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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
1029/1102

小話「瞑り風」完



 剣爵家の自室で。

 タガネは黒布を片手に思い返していた。

 名も知らぬ少女と過ごした日々が蘇る。

 今まですっかり忘れていた。

 白状と自身を嘲笑うよりも先に、感慨深くなって微笑む。

 知人には爺臭いと言われる口調。

 今では修正が利かないほど染み付いている。

 最初は子供の傭兵として侮られないよう背伸びした結果、身近な大人――父を真似ていた。それは確かな理由だ。

 ただ、そこに切欠や契機があった。

 幸福になるべきだった少女。

 生まれながら、自己犠牲を定義づけられ傷を強いられた悲運を背負っていた。

 誰かの分まで苦痛を負うばかり。

 生きることが、ただ辛い。

 そんな少女のように奪われるだけではいたくない。

 そんな願望を抱かされた。

「今じゃ立派な大人だな」

 タガネは自身を省みた。

 少女がなれなかった大人になっている。

 もしも。

 あのとき少女も死ななければ、どうなっていたか。健やかに成人した少女の姿を夢想しようとして、だがタガネはその考えを切り捨てる。

 自分を救けた少女の行いを無駄にしない。

 有りもしない未来の仮想。

 それもまた少女への侮辱にもなる。

 恩返しをするなら一つだけだ。

 現在タガネは幸福の最中に過ごしている。

 一人では抱えきれないほどだ。

 神父の言葉を実現するならば、条件は充分すぎるほどに整っていた。

 少女の分まで幸福に。

 死後に会えたなら彼女に分け与えられる。

「冥土の土産はできたな」

 タガネは布を畳んで思い出の品と共に並べた。

 並ぶ品々はその数だけ出会いと別れがある。

 誰かに尋ねられたら、話すこともあるだろう。

 だが――これだけは。

 少女との思い出だけは、誰にも語れない。

 タガネが人の、世の清濁を飲み込み、大人になろうと決意した出来事であり、今へと続くタガネという人間の起源の一つ。

 その記憶は、墓まで持っていく。

 あの決意は、タガネと少女だけの秘密。

 いずれ再会する少女の顔を見るまでは、この思い出にも目を瞑る。

「目を瞑る、か」

 タガネは瞼を閉じた。

 窓を締め切った室内に風はない。

 少女は、温もりも寒さも、自らの生きる世界の情報を穏やかに伝える風が好きだと語った。

 生きている実感をもたらす風。

 預言者は、生きていて良いとタガネを肯定した。

 少女は、生きたいという願望を引き出した。

 考えれば、今の幸せは少女がタガネの欲求を引き出したからこそ在る物とも言えた。

 タガネにとって少女とは。

「幸福を運んでくれた風かね」

「ちょっと?」

「あ?」

 自室の扉が叩かれる。

 タガネは向こう側からした声に顔を顰めた。

 渋々と立ち上がって扉へ向かう。

 相手が何者かを理解しているので億劫になりつつも、開けないという選択肢は無い。

 タガネはそっと扉を開く。

「暇なら相手しなさいよ」

 門前でマリアが腕を組んで仁王立ちしている。

 タガネは思わずため息をついた。

「たしかに暇だが」

「なら妻の相手をしなさい」

「おまえさんも暇かい」

「ええ、そうよ」

「たしかに、冬は寂しがりにも厳しい季節かもしれんな」

「どういう意味?」

 マリアを室内へと招く。

 タガネの部屋はあまり広くない。その上で床に広げられた物によって、寛げる余裕は削がれている。

 足下の光景に紺碧の視線が鋭くなる。

「片付けもできないの?」

「やかましいわ」

「あら、新婚旅行のときの満月石じゃない」

「そうだな」

 新婚旅行の思い出の品に、マリアは目を輝かせる。

 一転して上機嫌になった。

 興味津々な様子で、それらを眺めていく。

「これは?」

「それは淫魔の娘に貰った魔除けの石だな」

「これは?」

「ウッグ帝国のニ姫から貰ったやつ」

「…………これは?」

「たしか辺境の村の巫女の指輪だな」

「……………」

 マリアが一つずつ尋ねていく。

 タガネはそれらに丁寧に応えていった。

 親切な対応――にも関わらず、彼女の面持ちはどんどん暗く、より険しくなっていく。

 嫌な予感にタガネの総身が戦慄く。

「ねえ」

「はい」

「アンタの思い出の品って、割と女の子との物が多いのね」

「そうか?…………数えりゃ六割程度だろ」

「じゃあ、これは?」

 マリアが黒布を指差す。

 よりにもよって、語れない思い出である。

 沈黙はより誤解を招く厄介の種だ。

 終生の秘密といえど、最愛の妻を悲しませる勘違いを看過するわけにはいかない。

 そう考えながら。

「…………黙秘する」

「…………どうしても?」

「ああ、俺の絶対の秘密だ」

「ふうん」

「どうか許して欲しい」

 タガネが深々と頭を垂れる。

 己に誓ったことを破ることはできない。

 その覚悟が伝わったのか、しばらくしてマリアが嘆息する。

「…………わかった」

 ほ、と胸を撫で下ろす。

 今日のマリアは理知的だ――と思ったのも束の間。

「――剣を執りなさい」

「そんなバカな」

「私の心に負担をかけた時点でアンタは罪人なのよ」

「納得しただろ」

「それとは別よ」

「そんなバカな」

「じゃ、すぐ裏庭に行くわよ」

「そんなバカな」

 マリアの手によって部屋から引きずり出される。

 抵抗することもできず、この後タガネは裏庭で完膚なきまで叩きのめされるのだった。










ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


載せる気は無かったけれどフォルダ内に保存していた物をリメイクした物です。原型は超バッドエンドだったのですが、書き直す内に表現も柔らかくなっていたので…………自分も甘くなったな、と感じました。。



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