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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
六話「錆びた角」下門
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 凄惨の一言に尽きた。

 道の奥にひろがる空間は、足下を埋め尽くすほどの女性が倒れている。誰も彼も虚ろで、理性の光もうかがえない(くら)い瞳だった。

 タガネは口元を押さえる。

 鼻のよじれそうな悪臭がした。

 土に染みを作る人か魔獣の体液か、空間の四方で奇妙な紫煙(しえん)を上げる香のせい。あるいは、その両方だろう。

 口から吸えば、空気は味気を帯びている。

 それも、鉄を舐めたような味だった。

 あまりの光景。

 そして五感全体に訴える不快感。

「こ、こんなの……うっ」

「…………」

 堪えきれず。

 リフは吐き気を催してえずく。

 タガネの瞳は、冷然と惨状を眺めていた。

 空間の中央で女性を陵辱する魔獣を捉える。

『ヴルル?』

「こっちに気付いたか」

 背後にいる気配を気取って。

 魔獣の首がぐるり、と半回転と巡った。

 タガネと魔獣の視線が交錯(こうさく)する。

 体の節々に刀剣のように鋭利な突起が生えており、特に腕はその部分から後肢(こうし)にかけて膜状の脂肪――飛膜(ひまく)が張っていた。

 細く床をしなり打つ尾の先端は錨型(いかりがた)

 二人を見る面貌。

「気色悪いな」

『ヴルルルモォッ!!』

 小さくも目立つ赤い鼻。

 牛に似た鳴き声と、歯のない口腔。

 おとがいの横とやや低い位置で眼球がぎょろりと動く。

 形態からして、(ちか)しく思われるのは鼯鼠(むささび)

 ただ、タガネにはそう形容するのも辛い。

 端的に言えば――醜い異形だった。

「あ、あれが魔獣?」

「そう。おまえさんの……親だ」

「親……」

「俺も知ってる。

 あれは『錆鳥(ビーケルゥ)』、金属だけでなく人体にまで錆を作って動きを止めて、獲物を食らう。野戦のときに物資補給の後衛隊の天敵になるやつだ」

「錆って」

「そ、おまえさんらの能力だ」

 ようやく回復したリフ。

 その目に、あの魔獣の姿が映る。

 眼前の怪物が人を犯し、そうしてリフは産まれた。この足下にいる女性の誰かに、自分の母親はいるかもしれない。

 タガネは目を細める。

 鬼仔には錆を作る能力があった。リフだけは、制御が難しいらしいが、それが指導を受けなかったのは、その身が抱える本当の特異性に由来する。

 改めて魔獣を確認して。

「犯すだけで食事はしないとなると」

「え?」

「あの香の仕業か」

 空間の隅で焚かれた香。

 タガネはそれらを見遣った。

 魔獣が人も食わずに、むしろ子を残す行為自体が稀である。

 それを、こうも連続させる絡繰。

 何より、鬼仔の出産は人体に耐えられない負荷がかかる。

 母胎(ぼたい)となる女性にも、投薬や何らかの人体的な改造がなされているのだろう。

 いくら推察しても。

 (ろく)でもない事実ばかりだった。

「さすがは国家機密」

「……ひどい」

「後ろ暗いことの吐き溜まりだな」

 卑屈に揶揄して。

 タガネは魔剣を手に、周囲を見回す。

 あの老人の姿が見えない。

「いない、ね」

「クレスの情報だと、いつもここにいると」

 後ろで砂を踏みしめる音。

 タガネは身を翻し、魔剣を振り下ろす。

 後ろへと転ずる視界。

 その隅で銀の光がひらめく。

 それが魔剣と交わり、足元に鮮紅(せんこう)が散った。

 タガネとリフの間を風が抜ける。

「ぐぉぉおあああ!?」

「不意討ちが(うま)いな……爺さん」

「え、なに、え!?」

 ひとり当惑するリフ。

 何事か理解できず、後ろと前を交互に見る。

 タガネが剣をふるった先では、足元に人の手が落ちていた。短剣をにぎり締めたままの形で固まっている。

 そして。

 魔獣を背にして、老人が立っていた。

 手首から先を失った腕から血がしたたる。

 タガネは前に向き直って。

「ずいぶん悪どい商売してんな」

「これは戦略的生産だ」

「……反吐が出るな」

 タガネは嫌悪の眼差しを注ぐ。

 女性の価値を一切排して道具と見ている。

 老人の言い回しは、人を使い捨てて当然という人間の性根がのぞく悪質なものだった。

 タガネは嘆息して。

「話があって来た」

「ぐっ………!」

「簡単な取引だよ」

 ふたたび魔剣をリフに向ける。

 老人の顔が固まった。

「やっぱり、そうか」

「やめろ!」

「生産した鬼仔で、唯一の女性の個体(リフ)

「………くそ」

「おまえさんらには重要だよな」

 タガネが獰猛な笑顔を作る。

 シュバルツからの情報から得た考察だった。

 民家はどれも鬼仔の物だが、人の生活を基準とした家屋の中は、どれも女性的な要素が欠如している。納戸にあった道具から衣服までが男性物ばかりだった。

 一方で。

 これはタガネも言われて気付いたが。

 リフは少女だった。

 狩人として暮らし、かつ男性しかいない集落という風土が、しぜんと彼女自身の振る舞いを男性の傾向に似させてしまっている。

 だから。

 シュバルツから言われるまで、誰もそれを察せなかった。

 むろん。

 この認識に本人は業腹だった。

 鬼仔の生産に心血を注ぐ老人。

 多くの研究や試行錯誤を繰り返してきただろう。

 その中で、唯一の女性個体のリフは貴重な試験例だ。

 手放せない理由が十分ある。

「この魔獣から産まれた唯一の女の鬼仔」

「……何が望みだ?」

 タガネは笑みを深める。

 ここは重要な国家機密、中でもリフの存在は貴重な価値を有する。それを掌握(しょうあく)したいま、僅かながらタガネは国に交渉する力を手に入れたも等しい。

「安心しなよ」

 魔剣を鞘に戻し。

 リスの頭の上に手を乗せる。

「何も国を敵に回すつもりはないし、他言しない」

「……」

「ただ身の安全が保証されるだけで良い」

「それで?」

 焦れったいのか。

 老人は先を促して目的を問う。

「俺たちがこの国を出るまで、リフは人質として連行する」

「なに……!?」

「国境を越えれば解放するさ」

「手は出すな、と」

「国には黙っといてやるさ」

 タガネは唇の前に指を立てる。

 苦々しく歯噛みする老人。

 これは、国家機密の漏洩という大罪に咎められることを防ぐ代わりに、タガネたちの存在を看過するという保身に訴えた脅迫だった。

 否定すればリフを失い。

 そして、自身の首も刎ねられるだけ。

 老人は顔に渋面を作って。

 ふとタガネの姿を見て、ほのかに目を見開いた。

「銀の髪に、先刻の剣の鋭さ……まさか剣鬼か」

「この国でも知られてたのか」

「貴様の名は何処でも知られとる」

 忌々しげに老人は吐き捨てて。

「名はタガネ、だったか?」

「ああ」

「……東方の出身」

「血縁者がそうだな」

「……東方出身で、銀髪となると……」

「何の話だ」

 何かを思索する老人。

 タガネは猜疑心に魔剣の柄を握る。

日輪ノ国(にちりんのくに)の切咲家だな」

「は?」

「その血縁者の名前は?」

「教える義理はない」

 タガネは鋭く彼を睨めつけた。

 落ちた手を蹴り飛ばして、その足元に転がす。

「取引の話だ」

「………」

「受けるか、それとも?」

「………承知した」

 老人が悔しげにうつむきながら返答する。

 それを受けて。

 タガネはほっと息をついた。

「その言葉、忘れんなよ」

 リフの手を引きながら出口へ向かう。

 ここで魔獣を殺し、作戦を破綻させても。

 国を敵に回して全員が破滅するだけ。

 空間の中にいる女性たちを救うには、自分たちはまだ力不足である。

 洞穴を出る道の途中で。

 タガネは足を止めて振り返った。

「……すまんな」

「タガネ……?」

「何でもない」

 二人はそのまま出口へ向かう。

 その後も鬼仔の襲撃は無かった。






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