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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
1026/1102

小話「瞑り風」⑩



 街に近い山の中を巡回する。

 魔獣の目撃情報が多くなり、憂慮していた街がタガネへと依頼を出した。

 最近の剣呑な噂があるが、それでも頼らざるを得ない状況下なのである。目撃情報通りなら三体ほどの大型の外魔獣、強力ではあるが群ではないとのこともあり、タガネにとってさほど脅威ではない。

 なお、これも連携の仕事。

 同時に傭兵が二人動いている。

 タガネが全てを仕留める必要は無く、ただ巡回するだけで報酬が受け取れるならば安い仕事に思えた。

 あとは慎重に一体ずつ処していくのみ。

「いた」

 タガネは斜面の下に異形の影を見つける。

 前後に顔を有した猫の頭部、大きく膨らんだ前腕と拳、さらに太い尾の三点で自重を支え、腕の間で著しく退化したかのような小さな下肢を宙で揺らした魔獣である。

 タガネの気配を察知する素振りは無い。

 軽々と地面を叩きながら移動していく。

 周囲に同種の個体はいない。

 前後に眼球がある以上、死角は無い。

 体の正面は一方向に偏っている以上は、背後に回れば視界には捉われるものの、対応するにはその都度の転身が求められる。

 考えれば理に適わない形態だ。

「今の内に仕留めるか」

 タガネは斜面を滑り落ちていく。

 腰の下で悲鳴を上げる草や砂の音。

 それを聞き取って魔獣が振り向く前に、腰に下げていた巾着袋の口を縛る紐を解いて空へと放った。

 回転するように宙へ。

 中身が辺り一帯へと無造作に撒布される。

 魔獣の視界を汚したのは――ただの砂だった。

 魔獣は目を瞑り頭を振って砂を凌ぐ。

 その隙にタガネは直近まで肉薄し、巨体を支える腕へと斬りかかった。

 体毛は堅く、皮膚は厚い。

 だが。

「そこ――!」

 タガネの目が僅かな隙間を一目で捉える。

 捉えた弱点めがけ精確に剣の刃を通す。

 鮮やかな剣閃は、体毛の間を抜けて硬い皮膚の柔らかい部分を抵抗もなく食い破る。

 入り込む剣先は滑らかに、皮下にある(すじ)を断った。

 激痛に魔獣が悲鳴を上げる。

 巨体に反して、その痛覚は繊細だ。

 傷の深さ、損傷の大きさ以上に肉体は敏感なようで、痛みは本能を沸騰させる熱となって魔獣の全身へ奔り、明確な敵意へと変換されていく。

 ぎろり、と血走った魔獣の目が動く。

 反撃に出る前に、タガネは続くもう一本の腕へと剣を振るった。

 一瞥で見抜いた部分に剣を刺す。

『ぎゃあああああ!?』

 小指と親指の両機能が停止させられる。

 脱力したのは魔獣の命も同然の器官だった。

 体重移動を腕に依存している魔獣には致命的な損耗であり、己をいくら奮い起たせても、この場では絶対に再起できない。

 魔獣の巨躯が前に頽れる。

 タガネは空かさずその肩に飛び乗った。

 剛腕の上を軽やかに駆け、見開かれた目へ剣を突き込む。

「疾ッ!」

『あああ゛ぇッ!?』

 眼窩から体内へと攻撃は侵入する。

 狙いは最奥にある脳髄――躊躇わずに鋭い鋼の凶器を押し込んだ。

 ずぶり、と。

 確かな手応えに握り手が震える。

 その後、魔獣が一切の動きを止めた。

 剣を引き抜いて、タガネは地面へ飛び降りる。

 跳躍の際の小さな衝撃に押され、魔獣の体が地面の上に迸らせた己の血の中に突っ伏した。

 肩越しにそれを見て。

 タガネは息を小さく吐いて残心する。

「まず一体」

 タガネは周囲を見回す。

 いずれ血臭を嗅ぎつけて獣が集まる。

 タガネは魔獣討伐の験となる指の一本を切断し、先刻放って空になった巾着袋へと入れた。

 残る二体を他の傭兵が片付けていれば、これで早々に仕事は完遂される。

 それでも山中に三体のみ。

 首尾よく見つかるわけではない。

 何より、まだ残っているのに街へ早く戻っても却って仕事を怠ったという風評被害に遭いかねない。

 最悪は夕刻まで任務に務めるべし。

「仕方ねえか」

 タガネは巡回を続行することにした。

 険しい山道を難なく歩く。

 その際に、隣に気遣う相手がいないことへの奇妙な開放感を抱く。任務以外は常時同行していると言っても過言ではない少女から唯一離れる時間帯といえば、傭兵として活動しているときのみである。 

 タガネは装着した額当に触れる。

 目利きもできない少女が購入した防具。

 そんな物を身に着ける自分では無いはずなのに、最近はそれが習慣となっていた。

 不必要なのに。

 少女が自身の中へ介入していく。

「やれやれ」

 呆れつつ、そんな現状を嫌いになれない。

 いずれは、これを不自然に思わなくなるのか。

 そうだとしても。

 タガネは誰かといたいと願えない。

 人を心底から信用はできなかった。

 少女に対しても、非力で何もできず常に負傷していることを理解したからこそ、脅威でないとして傍に置けた。

 安全か危険か。

 敵か味方か。

 その極端な判別しか利かない。

 そんなタガネの思考が小さな警鐘を鳴らす。

 二人でいることに順応し、常態化されていく未来が想像できるようになった頃がもはや離れ時を見失った状況だと告げていた。

 それまでには別れたい。

 たとえ親しくなろうとも。

「さて、残りは何処にいるのやら」

 思考を切り上げて。

 タガネは目の前のことに集中する。

 魔獣の痕跡を発見し、その方向を調べた。

 山の中を闊歩し、地面に押印された掌の形の跡は長く続いている。

 暗く奥深い森の中へ。

 そこまで歩いて、タガネは違和感を覚えた。

「妙に静かだな」

 虫の囁きも、獣の気配も無い。

 仮に魔獣がいるなら、多少は物音もする。

 隠れていても、人に対して直接的な害意を抱く魔獣ならば潜んでいても容易に察知できるはずなのだ。

 視線で足跡を追う。

 十数歩分先の距離で――途絶えていた。

 ぞくり、と背筋が粟立つ。


「まさか――!?」


 嫌な予感がして、タガネは剣を抜く。

 その警戒に答えるように、森の木々を薙ぎ払って巨大な岩塊の雨が飛散した。

 ――投擲!?

 迫り来る岩の礫に剣を振るう。

 自らに直撃すると予測した物の運動を読み取り、そこに剣を介して力を加えて受け流した。

 硬い岩と衝突し、握り手が痺れる。

 それでも岩による被害は、肩を強く突き飛ばす程度の衝撃で済んだ。

 痛みはある。

 だが肩の骨に異常は無い。

 タガネは岩の飛来した方角を睨む。

『バァあああああッ!!』

「な、地中…………!?」

 背後の地面が隆起し、爆散する。

 地上へと太い前腕部が突き出された。

 その場から慌てて飛んだタガネの過去位置に、強烈な平手打ちによる手形が刻まれる。

 二方向からの攻撃。

 突き出た前腕部はあの魔獣と同じ物である。

 依頼内容――その残り二体だ。

 ただ、さっき討伐した魔獣とは明らかに様子が異なる。地中に潜む狡猾さや、投石による攻撃、そして足跡による獲物の誘導…………どれも魔獣に似つかわしくない知性の働きがあった。

 街から提供された情報には無い能力だ。

 魔獣が知性を宿すのは発生から相当の月日を要する。

 最近、目撃情報があるという触れ込みにも関わらず、この辺りに胎窟は無いので違和感は覚えていた。

 事前情報と合致するのは個体数だけか。

 それすらも怪しいのか。

 どちらにせよ。

 いまタガネは窮地に陥れられている。

「ちっ、他の野郎どもは何して―――!」

 そのときだった。

 周囲の木々が騒ぐ。

 森が息を吹き返したかのようだった。

 風の無い森を揺らすのは無数の気配たち。

 先刻まで静謐を湛えていた空間に、勃然と邪悪な影の群が立ち上がる。

 地面を突き破って、数十体が出現した。

「ッ、これは拙い」

『『『ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!!』』』

「群れないんじゃなかったのかよ」

 不意に辺りが暗くなる。

 タガネは頭上を見上げて凍りついた。

 先刻の岩塊を放擲した魔獣による第二射か、あるいはさらなる別の個体による仕業か。

 空を覆うほどの密度を誇る岩の雨が降り注ぐ。

 ――これは、避けようがない。

「…………すまん」

 直撃の寸前、タガネは脳裏に少女を思い浮かべながら死を覚悟した。










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