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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
1063/1102

小話「極める者」⑵



 生徒数はおよそ百四十余名。

 座学や実験に用いる実験棟と、攻撃を目的とした戦略魔法の行使が許可された実演場と呼ばれる空間、その二つに敷地は分けられる。

 細分化すれば用途ごとに部屋も位置も異なった。

 タガネの所感としては。

 概ねレギュームの魔法学園と似ている。

 だが、研究者の養成所を兼ねてはいるが、実際に魔法研究者となるのは国の機関が設けている研究所が別にあり、個人的な研究はそこでしか容認されていない。

 それを承知の上。

 魔法の行使が可能か否かを見る試験の下で平民も貴族も入学できる。

「何かご質問は?」

「いや、充分だ」

「他に何か気になることはありますか?」

「まあ、生徒の声が聞きたいね」

「生徒の?」

「運営側の理念やら状況はともかく、通ってる連中の意見ってのは大きい。むしろ、そこと相違があっちゃ後顧の憂いになる」

「…………」

「して、生徒を代表できるヤツなんかはいるかい」

「生徒会長なら」

「ああ、それ」

 タガネは思わず苦笑する。

 その様子に女性は怪訝な顔をした。

 学舎はまだこの時代では貴族階級にのみ門を開く場所が殆どである。平民以下の階級が知識を養うのなら、貴族が捨てた教材が市井に紛れて偶然にも手に渡った場合、または稀に平民を受け容れる小さな学舎が開かれたときのみだ。

 無論、タガネにも通学経験は無い。

 マリアが校長をしている騎士学校にも足を運んでいないので、学園そのものが所見ですらあった。

 そのため。

 生徒会長なる役職の単語が脳内から引き出せなかったのも、それが理由である。

「いま生徒会長とやらは?」

「受講中ですね」

「いつ話せる?」

「放課後、今日の課程が修了する夕刻なら」

「そうかい」

 タガネは窓外の空を見遣る。

 まだ日は高く、昼を過ぎたばかりだ。

 生徒会長が応対可能な夕刻ともなれば、長い空白が開くことになる。

 途端に暇になって。

 タガネはしばらく考えた。

「なら、一人で敷地を巡るかね」

「は、はあ」

「場所は何処か訊いても?」

「先ほど紹介した対談室に用意します」

「了解した」

 タガネは軽く一礼してその場を後にする。

 視察自体は恙無く進んでいた。

 これで生徒会長及び一般生徒の声を聞いて校風を調査し、業態についての情報となる運営記録の写しさえ取れれば仕事は終わる。

 見積もって、およそ三日。

 他の任務が入らなければ、家で四歳になる我が子の面倒を見ることができる。

 この時期の子供の成長を見逃すべからず。

 マリアや多くの身近な女性にはそう説かれた。

 早期決着の予感にタガネは拳を握りしめる。

 早くアヤメに会える。

 いや。

 ――これでマリアの拳骨は回避だ!

 親心よりも。

 自らの安全に頭が回った。

 タガネは普段からアヤメの育児はしている。

 だが、任務で長期間を空ける上に帰ればアヤメに時間を割くせいで、著しくマリアの相手を疎かにしていた。

 その腹癒せに。

 今回の出張前に腰を蹴られている。

 それが存外体に響いていた。

 旅の最初は痛みが引かず、七日でようやく回復したのだ。

 二度とあんな目には遭いたくない。

「うん?」

 タガネは窓の外にふと視線を留めた。

 実演場の隅で四人が立っている。

 遠くからで会話は聞き取れないが、語調は荒く不穏であることは察せられた。様相は三対一であり、多勢の方がひたすら声を発しているが、一人はその勢いに臆して口を噤んでいる。

 依然として内容は不明だ。

 だが、三人の顔は声に反して意地の悪い笑顔だった。

 身形も整っており、清潔感がある。

 対して、孤立した一人はローブが泥まみれだった。

 外見からは理不尽さしか窺えない。

 大きな声と、人目につく位置ではあるのに制止する教員や生徒の姿は無い。――あるいは、看過されているのか。

「何処の世界にもいるもんだな」

 外見から察せることは多い。

 おそらく、三人の貴族と力のない者。

 要因はともあれ、その立場自体は言わずとも分かった。普段からの人間関係における軋轢から生じた諍いではない。

 弱者を虐げる嗜虐心を満たす三つの相。

 タガネには見飽きたものだった。

「ふぅ――」

 嘆息して長剣を引き抜く。

「やれ、いい気分じゃないね」

 剣全体を銀の魔力が包む。

 タガネは狙いを定め、開け放った窓へと一閃した。

 銀色の三日月が実演場を馳せ、隅で騒いでいた三人と一人の間を駆け抜けた。地面に深く抉る傷跡を残して消失する。

 呆気にとられて三人が静かになった。

 タガネはさっ、と物陰に姿を隠す。

 正確な斬撃による被害は地面のみで、学生には傷をつけていない。後は顔さえ見られていなければ、後で三人に詰問されても素知らぬ振りで通る。

 ほくそ笑むタガネの耳に。

 悲鳴を上げて逃げていく三人の声が届いた。

「ざまぁない」

 それが遠くなってから、タガネは実演場まで駆けていく。

 隅まで一直線に向かい、未だ棒立ちになっている泥だらけのローブへと近付いた。

 前髪で目元まで隠れた少年の顔がタガネへと振り返る。

「ここで何かあったのかい?」

「え、あ…………はい」

「ふうん」

 タガネは少年の顔を覗き込んだ。

「俺はレギュームの遣いなんだが」

「レギューム、のですか?」

「この学院の視察に来てるんだが、ちと生徒の声も聞きたくてね」

「は、はあ」

 まだ現実を飲み込めない様子の少年の肩に腕を回し、にやにやと笑う。

 その顔は先刻の三人よりも悪人面である自覚はタガネに無い。

「ちと、何処かで話そうか」






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