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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話『猛き雷』天
1008/1102

5.5



 同時刻。

 タガネは標的を目前としていた。

 すでに迎撃に現れた部下たちを薙ぎ払い、組織の潜伏先を尋ねれば、偽ることなく地下都市の城に長はいると白状した。

 いささか拍子抜けしつつ。

 タガネは情報に従って城へと向かう。

 地下都市の廃城の王座の間にて、組織を束ねる存在と会っていた。

 玉座に座る傲然とした佇まい。

 長となる人物はタガネを見下ろして。

「――不敬なり、吾は魔王ぞ!」

「は?」

「まずは跪け、無礼者」

「…………」

 頭上から降る叱声。

 タガネはしばし言葉に迷った。

 魔獣の一種に『魔王』はいるが、それを自称する人間はタガネの見聞にすら無い。外見は鬼仔と思しき角と青い肌、はたして装束と呼ぶに価するかも疑わしいほどの布の隙間から露出した肉感的な肢体は直視に惑う妖艶さである。

 もっとも。

 タガネの頭に余計な煩悩は無い。

 排除すべきか否かのみを思索している。

 この女性は、部下をことごとく倒して現れた侵入者を攻撃するでもなく、ましてや遁走するでもなく恭順を求めていた。

 うん、と唸る。

 ――新手の阿呆か。

 一瞬だけ過ぎった考えを否定する。

 そんな者に人は従いてこない。

 ならば、よほどの力があるのだ。

 人の意識を自身へと束ねて寄せ、操ることの可能な統率力、またそれに代わる戦闘力が備わっていると予想する。

 油断は禁物。

 異世界人は未知の生命体だ。

 タガネは嘆息しながら魔剣を抜く。

「敬う相手は選んでる」

「む」

「おまえさんは無理だ」

「ふ、虫ケラめ」

「それに敬われない身分とはね…………可哀想に」

 憐憫を込めて女性を見上げる。

 無論、そんな感情は微塵もない。

「おまえさん、異世界の人間かい?」

「人間ではないわ、戯け者」

「異世界の魔王」

「然り」

「それで、目的は?」

「ふはは、この世の支配に決まって――」

「そうかい」

 タガネは一歩前へと踏み込む。

 流れるように、魔剣で眼前に一閃した。

 軌跡は光となって刻まれ、自称魔王へと斬撃が奔る。高い位置に設えられた玉座の足下にある階段を滑るように飛び、そのまま標的に襲いかかった。

 その銀光に魔王は目を見開く。

 玉座を蹴って上に跳躍する。

 一瞬遅れて、玉座は真っ二つに両断された。

「速いな」

「吾を舐めるなよ、人間」

「む――!」

 頭上で魔王が滞空している。

 その左目が赤く灼光し、玉座の間を照らす。

 魔王の瞳孔から、空間全体を呑み込まんばかりの範囲を音より速く、熱と光を帯びた殺人的な視線が刺した。

 その威力は想像を絶する。

 俯瞰する位置から放射された光線。

 間違いなく人体は蒸発する熱量だ。

「レイン」

 魔剣が銀の光を帯びる。

 降りかかる災厄を、魔素と分解して余さず吸収し無害化していく。

 タガネに伝わるのは陽光の温もりと眩しさ。

 ただし、レインを隔てた向こう側では瞬く間に形を失って気化している。

 瞳から放つ光線。

 その攻撃の予備動作と女性の挙止が似ており、あの死神ザグドとの戦闘経験が活きていた。

 たしかに防御には成功した。

 だが――。

「ちっ」

 被害圏はタガネのみではない。

 玉座の間の床一帯が光で熱せられている。

 溶解し、やがて残ったタガネの足場だけが崩落した。

 下階へと降り立って頭上を見上げる。

「む、やるな!」

 魔王が瞼を閉じる。

 光線が消え、レインも吸収を中止した。

 床へと降り立った魔王とタガネは睨み合う。

「では、これならどうだ?」

 魔王が床を踵で叩く。

 途端、そこかしこから怪しい煙が湧いた。

 部屋全体を包み、視界を塞いでいく。

 タガネは奇襲を予想し、感覚を研ぎ澄ました――が、煙幕と思われたそこから武器を携えた人骨が躍り出る。

 一瞬の驚愕を飲み込み、骨を斬り払う。

 次々と現れる同じ骨の兵士を剣で砕いた。

 恐れるに足る脅威ではない。

 タガネは細やかな骨の攻勢を捌きながら、問題の魔王の気配を探る。これは所詮足止め、煙幕の中で何事かを画策、用意するための時間稼ぎだ。

 そして。

「なに?」

 煙幕を裂いて。

 巨大な竜の頭蓋が出現した。

 大きく開かれた顎は、床を抉りながらタガネへと直進する。

 周囲からは、背後や左右を挟む骨の兵。

 逃げ場は――ない。

「ふ―――」

 タガネは鋭く息を吐いた。

 逆手持ちの魔剣を横へ水平に持つ。

 一呼吸の後、その場で一回転しながら剣を振るった。

「『薙がれ星』」

 銀色の円環が放たれる。

 直径を拡大させていく光の刃に、骨兵や竜も呆気なく衝撃で粉塵に帰した。

 煙幕が一振りで晴れていく。

「そこだ!」

 煙中から魔王が飛び出す。。

 床を蹴り、タガネまで一直線に馳せた。

 仄暗い魔力に燃える爪を、頭上から振り下ろす。

 風と見紛う速度。

 だが銀の瞳は正確に相手を捉えていた。

「疾ッ」

 タガネは頭上で半月を描くように魔剣を振る。

 切っ先が魔王の掌を切断した。

 爪を失った手が空振り、鼻先の虚空を殴る。傷口はいま斬られたことを悟ったように、振り抜かれた後で赤い血潮を迸らせた。

 タガネは即座に次の攻撃を紡ぐ。

 ところが。

「くっ!?」

 魔王が腕を振り抜いた後。

 その風圧だけは切り払えていなかった。

 血飛沫より後に到来した風で、タガネの体が後ろへと押される。

 宙を舞う体が床に着く前に、回転で上下を正位置に戻して着地した。

 魔剣の血を払い、構え直す。

「人間のくせにやるな」

 魔王は切断された手に視線を落とした。

 断面の肉がうごめき、歪に膨らむ。

 水が泡立つような音を立てながら、変形した手が失われた指先を再生する。感覚を確かめるように指を折る魔王は、深い笑みを浮かべた。

 それに対してタガネは冷たい視線を返す。

「また厄介な」

「一撃入れたことは褒めてやろう」

「…………」

「どうだ、吾の部下にならないか?」

「その首、惜しくないと見た」

「人間ごときに寝首を掻かれると思っていない」

「なら短い命だな」

「よく吠える犬め」

 互いに罵り合う。

 美しい女性の怒鳴る姿。

 またもタガネは既視感を覚えた。

 脳裏にマリアを思い浮かぶ。

 ただでさえ、任務があるということで激憤した彼女は、おそらく帰っても怒りは継続しているだろう。

 被害を最小限にするにら――。

 これを倒して任務を早期決着させることに他ない。

 余計な怒りを買わずに済む。

 目の前の敵より、マリアが恐ろしい。

 剣柄を握りしめ、タガネは笑った。

「さっさと終わらせよう」

 魔王も同意するように身構える。

 まだ剣も届かない距離。

 そこでタガネは魔剣を大きく振りかぶって――。

「『百鬼夜行』」



 その後、城とともに幾つにも分割された魔王の死体の一部を持って、タガネは地下都市を後にした。





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