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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
一話「詐りの里」
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 王都に一通の書簡が届く。

 南部の森の里で、盗賊団の根城を突き止めたという報告があった。

 盗賊団の名は『面剥(おもは)ぎ』。追い剥ぎから転じて、そう呼ばれている。面の皮を剥いで他人に成り済ます人道に悖る手法で世を欺いて来た悪党たちだった。

 それが、南の田舎で殲滅された。報告の書簡を綴ったのが、その功績者である。

 確認した国王は、その後見人の名前に苦笑した。

 タガネ。

 家名もない短い名である。

 東方に由来を持つその名前は、今では王国以外でも名の知れた豪傑を示す。

 玉座の肘置きに頬杖を突く。

「相変わらずだな」

「さすがですね……全く」

 国王の独り言に、隣にいた宰相が反応する。

 彫りの深い顔を険しくさせた彼は、眼鏡の鼻を小さく指で持ち上げ、国王の持つ書簡を睨んでいた。

 彼だけではない。広い玉座の()に集った全員がそうだった。

 特に、支柱のそばに控える少年少女たちは、ぶつくさと小言で文句を垂れている。

 国王が深いため息を一つ。

 手を叩いて全員の注目を促した。

「数日の内には、報告に参るそうだ」

「絶対来ない」

 国王に不平声を漏らす声が一つあった。

 支柱に凭れて、不機嫌に構えている少女である。募る苛立ちか、小刻みに床を叩く爪先が激しさを増していた。

 本来ならば無礼で即刻処刑だが、彼女の立場がその失言を許容させる。それを重々承知していても、玉座の間は重たい沈黙に包まれた。

 国王は努めて笑顔を作る。

「仕方なかろう、剣姫(けんき)殿」

 剣姫――そう呼ばれた少女が顔を逸らす。

 国王は玉座の背凭れに体を預けて、天井に憂いに染まった顔を向けた。

 小さな吐息が漏れる。

「早く来てくれよ、タガネ」

 紛れもない、乞うような声をこぼした。




 南部の森では復興が始まった。

 潜伏基地にされていた里から盗賊が殲滅され、解放された里の住人が再興のためにあくせく働いている。

 訪れた頃とは異なって賑々しい里。

 タガネは静かに離れの家の庭から眺めていた。川で清めたはずの体からは、まだ血臭が絶えない。時折その腕を鼻に寄せて嗅ぎ、不快そうに顔を歪める。

 その後ろから、少女が歩み寄った。

 両手には水の浸した桶と、その縁にかけた新しい手拭い(タオル)。タガネの隣におずおずと安置した。

 タガネが少女をかえりみる。

「ああ、お構い無く」

「……脱臭の薬湯です」

「何だい、それは?」

「臭いを落とすんです」

「へえ、ありがたい」

 タガネは礼を言って手拭いを薬湯に浸す。

 十分に水気を含んだそれを絞り、服の中や顔を拭った。仄かに香る青臭さに一瞬だけ呻くが、堪えて最後まで使う。

 たしかに血臭が消えた。

 悪臭から解き放たれて、タガネの顔も穏やかになる。

 さんざん盗賊団の偽装のために働かされた薬師の少女は、あれ以来気まずい関係だった。怯えさせた手前、タガネは自分が荒らした隠し部屋の掃除と、外で眠ることを徹底した。

 実際、こうして少女から話しかけてくるのも、あれ以来だった。それが(なお)のこと気まずくもある。

 少女は少し逡巡して頭を下げた。

「すみませんでした!」

「どうした」

 突然の謝罪にタガネが驚く。

 少女は頭を下げたまま動かない。

「わたしはあなたを騙した」

「人質がいる。仕方ない」

「救ってくれたあなたを恐れた」

「傭兵だ。もう慣れたよ」

「……でも」

 少女が言い惑う。

 また、ぎこちない空気が流れた。

 タガネは眉根を寄せて、おもむろに荷物の袋に手を突っ込む。

 中身を掻き混ぜるように荒々しく探し、やがて手の中に複数個の石を掴んで取り出した。先日、少女に渡した物と同じである。

 それらを、後ろ手に少女へ放った。

「やるよ」

「ええええ!?」

 慌てて受け止める彼女に言い放つ。

「でも、これお高いんじゃ」

「よく取れる所を知ってる」

 タガネは膝を叩いて立ち上がる。

 荷物を背負って、剣を腰に差す。軽く肩を回すと、そのまま坂道に向かった。

「こ、これ、どうす――」

「村の再興の資金にでもしてくれ」

 少女は豪勢な振る舞いに閉口した。

 タガネが振り返る。

「詫びと世話になった分だ」

「あ……」

「里を荒らしてすまんかったな」

 一言告げて、また歩き始めた。

 背中に視線を受けながら、タガネは里を出る道筋を辿っていく。道中で畏怖の眼差しを受けながら、森の中に続く最後の坂を歩んだ。

 人の面前に血まみれの姿で現れ、里中を死体だらけにした存在。そこに救済の感謝よりも、恐怖が勝るのは自明の理。

 判りきっていた。

 タガネは呆れ笑いを浮かべた。

「あ、あの!」

 空に響くほどの声がする。

 タガネは足を止めて、半身だけ振り向く。

 駆けて来たであろう、薬師の娘が肩で息をしながら迫っていた。直近まで来ると、また(うなじ)を晒すほど頭を垂れた。

「助けてくれて、ありがとう」

 簡潔な感謝の言葉。

 若干の畏怖で声は震えている。

 しかし、そこには紛れもない、(いつわ)りのない感謝の念があった。

「どうも」

 タガネは再び坂を下りる。肩越しに窺うと、同じ姿勢のままだった。里の住人も彼女に奇異の眼差しを注いでいる。

 しかし、少女は動かない。

 木々で遮られて見えなくなるまで、少女はずっと頭を下げていた。


 ようやく前に向き直ったタガネは、後頭部を掻く。面映ゆい気持ちになって、灰色の瞳は揺れる。

 空を振り仰いで、片手に持つ蓋をした方形の(かご)を掲げた。

 中には、薬師の娘特製の『保存の薬湯』に浸した盗賊の首がある。顔の皮は、彼女の弟が葬られた墓に埋めた。

 これを、王都に持ち帰らなければならない。

 玉座で待つであろう面々、特段その美貌を嫌悪に染めた少女の姿を想起して微笑した。

 先が思いやられる……。

 愁嘆に暮れても仕方がない。

「さて、行くかね」

 草を踏む音に耳を澄ませて。

 タガネは鮮やかな緑の中を進んで行った。







ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。

次回から二話、剣姫さんとの絡みがあるお話です。

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[一言] なんだ、主人公はただのカモか。
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