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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話「渇く河床」前編
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 タガネは玉座の間から辞した。

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 背後から飛ばされる怒号を、ひたすら黙殺して進んだ。無視している時間が長くなるほど、声の強さは苛烈さを増す。

 回廊に響く声は雷に似ていた。

 タガネは耳を塞いで、玉座の間での話を整理した。

 三大魔獣ヴリトラの討伐の案件は、結果として断った。ただの傭兵に可能な領分では無いので、勇者パーティー、そして他国の軍と連携して対応することを提案して去った。

 タガネには目的がある。

 その遂行に、ヴリトラとの対決は不要なのだ。

 何より、勇者パーティーとの協力こそ無理難題である。タガネ自身としても独り身がやりやすく、第一王子の下で働くのも不満でしかない。

 最初から、拒否以外の選択肢は皆無。

「いつまで無視するの!」

「…………」

「本当に苛々する!剣を抜きなさい!」

 まだ声は聞こえていた。

 一階へ下りても執拗に続く。

 遂に観念して、タガネは振り返った。

 そこに、紺碧の髪を靡かせる少女が憤然とタガネを睨め付けている。髪と同色の瞳は、怒りの(ほむら)を滾らせて光った。

 精緻な人形のように整った顔立ちが、しかし憤懣に険しくなって本来の美貌とは程遠い状態に変化している。

 見慣れた顔の、見慣れた表情だった。

 タガネが舌を打つ。

「何か用か。――マリア」

「剣姫様と呼びなさい」

「良いから要件を言え」

「……本ッ当にアンタは……!」

 ますます怒りを助長するばかり。

 タガネは内心で嘆いた。


 剣姫を名告る少女マリア。

 彼女とは、国王を介して三年前に知り合った。

 当時から最年少で王国騎士団に入団し、破竹の勢いで副団長にまで任命された前代未聞の逸材。剣に誰よりも誇りを持ち、その武功のすべてを剣で成してきた。

 剣戟において常勝無敗の剣姫。

 しかし。

 当時から剣の腕を鼻にかけた傲岸な立ち居振舞いが目立ち、騎士団の中でも不平声が湧き起こった。彼女の指揮下では連携力などの著しい低下が見受けられ、戦でも少なからず被害が出た。

 これを聞き及んだ国王が、当時この戦場で剣姫以上に(おびただ)しい敵兵を葬った逸話を持つタガネを呼び寄せる。

 依頼と聞いて赴いたタガネは、剣姫マリアと対面することになる。

 依頼内容は、彼女を決闘で打ち負かすこと。

 敗北の味を知れば、自身の実力に酔わない上昇志向の萌芽に繋がるという底意があってのことだった。

 どちらも真剣で挑んだ。

 そして。

 タガネは、見事マリアに勝利した。

 洗練された型などに拘るマリアの剣技と違い、荒々しく磨かれた戦技の剣で対するタガネでは、そもそも土俵が違う。

 しかし、マリアとて異なる戦法の持ち主にだって何度も勝ってきた。だからこそ、タガネに敗北を喫した時の屈辱の味は一入(ひとしお)だったのだろう。

 その後、勇者パーティーの一員も兼任するマリアは、勧誘を固持した件もあって、殊更にタガネを敵視するようになった。


 相手をするだけ体力の浪費だ。

 そう考え、タガネが再び歩を進める。

 その前にマリアが回り込んだ。

「ヴリトラ討伐の件」

「断った」

「世界の一大事に、アンタは何とも思わないの?」

「俺は世界平和なんぞ知らん」

 マリアがタガネの胸ぐらを掴もうとする。

 素早くその手を払い落とした。

 タガネの灰色の眼光が苛立ちで鋭くなる。

「他人が何処ぞで野垂れ死のうが関係ない。ヴリトラの討伐も、世間話で聞くくらいの他人でありたいね」

「アンタ、本当に剣士?」

「俺はそもそも、戦いが好きで傭兵やってる訳でもないし、剣を愛してるわけでもない。生きる術がこれしかなかった、それだけだ」

 タガネは彼女を手で突き飛ばす。

 たたらを踏んで、倒れるのを堪えたマリアが蔑むような眼差しを向けた。

 それすら意に介さず、隣を通過する。

 その行く手を細身の剣身が横合いから遮った。

「抜きなさい」

「嫌だね」

「アタシが勝ったら、戦いに参加する。負けたら話は無しにするわ」

「判らんヤツだな。俺がそんな益体も無い勝負に――」

 言葉を切り裂く銀閃が(はし)る。

 タガネが逆手持ちで剣を構え、振るわれたマリアの一撃を受け止めた。両者の間で鋼の噛み合う火花が散る。

 マリアは視線で剣をなぞる。

 タガネは、完全な抜剣ではなかった。正面に対して体を(はす)に差し出し、胴を横に両断しようとした剣撃を鞘から少し覗かせた剣身で防いだのだ。

 剣は抜かない意思が犇々(ひしひし)と伝わる。

 マリアはそれが(かん)に障った。

「何で……!」

「うん?」

「何で、こんな半可者(はんかもの)にアタシは負けたのよ!」

「…………」

 タガネは呆れていた。

 志が高い者ほど視野狭窄になる。突き詰めて行く内に、その手段の正誤を問わず、歪んだ価値観で物事の推進を図る傾向がよくあった。

 マリアは、それが顕著だった。

 剣の腕なら優劣を計ること自体が不遜な位階。

 ただ、それは生来の実力。

 磨かずに振るって来ただけで努力の蓄積がない、()()()()()の才能だった。もしかすると、腕を鍛える積もりで剣を振れば、タガネを超えるほどに前途は明るいだろう。

 単なる傲慢だった。

 そのままで誰にでも勝てる、という。

 そして、タガネに敗北してからも変わらない。

 タガネはため息を一つ吐く。

 足でマリアを蹴って突き放した。尻餅を突いた彼女に、剣を鞘に納めながら睨め下ろす。

「救いようが無いな」

「なっ……!」

「おまえさんこそ半可者だろう」

「アタシがそんなわけ……」

「ヴリトラに灸を据えられちまえ」

 タガネは、今度こそ隣を過ぎ去った。

 背後からは小さな歔唏(きょき)が聞こえる。それも足を止める枷にはならない。

 一階にあると聞く侍女長の執務室まで向かった。

「きゃああああ!!」

 一本の廊下を歩いていたとき、奥で悲鳴が鳴り響いた。

 それに次いで扉が大きく開けられる。中から、一人の執事を担ぎながら、複数人が慌てて退室していった。

 混乱した様子にタガネは呆然としつつ、部屋の中を確認する。その中央では、レインが大人しく水を飲んでいた。

 変わらない姿に我知らず微笑んだ。

 先刻までの剣呑さを忘れる。

「まだ乾くか?」

「ん」

 レインが扉の前のタガネを見る。

 すると、すぐに立ち上がって駆けて腰に抱き着いた。思わぬ反応に、タガネも驚いて固まる。

 王城までの間、足元がしっかりしていなかったのに、今では走ることにも痛痒が無さそうだった。

 復調した様子にほっと安堵する。

「さて、おまえさんをどうするか」

「ん?」

「報酬が貰えるまでは、取り敢えず宿で過ごすとして……」

 タガネは騒々しい廊下に振り返る。

 あの運ばれていく執事。

 一瞬でよく見えなかったが、全身が干上がっているように見えた。黒く変色した皮膚、痩せこけて骨と皮しかない。

 一体、何があったのか。

 どちらにせよ、退散した侍女たちに愚痴る。

「おまえさんを置いてくとは薄情だな」

「ん」

「……人のことは言えんな」

 レインといい、マリアといい。

 タガネは少しばかり後悔したのだった。





剣姫も悪い子ではないので、温かい目で見守ってあげて下さい。

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