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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
1030/1102

小話「瞑り風」──IF



 それは十六歳の春。

 タガネはある森の洋館で掃除していた。

 外壁を磨き、窓を一つずつ丁寧に拭く。凍てつく寒気の中で、背に浴びる陽の光で暖を取りながら作業を続ける。

 悴む手に白い息をかけた。

 強張った関節が一時だけ弛緩する。

 朝から使用人さながらに家事に従事する己の勤勉さに感服しつつ、本来ならタガネが来るまで手をつけなかった外壁の清掃を注文した雇い主への恨み言を心の中で吐き連ねた。

 それを咎めるように。

 否、間違いなく咎めに一つの窓が開く。

『朝から騒がしいのね』

「何も言ってねえだろ」

『嫌でも心の内が読めてしまうの』

「嘘つけ、魔法を使っただろうが」

『朝食をお願い』

「…………了解」

 横暴な注文に、タガネは渋々と頷く。

 窓が閉じられて深い溜め息を吐いた。

 脚立から下りると庭園を半周して正面玄関から館内へと戻り、颯爽と東棟のニ階まで駆ける。長らく使われていなかった客室の一つの前で止まり、扉を叩いた。

「起きてるか?」

「うん」

「飯を作るが、食えるかい?」

「ありがとう、大丈夫だよ」

 扉を開けて。

 室内から目隠しをした顔が現れる。

 タガネは相手の外観より体調が安定していることを確認して、ようやく少女の回答に納得した。

 それを察して彼女も苦笑する。

 つくづく少女を信用していない。

「昨日仕留めた猪肉なんだが」

「食べられるよ」

「無理なときは、必ず申告しろ」

「わかってる」

「なら半時でも後に居間へ来てくれな」

「わたしも手伝うよ」

「台所には絶対に近づくな」

 少女の健気な善意を、タガネは冷たい声で切り捨てる。

 そのまま踵を返して、朝食の準備に向かった。

 やや厳しく当たり過ぎたかと後ろ髪を引かれる思いになりながらも、これが必要な対応であるということを過去の体験から痛感している。

 この森へ来て一年。

 少女を連れ添って四年が経過した。

 放浪の旅の苦労は、一人でも厳しい物がある。

 ただ、隣人の体質を鑑みれば各地を巡る行為自体が自殺行為になりかねなかった。

 荒事も多い傭兵稼業。

 ときに人を傷つけることも求められる。

 少女の『身代り(体質)』には弊害しかなかった。

 幸いにも魔獣などの負傷まで代わることは無かったものの、定住地を探す旅で殺人を是とする因習のある地域などがあり、少女自体の命が危険に晒されたことが幾度もあった。

 他にも国の策謀に巻き込まれた経験もした。

 これからもそんな艱難辛苦を二人で分かち合う旅は、許容できないほどに難しくなっていく一方である。

 この森に足を運んだ際にも死に目に遭った。

 だが、人里離れたこの地では少女の体質には無害である。

 森と館の主から勧誘を受けたとき、これも契機なのだと己を納得させた。

 今まで過ごした中で。

 この場所ほど少女に安全な土地は無い。

 その分の苦労はタガネが担っているが…………。

「おはようございます」

『いい朝ね』

「はい」

『お茶を淹れたけど、一緒にどう?』

「ほんとですか、是非」

 タガネが台所で調理中。

 少女と館の主の睦まじい会話が聞こえる。

 歳が近い二人は、森へ来てすぐ打ち解けた。

 少女にとっても初めての友人とあり、その親密さは姉妹のようですらある。若干の疎外感はあるが、タガネはこれを良しとした。

 少女の平穏こそ最善である。

「飯ができたぞ」

「わたしも配膳手伝う」

「絶対にやめろ」

「…………わたしも、何かしたい」

「…………ご主人様は機嫌が悪くなるとすぐ俺の仕事を増やすから、おまえさんが相手をして心穏やかにしてやってくれな」

「え?」

「それで俺も助かる」

『あら、もっと働きたいようね。職業意識が高いのは感心するわ』

「ちっ」

 タガネは思わず舌打ちする。

 それを誤魔化すようにどん、と強く食器を食卓へ置く。

 その乱暴な扱いに館の主が目を眇めた。

『割れたらどうするのかしら』

「俺が作った物だから問題ねえ」

『また作ってくれるの?』

「命令されればな、畜生が」

「あなたは物造りが上手だよ」

「…………どうも」

 食卓に運ばれた食器たち。

 大半がタガネが制作した物である。

 これも館の主の無理難題を可能な限りで実現した物で、それは花壇、屋根の修繕、食器や焼き物、椅子など多岐に渡る。

 どれも無知の段階から始まった。

 洋館の西棟にある書斎に蔵された書物から拾った知識と、旅の途中で気紛れに見学した職人の作業を照らし合わせて製作している。

 素人目には上物。

 職人には及第点。

 タガネとしては不名誉な評価である。

『こうも芸達者だと期待も高まるわね』

「仕事増やすなよ」

『次は家でも建てて貰おうかしら』

「森の中に街でも作る気かい」

『作るなら村ね、そこまで規模が広いと煩わしいわ』

「魔女の村か、悍ましいな」

『何か?』

「別に」

 タガネは館の主に本気混じりの軽口を飛ばす。

 その間も少女の食事に注意を払っていた。

『近々、この森を出るわ』

「ほう?」

 唐突な話の切り口だった。

 タガネと少女は手を止めて館の主を見る。

「何用で?」

『あなたの旅話に聞いた外界を見てみたいの。それと親戚の元を訪ねて、ついでにレギュームの知人にも会いに行くわ』

「そりゃご苦労なこって」

『他人事のように言うわね』

「…………俺は留守番だろ」

『いえ、あなたは警備用の人形の代わりとして一緒に森を出て貰うわ。 それに、案内もして欲しいから』

「――――」

「わ、わたしは?」

『体のことがあるから、館で留守番』

「悪いが、俺はコイツの傍を離れる気は無いぞ」

『『転移』の魔法具があるから、日帰りよ。各地を巡りつつ、その日の夜には館へ帰る。そして日が変われば、再び転移して昨日の地点から出発するの』

「…………相変わらず規格外な」

『だから、この娘を一人にはしないわ』

 タガネはほっと胸を撫で下ろす。

 急な長旅を予告させられて、少女と長期間別行動になる可能性に焦燥を掻き立てられた。

 惰性で続いた関係。

 だが、少女の命については責任を持って守り抜くと誓っている立場としては、長く傍らから離れることは是が非でも避けたい事態である。

「なら良い」

「わたしも外に――」

「外で偶然だろうと人死に遭遇したとき、おまえさんが『身代り』になるだろうが」

「…………」

 遮って出された否定。

 少女は意気消沈して俯いた。

 タガネもその様子にまた言い過ぎたと自分への後悔で固まる。

 両者の落ち込み具合を見て、呆れるように館の主は肩を竦める。

『死後一時間なら蘇生もできるわ』

「はあ?」

『多少の怪我もわたしがいれば問題ない』

「…………しかしな」

 ちら、と少女を見やる。

 彼女はタガネの視線に応えるように。

「行きたいです」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………だめ?」

 タガネの顔が目に見えて曇っていく。

 銀の眼光は動揺で鋭さが鳴りを潜めていた。

 表情の裏では、それ以上の苦悩がある。

 自身を見つめる少女の口にした、今までを総計しても数少ない願望が脳裏に響く。

 長い沈黙と苦しい葛藤の末。

「……………独りにならないこと、必ず俺が見えんところには行くな…………いいな?」

「はい」

「ちっ」

『甘いわね』

「やかましい」

『それじゃ、外壁の清掃…………引き続きお願いね』

 館の主が食事を終えて立ち上がる。

 タガネはがっくりと食卓に突っ伏すように項垂れた。

 少女は満足げに微笑む。

「そんなに外が恋しかったかい」

「森の風も好きだけど、久しぶりに外も感じたいと思って…………今更だけど迷惑、だよね」

「本当にな」

「…………」

「今に始まったことじゃない、一々それで辛気臭い顔をせんでくれな。そうさせたのは俺だろうけど」

「ありがとう」

 タガネは卓上に脱力したまま少女を見上げる。

 この一年、少女は森の風しかしらない。

 無償で他人の傷を背負ってしまう特性もあるが、それでも人を憎まず、むしろ恋しく思う彼女の精神性にはタガネと呆れを通り越して感嘆すらしていた。

 外ではどんな理不尽が降りかかるか。

 予想もつかないような死が待っているかもしれない。

 それでも。

「俺が守ればいい話か」

「…………?」

 タガネは少女を見て願う。

 頼むから、何も奪われず幸せにあれ。

 自身を重ねた相手が幸福になることを祈って、タガネはこれから負担する心労について既に頭を悩ませ始めるのだった。








意外と幸せに見えて、この後にベル爺は動き出します。。

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