか。

 未だに深くは知られていなかった。

 そして。

 長く急な一峰を登りきって、足を阻む急斜面に堪えた甲斐があったと、自身の膝を叩く少年がその道に立っていた。

 銀髪の下の瞳を疲労で曇らせ。

 少年は地図を片手に呼吸を整える。

「これなら、間に合うか……!」

 万感の思いで。

 銀髪の少年タガネが拳を握る。

 剣鬼に是非(ぜひ)との口上を綴った書状が山の向こう側から届き、タガネはその依頼に応えて依頼主の下へ向かわんとした。

 面会の日までは半月余りある。

 問題はないと判断し、街道を緩やかに進む方針で依頼主を目指すことにした。

 しかし。

 その気構えが(わざわ)いした。

 街道が土砂崩れに遭って封鎖されたのである。

 雨は止んだものの、土砂の撤去作業は未だに済んでいない。ただでさえ十日を費やす道のりが、半月以上の距離へと化けた。

 面会に間に合わない焦慮。

 タガネはそれに背中を押されて、誰もが避けて通る『峠の道』を使用した。

 実際に通って。

 たしかに険路だと痛感した。

 急な斜面は馬車が通れる角度ではない。

 たびたび登攀(とうはん)じみた進み方でなくては先を望めない地形である。近道といっても力尽くだという感想を飲み込んで道を辿った。

 結果として。

 わずか数刻で峠に着いた。

 あとは同じ距離を降るだけで着く。

 タガネは峠の上で立ち止まる。

 体からにじんだ汗を拭った。

「やれ、もうひと踏ん張り」

 気を引き締めて進む。

 これまでと一転して緩やかな傾斜路を歩んだ。

 存外、辛いのは前半だけか。

 その苦難さえ堪えれば不平声も出ない。

 夕暮れの日が遠くに見えた。

 タガネは足を止め。

 峠を赤く染める光に目を細めて感嘆に(ふけ)る。

美事(みごと)なもんだ」

 眺めている内に。

 遂に日は沈んで宵闇が辺りを包む。

 タガネは改めて進みだす。

「うん?」

 タガネの先方。

 そこが二手に分かれていた。

 地図と現在地を再確認するが、分かれ道など記されていない。地図は知己(ちき)から譲り受けた物とあって最新の情報ではない。

 足を止めて二つの道先を窺う。

 視線が左右へ迷った。

「どっちが正解、かね」

「あれ、もしかしてお客さん!?」

「は」

 背後から唐突に快活な声。

 気配を感じなかった。

 背後を取ったと悟って、タガネは身を翻す。

 最大まで高められた警戒心を剥き出しに振り返った先で、小さな赤髪の少女がタガネを見上げていた。

 簡素な貫頭衣を、紐で腰元を絞っている。

 右のこめかみで、髪留めが光った。

 小麦色に焼けた肌に汗が浮かんでいる。

 剣呑な予想を覆す相手に。

 拍子抜けしてタガネは黙り込んだ。

「お客さん……違った?」

「ここいらに(たな)を構えてんのかい?」

「うん、お兄ちゃんがね!」

「こんな山道に」

「だからこそ、だよ!」

 何の憂いも無く。

 少女は元気よく返答した。

 それに気圧されてタガネは苦笑する。

「どんな店だい」

「旅館だよ」

「本当かい」

 タガネは思わず目を見開く。

 登山で疲れていたのもあり、途上に(いこ)える場所があると知って思わず食いつく。屈み込んで少女と目線の高さを合わせた。

 少女は深くうなずく。

 道の一方を指差した。

 その方向を改めて見ると、道先に小さな光が灯っている。よく目を凝らせば、それが一軒の屋敷の物であると判った。

 タガネは小首を傾げる。

 ――はて、館なんてあったか?

 そんな疑心が湧いて。

 しかし、少女がタガネの手を引いた。

「ほら、早くはやく!」

「お、おう」

 少女に手を引かれるまま。

 タガネは館の灯に導かれて歩いた。





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