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開放された大扉に駆け込む。
剣鬼隊を歓迎したの円形の広間だった。
四方に立つ銅像があり、いずれかの内の三つは世に勇名を轟かせる三英雄である。北に坐す青年の像の正体は誰も知らない。
像が立つだけの内装だった。
上階に向かう手段が見当たらない。
ナハトの姿もなかった。
外側から検めようにも、扉の外側は烈風と轟音に荒れている。一度出れば、巻き添えを喰らって死ぬ危険性もあった。
ジル達は屋内を調べる。
部屋に唯一の置物である銅像に触れた。
「ずいぶん古臭ぇな」
「どこかに絡繰があるんでしょうか」
「ナハトめ、案内くらいしろよな」
不在のナハトに愚痴る。
ジルは文句を囁きながら、英雄王バスグレイの銅像を眺めた。
像を支える台座の正面には、名前と端的にまとめられた武勇伝が刻まれている。
肩に翼の意匠を施した重甲冑の巨漢。
世情に疎い者でなければ誰もが知っている。
元は傭兵崩れの騎士。
自分と同じ生業ながら、世の敬愛を集めてやまない男の姿を模った物に、奇妙な感慨を抱いていたジルの手元に何かが引っかかる。
台座の側面。
その下に紙片が挟まっていた。
ジルは拾い上げて紙面を広げる。
『四つの銅像の名を唱えろ』
「ナハトか」
紙片の内容を了解する。
それぞれを調べた。
大魔法使い『ベルソート・クロノスタシア』。
聖女『ヘルベナ・メギフィノ』。
英雄王『バスグレイ・ディーンオーズ』。
勇者『マコト・イスルギ』。
ジルは四名を記憶した。
「うし、唱えりゃ良いんだな!?」
天井に向かって名を叫んだ。
その奇行に全員が驚く最中、広間が震動する。
中央の床が方形に隆起し、天井まで伸びる。
柱となった物の先端が衝突し、根本には扉が現れた。ひとりでに開いて、剣鬼隊を招く。
ロビーが先に行って中を確かめる。
十数人以上を収容可能な空間があった。
手招きで後方の剣鬼隊を呼ぶ。
「これは一体……」
「階段、では無ぇな」
「昇降手段なんでしょうか?」
訝る面々は中に踏み入る。
全員が柱へと入った途端、扉が閉められる。
まさか、罠か!
ジルが扉に槌鉾を振り下ろした。
「ぐッ……硬ぇ!」
甲高い金属音を打ち鳴らして。
ジルの槌鉾が弾かれた。
後退した彼を受け止めて、次々と剣鬼隊が破壊を試みる。それも虚しく跳ね返され、誰もが憮然とした。
この閉塞的な空間。
退路は無いので嬲り殺しにされる。
その危惧に青ざめる剣鬼隊の足元が微かに揺らいだ。
また震動。
次は何事かと目を瞠る。
「何だ、この異様な浮遊感」
「……まさか」
「どうしたんですか?」
「これ、昇降機なのか」
ジルが疑心を抱きながら呟く。
体を底から持ち上げられる浮遊感、壁の奥側から小さく聞こえる歯車の廻る音。
ロビーが小首を傾げる。
「昇降機?」
「オレも目にするのは初めてなんだが……」
「これは何なんだ、お頭!?」
「上に昇ってる」
再び床が揺らぐ。
すると扉が開かれた。
また円形の広間が広がっている。
剣鬼隊は外へと躍り出て周囲を探った。
そしてすぐに。
柱のそばに佇む影を見咎める。
「お待ちしていました、皆様」
「な、ナハト!!」
歓呼の声が上がる。
剣鬼隊が一斉にナハトへ飛びかかり、肩を組んだり、足を蹴ったり、頭を小突いたりと、密集して大混雑となった。
だが、誰も気づかない。
ナハトの右手は義手となっていた。
ロビーが前に出る。
「……ロビー」
「ナハトさん、ごめんなさい」
「貴方は何も悪くありません。臆して動けなかった私こそ」
「いや。いいんですよ、もう」
「…………」
「おかえりなさい」
「はい。ただいま戻りました」
再会を言祝がれて。
ナハトもまた相好を崩した。
「砦での失態、どうか挽回させて頂きたく」
「ンなもんいいって」
腰を折って一礼するナハト。
ジルが苦笑しながら断った。
「剣鬼は、どうされましたか?」
「野郎は前庭で戦ってる」
「ルナートス将軍ですね」
「……アイツ、勝てそうか?」
「私の見立てでは、問題ありません」
ナハトがが両腕を広げた。
「ここは塔の二階です」
「標的は何処にいんだ?」
「十一階の書斎にいます」
「十一…………」
ジルは上を振り仰ぐ。
一階とは様相が異なって階段がある。
壁面を撫でるような螺旋状の階段が延々と続き、その途上に扉が設けられていた。階層を判断するのは、おそらく壁面から隆起した凹凸である。
一階は事情を知らない侵入者用の偽装だった。
ここから先こそ。
塔の支配者が住まう塔の心臓部なのだ。
ジルの口角が上がる。
「十一階なぞ直ぐだろ」
「では、案内します」
「なァ、ナハトよ」
「はい」
ジルへの振り返る。
ナハトの黒い瞳は以前とは違い、決然とした光を宿していた。
その様子に、ジルは首を横に振る。
「いや、何でもねぇ」
「…………」
「もう頭は下げんなよ。お前が欲しくて剣鬼隊は走って来たんだ。奪う側に頭下げる必要は微塵も無ぇさ」
「……はい」
ナハトが微笑んだ。
その頭上で階を蹴る雑踏が聞こえた。
ジルが視線を鋭く巡らせる。
階段を駆け下りる兵士たちの姿があった。
その先頭に、標的がいる。
兵数も剣鬼隊を優に上回る上に、階段で激突すれば明らかに不利である。それを踏んで、余裕綽々と戦場に出てきたのだ。
接近する敵影に対し。
しかし、剣鬼隊は野蛮な含み笑いをこぼす。
そこに気負いの色は無かった。
「来やがったな、命知らず」
「俺たちに勝てると思ってんのか?」
「ああ、全くだぜ」
全員が駆け出そうとして。
それをジルが制する。
「こっちは再戦だしな」
「それが何か?」
「ヤツはロビーとナハトで仕留めろ」
「え……」
「兵士はオレたちで倒す」
ジルが目配せする。
ナハトはしばしの逡巡の後、うなずいた。
遂に広間へと兵士が辿り着く。
剣鬼隊へと一直線に肉薄した。ジルを先頭に、それを真っ向から迎え撃つ。
両軍が激突し、広間が戦場と化した。
その様子を眺める位置から、階段の欄干に身を寄せているイーザスへと、ナハトとロビーが躙り寄る。
イーザスが微笑む。
「飼い犬に噛まれるとはぁ」
「もう貴方の走狗にはなりません」
「ナハトさんは、僕らの仲間です!」
「……仕方無いかぁ」
イーザスが腰から斧を手にする。
肉厚な刃が軽い一振りでも唸り声を上げた。外観からもわかる重量は、片手で扱える彼の異常性を同時に物語っている。
イーザスは斧を肩に担ぐ。
「一応、戦闘にも心得はあるよぉ」
「……私も、あります」
裳裾から二本の短剣を取り出して。
ナハトは胸前で両手に持つ。
「貴方に訓練されたので」
「むふふぃ」
「決別させて貰います!」
ロビーと息を合わせ。
ナハトはイーザスめがけて駆け出した。




