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鬼仔――その単語に。
「何ですか、それは」
きょとん、とリフは小首を傾げた。
聞いた覚えもない様子である。
タガネは剣などの武装を解いて、荷物を整理していく。その間、レインは脱ぎ捨てられた黒いコートに包まる、寒さには弱かった。
リフは途方に暮れて。
額の辺りに立つ角を手でさする。
「これ、病気じゃないの?」
「なに?」
「えっ、だから、これは病気かと……」
今度はタガネが首をひねる。
リフの額にあらわれた物。
それは紛れもなく、鬼仔と呼ばれる個体の指標(指標)である。病ではなく生態、いわば種として遺伝する形質なのだ。
血に起因し、由来する。
血統の問題。
なので決して。
唐突に、発症する病などではない。
「いや、病じゃないな」
「でも、みなは病だって」
「そりゃ風評だな」
タガネは肩をすくめて笑う。
リフは当惑しつつ。
空気を温めるべく、囲炉裏に火を焚いた。薪の中に宿った熱が薄暗い屋内を柔らかく照らす。
レインが小さな手を向けて。
その人形めいて動かない口元を緩めた。
厳寒の冬に堪えた小さな体が癒える。
実は、集落に着く直前までは歩いていたものの、寒さに堪えられず魔剣の形状にもどって、タガネに運んでもらっていた。
雪深い土地に踏み込むと、レインは膝まで埋まるときがある。
それになおさら嫌気がする。
火の熱に身を乗り出して温まる。
タガネも囲炉裏へといざって。
「ふう、こりゃ助かる」
「寒いの嫌い」
「あと少し歩いたら温泉だ」
「おん、せん?」
「あー、っと……ぽかぽかする水だ」
「ぽかぽか?」
言葉に窮して。
戸惑いながらタガネが火を指差す。
「あれみたいなのだ」
「……温泉すき」
「まだ入ってねぇだろ」
タガネがため息して呆れる。
その正面に腰を下ろし、疑問を抱えた不平顔のリフが、そわそわと質問の機会を待っていた。
落ち着きの無い様子に。
ようやくタガネは気づいた。
「おう、悪い」
「ううん。……それで、病気じゃないって?」
「ああ」
タガネは胡座の上に頬杖を突く。
灰色の瞳は床を見つめる。
「魔獣と人、その両性を有したのが鬼仔」
「両性」
「多い例は小鬼。女子供を攫って陵辱するんだが、大抵が人になれず出来損ないの小鬼になり、出産直後に絶命する」
「うぇ……」
「ただ稀に、二つの血の均衡をとって生まれる。……それが鬼仔だ」
リフは生々しい話に。
顔色を悪くして口端が引きつっている。
「人と魔獣の中間とあって畏怖や侮蔑を抱かれやすい」
「そっか……」
「亜人種よりも差別の対象になりやすい」
「じゃあ、ボクって」
「おまえさんの周囲が、病だと嘯いて遠ざける方便にしてるだけだな」
「…………」
「よくある話だ」
タガネは事もなげに言い捨てた。
鬼仔は忌み嫌われる。
たいがいが体のいい欲望の捌け口に使われる。まともな末路を辿っだ鬼仔の話は前代未聞であった。
それは世の摂理であり。
逃れられない柵だ。
「たしかに角は生まれたときからだけど」
「……どうした?」
それでも。
リフは釈然としない面持ちだった。
「でも、病なんだよ」
「なぜ」
「だって」
リフが躊躇いがちに口を動かす。
「みんなも、角が生えたんだ」
「………は?」
そのとき。
タガネは背筋を駆け上がる悪寒を感じた。
嫌な予感がする。
経験から来るのか、本能からの発信か。
それは定かではない。
どちらにせよ、碌なことではないのだと直感で察した。