10
車座を離れて周囲を歩く。
見張りの者と何人かすれ違った。
タガネは魔剣とともにロビーを探す。
戦闘終了後も彼は健在だった。
うまく対処したのか、軽微な負傷だけで移動にも何ら問題はなかった。
そうして。
幾らか探し回って、少し離れた木立。
そこにロビーが蹲っていた。
「あまり隊列から離れるな」
「……タガネ、さん」
声をかけると、ロビーが顔を上げる。
表情ばかりは、この世の終わりを見たように暗澹とした面持ちだった。
頬には一筋だけ刃傷がある。
「何かあったのか」
「……僕は戦えませんでした」
「そんな感じはするな」
「殺し合いを見て、固まってしまった」
ロビーは抱えた膝に額を埋める。
くぐもった嗚咽が聞こえた。
戦場で涙を流すのは儀仗兵などであり、傭兵の風情ではない。欺くためならともかく、誰かを想う為には出てこない物である。
そういう人間は、やっていけない。
「……それで?」
「どうして、あの人たちは……」
ロビーは視線を投げかける。
傭兵の声でにぎわう方向だった。人を殺めた者ばかりが集い、活気立つそこに、恐怖の眼差しが注がれる。
それを背にしたタガネもまた。
畏怖の対象だった。
「あんなに平気なんですか」
殺生を知らない者らしい言葉だ。
タガネはそう内心で失笑する。
しかし、それは誰もが本来は持ち合わせていた者で、あの傭兵たちにもかつては備わっていた心なのだ。
忘れてしまっただけのこと。
ロビーはまだ、始点したばかりなのだ。
「……これは持論だが」
「……」
「人殺しは最低の行為だと思ってる」
「え?」
タガネの言に。
ロビーは自身の耳を疑った。
夥しい戦績を持ち、剣鬼の異名を取るほどに人を殺してきた人物が、殺人そのものを唾棄すべき行為であると弁えている。
それでも彼は戦場に立っていた。
矛盾している。
「なら、どうして」
「だが、最低な人間に陥っても、生き残るべく戦う――その為に俺は剣を振った。中にはいるだろうな、人を殺す、戦うことに快楽を得る奴も」
「……はい」
「ただ。
度し難いことに、この世から争いが消えることは決して無い。愛とか、友情だとか、理性だとか、情緒深い言葉で彩って飾っても、人間には何かを求める欲望しかない。理性ってのもまた、危険を回避したい、自らを守りたいという欲求の一つだ。
無欲な人間なんざいない。
だから人を殺してでも得たい物が人それぞれある」
「じゃあ、タガネさんは……?」
タガネは新月の夜空を見上げた。
見上げても微弱な星明りだけの闇が広がる。
しかし。
そこに何かを見出すように、タガネは強い眼差しを放っていた。
「所詮は志、つまり自己満足だ」
「志」
「俺はこう在りたい、という欲求」
「は、はい」
「人を殺すのは最低だ。だが、俺が生き残って誰も殺さずにいられる未来にたどり着くには、その過程に夥しい流血が要る」
「む、矛盾してませんか?」
「懺悔ならするさ。もう誰も殺さずに、静かに暮らせる家を手に入れたらな」
ロビーがきょとんとする。
戦場の鬼ともいえる人間が、静穏な暮らしを求めて戦っている。最低だと蔑む人間としての部分にあえて踏み込んででも果たそうと身をなげうつ。
矛盾と矜持。
夢を叶えるために、彼はその二つを抱える。
志、心の持ちよう。
人殺しを罪と思うかもまたその人次第。
「そうだろ?」
「え」
「善か悪かなんて、ソイツが属する社会の法でしか判断できない。法の外に出れば、誰も縛る者がないんだ。己を律するのは欲、志だけ」
「…………」
「戦場は法の外だ」
「はい」
「おまえさんの在り方は、おまえさんが決めろ」
タガネは踵を返して歩き出す。
しかし、少しだけ進んでから振り返った。
「少ししたら出発する」
「…………」
「それまでに一応の答えは出しときな」
沈黙するロビーに。
そう言い残して隊列に戻った。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
舞台によって章の名前が変わるので、次回から北端となります。




