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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その九
1102/1102

小話「才華に遭う」③

お久しぶりですね。



 突如来訪した旧縁の子孫に、少なからず剣爵の館は大慌てとなった。

 まず、三代目剣爵当主ヒオリが状況確認を行うと、レギュームと浮遊島――剣爵領地の入り口を繋ぐ門の入り口から、要所要所に配置した筈の警邏が見事に倒されていた。

 彼らはただの騎士ではなく、世に名高い剣爵近衛団。

 精強な戦い手の集まりで、団長を務める者は世界屈指の実力者であり、それに準ずる者が多い。

 にも拘わらず、そんな者が軒並み転がされた。

 しかも、犯人は剣聖が後見人をしていた有名な騎士の血縁ヒューグサス。

「反省しろ」

「近衛団、あんま強くないね」

「憚らんな、その口は」

「でも爺の剣、凄かったな」

「話聞け」

 当の本人に反省の色はない。

 短槍も取り上げられ、呑気に縄で縛られたまま人懐こい笑みを浮かべるばかり。

 正面に仁王立ちして凄んでみたタガネだが、手応えの無さに頭を掻く。

 しかも、幼い少女をきつく(いまし)める行為への罪悪感も無くはないが、それ以上に不思議と無邪気な笑顔と楽しそうな声色に肩の力が抜けてしまう。これが演技だというのなら舌を巻く他ない。

 やや薄紫がかった神秘的な白髪、青と赤という左右で異なる輝きを宿した双眸と、襲撃時に見せた獰猛さがまるで失せたその顔は整った作りであり、高貴な血の者と勘違いしそうになる麗しさである。

 まあ、高貴な血……ではあった、昔。

 それを知っていたタガネは、少女から感じる面影が祖母よりは曾祖母――まだ記憶に鮮やかなヒューグサスの令嬢を想起させた事に複雑な感情を催す。

「ん、何?」

「まさか、曾孫の代まで思い悩まされるとはな」

「どしたのさ。元気無いよ」

「おまえさんの所為でな」

 タガネは一つ深い溜息をこぼす。

「さて、おまえさんの処遇についてだが」

「爺の弟子だよね!」

「じじ……生意気さは祖父譲りか、ったく。――おまえさんは、しばらく俺のいる別邸の方で過ごしてもらう」

「別邸ぃ?」

 来訪者ジブリール・ヒューグサス。

 近衛団への狼藉、剣聖への攻撃。

 どれを取っても看過し難いが、被害に遭った団員がそも子供のやった事、幼い使い手ながら見事でまた手合わせしたい等と特に咎める気配もなかった。

 無論、いきなり襲って来たとはいえタガネとしても我が子同然のアマルレアから任せたという旨の手紙をつい先刻読んだばかりなので、出会い頭の槍や一連の事を水に流した。

 その結果。

「一応、監視付きの客人」

「弟子じゃないのッ!?」

「そこまで面倒見ろなんて、おまえさんの祖母さんの手紙にも無かったんでな」

「ぶー。じゃあ、個人的なお願い!」

「却下」

 タガネは固い意志を持って拒否した。

 よくよく己の半生を思い返すと、剣聖となって日輪ノ国の一件も片付けた後の自分は、大体相手に絆されて必要以上に厄介事を背負い込んでしまっている癖がある。

 今回もアマルレアの意を汲んで、このまま気を許すと新たな弟子として取ってしまう危険性は大いに想像できた。

 自分は一線を退いて久しい隠居爺である。

 気紛れに近衛団に稽古も付ける事はあるが、それも軽い運動程度だ。

 弟子を取るほど力を入れる時代はとうに過ぎた。

 何より。

「教える事はない」

「え」

「実力は十分。まだ磨ける余地はあるが、おまえさんは祖母さんと同じで俺よりマリア……いや、もういないんだったな」

「爺さん?」

「……何でもない」

 タガネは話を切った。

 ついでに、胸中に湧きかけた感情も。

「しばらくは大人しくしてろ」

「…………」

「じゃ、そういう事でよろしくな――ジブリール」

「絶対、弟子にしてもらうからな――爺!」

「タガネだ阿呆」

 不敵な笑みで見上げてくる生意気な少女ジブリールに、タガネはこれからの心労を想像して頭を抱えたくなった。


 そして、始まってみればその通りだった。


 剣爵の別邸。

 その裏庭は、近衛団の訓練所が近いのもあり、彼らの雄々しい気合の声と剣戟の音を遠くに聞きながら、誰も来ず剣聖の昼寝によく使う静かな空間となっている。

 そう、普段ならば。

「ふッ!」

「…………」

 ジブリールが低い位置から短槍で突き上げる。

 タガネは冷静に剣で攻撃を弾いた。

 巧みに繰り出される短槍の連撃は、しかし全てが紙一重で流される状況が長く続き、段々とジブリールの顔が曇っていく。

 ここまで攻撃を凌がれた経験が無いと語る表情。

「ここだ!」

「甘い」

 ジブリールが再び鋭く短槍で突く。

 タガネは剣で穂先を横へと逸らし、柄から離した片手で短槍の柄を掴むや一気に自分の後ろへと強く引く。

 腕力では明らかにタガネに分がある。

 ジブリールは呆気なく槍ごと引き寄せられた事で体勢を前のめりに崩し、そこへとタガネは一歩踏み込んでその腹へと蹴りを叩き込もうとした。

 しかし、その足を咄嗟に止める。

 蹴りを入れようとした箇所に、ジブリールが隠すように片手で構えた短剣の先端が待ち構えていたからだ。

「甘いのはそっちだ!」

「――とでも思ったか」

「ぐべぇ!?」

 中途で止めた足を、上へと振り上げる。

 顎を捉える一撃にジブリールの口から潰れた蛙のような声が漏れた。

 そのまま後ろへと大の字に崩れ落ちて、動かなくなる。

「ぐ、ぐぅ……」

「ったく、懲りねえな」

 タガネは溜息をつきつつ、これ以上ジブリールが動かないよう無防備な腹部の上にゆっくり腰を下ろした。

 ぐえ、とまた同じ鳴き声。

「いい加減にせんと、槍を取り上げるぞ」

「ふふ。昔から盗みには自信があるんだよ」

「……勘弁してくれな」

 これで何度目か。

 ジブリールが屋敷に来て七日は経った。

 その間にも奇襲――タガネに稽古を乞うが無碍にされたので強引に剣を抜かせるため――は続き、数にしてもう五十に及んでいる勢いだ。

 もう客人としての扱いも改めて叩き出すべきかも考慮したが、これだけ熱を入れて迫る少女が次にどんな強硬策に出るか想像も付かないので甘んじて受け入れている。

「何でそこまで拘る?」

「伝説になりたいんだ」

「は?」

「伝説! 特に剣聖みたいな」

 輝く羨望の眼差しに対し、タガネは煩わしそうに手を振る。

「目指すなら祖母さんみたいなのになれ」

「駄目だよ!」

「…………?」

 思いの外、強い拒絶の反応にタガネは眉を顰めた。

 身近に『灯の騎士』と吟遊詩人すら英雄として話の種にし、市井でも好む者の多い存在がいたのだから、そちらに憧れる事が当然だとタガネには思えてならない。

「何でそこまで」

「……祖母ちゃん、もう歳だから。祖母ちゃんが好きな英雄みたいになれば、喜んでくれるじゃん……だから、早く強くなりたい!」

「……アマルレアのやつ、あまり長くないのか?」

「……もう、あんまり稽古してくれなくなった。あたしが強くなったからとかじゃなくて、多分もう体が……だと思う」

「……」

「だから、祖母ちゃんが自分がいなくても安心できるようにするんだ」

「……あいつも、いなくなるのか」

 タガネはその返答に空を見上げる。

 妻も、かつての仲間も先に逝った。

 アマルレアもきっと、タガネより早いのかもしれない。

 妻がいなくなってから、何も力が入らなくなって曾孫の相手や娘と孫をからかうばかりの日常。不満は無いが、大きな何かが欠けた感覚がある。

 だが、そんな自分に比べて。

「……同じ置いてかれる側でこんなに違うか」

「ん?」

 ジブリールは、愛する祖母に置き去りにされる。

 だが、悲しさを飲み込んで送り出そうとしている。

 少女のその健気な姿勢を見るからこそ、自身が如何に情けないかと思い知らされる。

「はー。これが老いなのかね」

「もう。さっきから何」

「ジブリール」

「ん」

「弟子にはせんが、幾つか約束が守れるなら稽古つけてやる」

 ジブリールの目が輝く。

 やはり、こうやって絆されるのだろう。

 タガネは危惧した通りの展開に、呆れ笑いをこぼした。










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