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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
昔話『祖なるもの』一幕
1092/1102

10.5



 玄関先に剣を構えて立ち塞がる妻。

 これが悪夢でも、まだ生易しく感じる。

 夢の範疇ならば、現実ではないのだという事実を救済として胸を撫で下ろせた。滲んだ冷や汗も、緊張感に早鐘を打つ心臓もすぐになかった事に出来る。

 だが、もし現実だったなら。

 それは最早、ただの災害である。

「出発だけで死にかけるとは」

 タガネは重い足取りで街道を歩く。

 旅の道具も、佩剣も関係ない。

 人生の殆どが羇旅の最中にあったタガネからすれば、舗装された道に苦など覚えない。険路や悪路にも堪える健脚の持ち主だ。

 ならば、踏み出す足に乗るのは何か。

 単なる精神的な疲労である。

「帰っても死ぬかもな」

 その精神は三大魔獣や魔神教団、古代の遺物との死闘を演じ、耐久した定評ある強度を誇った。

 並大抵のことで摩耗するはずのない強靭さが宿っている。

 強者に恥じない物に違いない。

 それを損なわせた物が大問題だった。

 原因は隣の――。

「ふふふ」

「…………」

「何よ、辛気臭い顔して。旅行なのよ?」

「いや、仕事だろうが」

 幸せの悦に満ちる妻がいる。

 普段ならば微笑んで、その幸福を隣で分かち合っただろう。

 だが、今のタガネには傍迷惑だった。



 発端となる事件は二月前。

 終了予定の目処が無く、いつ帰還できるか不明な調査依頼を受理した事を愛妻に伝えた晩に事は起きた。

 踏み込もうと領地を発つ。

 その時、屋敷の扉を開いた先で。

『行かせると思った?』

 タガネは淀んだ碧眼に射竦められた。

 す、と喉元に掲げられる銀剣の先端に迷いは無い。

 動けば殺すのも辞さない。

 そんな気迫が剣尖を鋭く見せる。

 幾つも修羅場を潜り抜けたタガネですら狼狽えさせる独特の迫力が宿っていた。

『な、何事』

『言ったわよね、アンタ』

『え?』

『私も当主の座を降りて、ふたりでようやく穏やかな隠居生活を始めるんだって』

『あ、ああ』

『それなのに、直ぐに仕事?』

『いや、これは仕方な――』

 宥めようとした言葉を頬の横を過ぎた剣先の風切り音が遮る。

 ここで漸く、事態の深刻さを真に理解した。

 ただの演技や酔狂ではない。

 紛れもない、久方振りに見る本気だ。

『落ち着け』

『ずっと、ずぅっと、何年も何年もこの重責に堪えて……やっとアンタに全部費やせると思った矢先に』

『ああ、俺も心苦しいと思って――』

『本当に?』

『本当だとも』

『ねえ、依頼は私も付いて行っていい?』

『それは無理だ』

 良からぬ事を口走り始める妻に、タガネは間髪入れずに拒否した。

『おまえさんの顔は世間に知れてる』

『…………』

『俺は誤魔化しようがあるが、おまえさんじゃ言い訳が使えないだろう?』

『……………ぅ』

『あ?』

『ぅぅ〜…………!』

 妻の顔が情けなく歪む。

 ぎょっとしてタガネは数歩分その場から飛び退いた。

 思い返せば、大変失礼な反応である。

 そのまま涙声で唸る妻が胸の中に飛び込み、何度も心臓の位置を剣柄で叩くのに耐えた。

『大切にされてない、私』

『重い』

『仕事と私、どっちが大切なのよぉ』

『重い』

『大切じゃないのね』

『…………』

『倦怠期ってやつなのね。私、アンタ以外に余所見した事なんて一度も無いのに……理不尽よ』

『…………………』

 玄関先で泣き始める妻。

 いい年が大人がとか、仕事だからとか、そんなありきたりだが言うべき言葉が全く出なかった。

 その結果、わざわざ出発日を延長してまで認識阻害の魔法を編み込んだローブを知人から買い、それを妻に装備させて二人で出発したのだった。



 経緯を思い返してもため息しか出ない。

 妻の機嫌は目に見えて良い。

 その分、タガネの疲労は増していた。

「遊びじゃないんだぞ」

「分かってるわよ」

「……これから一応、リッセイウムに向かう。墓参りやらした後、聞き込みなんかを行ってそこから以降の方針を固めるぞ」

「ほら、手繋ぐわよ」

「手が塞がるのは厄介だろ」

「大丈夫よ。アンタと私の連携なら襲撃にも直ぐ反応できるわ」

「…………」

 否定できない。

 可能だからこそ質が悪い。

 仕事中なのだから気を引き締めて、如何なる事態でも対応の能う姿勢を作りたいのだが、同伴者である妻がそれを阻害していた。

 ただでさえ色々と不安な任務。

 帰れるのはいつになるだろうか。

「もう、どうにでもなれ」

 タガネはもう、考えるのをやめた。







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