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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
六話「錆びた角」上門
110/1102

10



 言葉を失っているタガネに対し。

「この変態趣味め」

 痛烈(つうれつ)な批判を浴びせる口。

 クレスは可笑しそうにしている。

 剣姫の随身という(ほま)れ高い役目を背負っていた少年は、以前と変わらない黒装束のまま雪に腰を下ろしていた。

 王国で療養していたと聞いている。

 魔獣に襲われ、消息を絶つ直前までは。

 生存が絶望的に思われた状況で、ミストの安否が確認できたので、他の面々も生きているのだろうと(ぼう)と考えていた。

 ただ。

 よもや王国から遠く離れた国で出会すとは予想だにせず、驚愕からいまだ立ち直れない。

 取り繕うようにタガネは咳払いをする。

 天幕を抜け出して。

 その隣に立って彼を見下ろした。

「生きてたのか」

「かなり危うかったが」

 タガネは襟から服の中をのぞく。

 傷を受けた箇所に包帯がされ、止血の処置が済まされていた。それも丁寧に巻いてある。

 なお、傷口の疼痛(とうつう)

 これは薬が効いているときの反応だ。

 止血のみならず、まるで救護院(きゅうごいん)のような治療まで。

 タガネは訝って目を眇める。

「これ、おまえさんが?」

「いいや」

「まあ、だろうな」

 二人は苦笑した。

 本来なら、一言二言も会話が続く仲ではない。

 出会い頭に刃物を突きつけ合うほど険悪にすぎる関係だが、奇妙にも二人には普段ほどの気力は無かった。

 タガネも熾火に当たる。

 体が暖まる心地良さと同時に、不用心だと思ってクレスを睨んだ。

「敵に位置を気取られるぞ」

「敢えてそうしている」

「なに?」

 煙で位置が特定される。

 それは追われる身が火を(いと)う理由であり、現状のタガネはそれに近い。

 追撃の手は止んでも、無警戒である。

 まだ半日分の徒歩ほど距離を開けてからでないと、相手がまだ追撃の用意があるなら自身の首を絞めることになるのだ。

 もっとも。

 クレスが身を案じてくれるとは思っていない。

 タガネは寒さに首をすくめて。

 火のそばに屈み込む。

「マリアは西方島嶼連合国にいる」

「なに!?」

「ミストと一緒だ」

 クレスが安堵で顔をほころばせる。

 マリアの身になると気迫が違う。

 性根から剣姫を崇拝する彼の態度には、タガネも舌を巻くほどだった。同時に、それに起因する剣鬼(じぶん)への敵意には辟易するが。

 タガネはほう、とため息をする。

 曇天(どんてん)を見上げて。

「おまえさんは、ここで何を?」

「旅の途中だ」

「旅……?」

「目的も無い、な」

 タガネは不審に思ってにらむ。

 剣姫について常に無我夢中の男である。

 救出のために王国北西部の山岳地帯で捜索していた件も聞き及んでいるはずだった。クレスならば、その点に抜かりない。

 国外にまで独自の情報網と伝手を有し、万事に全力をもって対処する。

 すべてはマリアのために。

 そんな人間が。

 剣姫も捜さずに流浪(るろう)の旅。

 いったい、どんな酔狂なのか。

「なに企んでる」

「何も私は企図(きと)していない」

「ほー」

 そうして。

 ふと、タガネは自身の体を見て。

「この処置をしたのは誰だ?」

「…………」

「こんな丁寧なの、おまえさんのじゃないだろ」

「当たり前だ、貴様なぞ死んでしまえ」

「おい……」

 清々しいほど躊躇いのない一言。

 タガネは顔を引き攣らせる。

「誰なんだ?」

「それは――」

「タガネ、起きたんだね」

 二人の後ろから。

 枯れ枝を脇に抱えた少女が現れた。

 またも面識のある人物に驚く他ない。

 タガネは辛うじて、手を挙げるだけで応えた。

「久しぶり」

 空気が華やぐような笑み。

 元宮廷調剤師――薬師の娘が軽く手を振った。

「おまえさんも一緒か」

「そんな感じ」

「へー」

 タガネは感嘆しながら。

 隣のクレスをそっと盗み見る。

 黒装束の襟に顔半分をうずめているが、赤くなった耳と鼻っ面が隠せておらず、その感情がありありと窺えた。

 鋭くそれを察知し。

 タガネは野卑な笑みを浮かべる。

「まさか、クレス」

「うるさい」

「知らん間にそんなことが……」

「黙れと言ってるだろう!」

 タガネは意外なことに感慨を抱いて。

 クレスの肩を軽く叩いた。

「はは、愉快ゆかい」

「貴様……!」

「どうしたの、タガネ」

 タガネの意趣返しだった。

 変態趣味という辛辣な批評に、一矢報(いっしむく)いる材料ができて暗い愉悦に浸る。

 案の定。

 クレスは顔を真っ赤にして静かに憤る。

 薬師の娘は小首を傾げた。

「それで、娘と旅行中か」

「いや、まあ、そう、だな」

 歯切れの悪い反応に。

 ますますタガネの中で確信が深まる。

 その後もクレスを一頻りからかい、しばしば激しい罵声を飛ばすその憤懣に対応して楽しんだ。

 それから少し時間が経ち。

 タガネはまだ腹の底にわく可笑しみを堪えながらクレスを見た。

「それで、おまえさんら」

「何だ?」

「あの集落について、何か知ってるか?」

 そのとき。

 薬師の娘の顔が強張った。

「やっぱり、あの集落に?」

「一晩だけ軒を借りた」

「図太いやつだな」

「知らなかったんだよ」

 薬師の娘が隣に座った。

「あそこは危険だよ」

「何で」

「あそこはね」

 誰に聞かれるわけでもないのに。

 薬師の娘は声を潜めて。

「鬼仔の養育場なの」

 剣呑な事実を暴露した。




ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。

次回から下門です。


あの二人も活躍します。

『薬師の娘』の名前を明かすのを忘れるのは何度目だろう……。

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