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南軍の街のとある邸宅で。
マリアはすっきりとした面持ちだった。
それを冷めた眼差しでフィリアが見遣る。
「悪し様に言われてましたが」
「ん?」
「来てくれるでしょうか」
「来るわよ」
マリアは自信満々で胸を張る。
その根拠は、短い期間だったがタガネの旅に同行した経験からだった。彼は傷心した人間を見捨てられず、気遣うように行動している。
今回も、ケティルノース討伐の件で困っていることは、先刻の呼びかけで十全に伝わったはずだ。
……そう、思っている。
それを聞いていたミストは無表情だった。
「マリア」
「何よ」
「それだと来ないと思います」
「何でよ!?」
「まるで決闘の申し込みみたいです」
その意見に。
マリアは自身の発言を思い返す。
「そう、なのかしら?」
「……………」
「ま、アイツならわかるはずよ!」
委細タガネの解釈に委ね。
マリアは快活な笑顔になった。
ほとほと呆れたミストが杖を抱いて嘆息し、椅子の一つに腰を下ろす。
北に向けて発した言葉より、タガネも声音から三人であり、また要件についても察知するだろう。
ただ伝え方が問題だった。
日頃の横柄な態度が全面に出てしまい、マリアの高圧的かつ言葉足らずな部分が勘違いを招く可能性が大いに高い。言われた本人なら、処刑か、はたまた決闘と受け取る。
それでも。
マリアは全く問題視していない。
さしものフィリアも閉口していた。
「待たせてしまって申し訳ない」
三人のいる部屋の扉が開く。
清潔感のある赤い詰襟服の男が現れた。
「いいえ、大丈夫よ」
「それは何より」
男は笑顔でうなずく。
「それで、剣鬼殿は来られるでしょうかね?」
「きっと来るわ!」
「良かった。実は私も彼に用があって」
男は困ったように眉根を寄せる。
マリアは小首を傾げた。
「仕事の話?」
「それもあるのですが……」
男は唇に指を当てた。
「彼に、貸している物があるので」
「ふーん」
「それでは、私はこれにて」
男はそのまま退室した。
ミストが嫌悪感を顔に出して鼻を鳴らす。
「あの男に気を許してはなりません」
「何でよ」
「底意のある高官職の顔に似ています」
「下心の無い人間なんかいないわよ」
マリアは肩をすくめてみせた。
それでもミストの憂いは晴れない。
「邸宅の使用人を見ましたか?」
「え?」
「年端のいかない子供ばかりです」
「…………」
「戦争孤児を引き取っている、とも考えられますが……彼が使用人に向ける目は、歪んだ愛情を感じます」
マリアが押し黙った。
さっきの男はベリディール子爵。この邸宅の持ち主であり、南軍の国境に補給物資を届けて支援している貴族家の一つだ。
この連合国南部で活動する際、マリアたちが拠点とさせて貰っている。
一見は気優しい人物だが、ミストだけはその奥に根付く禍々しい何かを読み取っていた。
フィリアも不安に顔を曇らせる。
「タガネさんも狙われてる?」
「え……」
「何かを貸している、と仰ってましたし……」
「んー」
三人はしばし考えて。
「あり得るわね」
「ありえます」
「そうでしょうね」
同じ結論に至った。
ただ腕が立つ傭兵だが、その名声とは無縁な厄介事まで抱え込む運命にある。特に、今年の彼が遭遇した難事の数は多い。
「きっちり問い糺してやるわよ、本人に」
マリアは腕を組んで窓の外を見た。




