5
リフの家で夜を明かした。
タガネは雪の囲いを超えて。
ふたたび集落を横断する表通りへと出た。
ふたたび温泉郷を目指して。
コートの襟に顎をうずめながら東へ向けて足を運ぶ。
雪中行軍の心得があるとはいえ。
いちいち沈む爪先を持ち上げるのは苦心する。
集落もそうだった。
合掌造の屋根が半ばしか見えず、自らの重さで沈んでいるようである。
その所為か、異様に静かだった。
「人の気配が絶えてるな」
ほとんど見えない家屋。
人の有無を判別する徴憑が無い。
一軒ずつ訪ねて周るしか無いかもしれない。
リフに聞いたが、住人は病といってリフを遠ざける節はあるが、積極的に忌避する態勢では無いらしい。
近所の家から人が退去するなど。
露骨な行動には出ていない。
「しかし、鬼仔ね……」
鬼仔。
本来なら人を捕食するのが魔獣である。
それが他人に遺伝子を残すのは、魔獣の異常行動でも最も稀有とされる。なお、それが更に無事に生まれるのもまた極小の可能性なのだ。
タガネも目にしたのは初めて。
人ならざる形質を有するので、まず相違ない。
ただ。
鬼仔は奴隷市場では高く取り引きされるので、滅多に人里で生活している例はあまり聞かない。
それが、タガネの疑念を呼ぶ。
「恐れながら匿っている?」
矛盾している。
しかし自分には関係ない。
ただ温泉郷への道の途上に寄っただけ。
それに、昨日かんじた悪寒が深入りするなと警告している。経験則から、従うが吉と判断した。
さっそうと。
表通りを辿って東に急ぐ。
その途中。
道端に雪をかく毛皮服の老人をみつけた。
「精が出ますな」
「ん、あんた何者だ」
「旅の者です。この先の温泉郷へ向かう由、一宿一飯の世話になりました」
一宿一飯。
その言葉に、老人が一瞬だけ瞠目する。
だが、すぐに平静を取り繕って。
「ほう、どこで」
「あちらの方で」
タガネは顎で後ろを示す。
西側はいくつも家が建っている。
曖昧な示し方に老人が片眉をつり上げた。
どこの世話になったか。
リフだと明言すれば、余計な厄介をこうむる。それは自明の理だった。
老人が手を止める。
「あんた、昨晩は何食った?」
「うん……山菜の煮込みを」
老人の問に。
ふたたび虚偽で返す。
これもまた、リフを探るものだった。
狩人の家に泊まれば、肉を振る舞われやすい、なにせ蓄えが多いのだ。
その実、昨晩は豪勢な熊鍋をご相伴にあずかった。大変な美味に、レインも顔をほころばせたほどである。
ここでうっかり。
獣肉の馳走と応えたなら、たちまちリフだと露見する。
タガネは努めて笑顔で応対した。
「ここは雪深いですね」
「ああ」
「住人の皆さんも、家に?」
「動けんのだ」
「動けない……流行り病、ですか?」
老人が首を横に振る。
そうして、ちらと西側を一瞥した。
「アイツの出す肉を食うな」
「は?」
「いずれ四肢が動かんくなるぞい」
そう言って作業を再開する。
そのとき。
風に吹かれて揺れた老人の襟元からのぞく首筋に茶色の痣が見受けられた。
痣というより。
「……錆?」
一瞬だけ見えたそれに。
タガネは眉をひそめながら歩を進めた。