第七十五話 ハッケイ山脈への道
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ハッケイ山脈に向けて進む俺たちは、ミノーツから北へ進むと街道の終着点に来ていた。
ここから先は石畳で舗装された街道はなく、切り開かれた場所もない山道を進まないといけない。
「これからあと数日はこの山道を進んでいくんですよね……」
「地図だとそうなっとるな。しかもそこが後続のベースキャンプ予定やから、そこからさらに三日は進まんとあかんな」
目の前にはハッケイ山脈を構成する山々はそびえ、俺たちの行方を阻んでいる。
「これはちょっとばかり難儀するかも。後から来る人たちのために邪魔そうな木とかは解体しとく?」
ラディナさんが手袋を外して解体する気満々であった。
「邪魔そうなのは頼むかもしれません。解体すると勿体ないんで、高品質の木材に再構成して道の脇に置いていきましょう。後続の誰かが道路整備に使ってくれるかもしれませんしね」
「ああ、それはいいわね。木材とか岩は道路用の資材として脇に避けておきましょう」
「後でミノーツの街の偉いさんとクラインの主には請求書回しとかんとあかんな。土木工事の材料費としてキッチリと料金は徴収するでぇ」
ラビィさんがすでにそろばんを弾いて、材料費の算定を始めかねない勢いであった。
そんな様子を見ていたクラインさんがソワソワとしている。
彼としてはすでに報酬を吊り上げる直訴を自分の主人にすると言っているため、これ以上の支出を出すのは厳しい物と思われた。
「ラ、ラビィ殿。こちらはもうすでにお金が……。ああ、そうだ! 資金提供の代わりに新たに建設された街道にフィナンシェ殿の名を与えるというのはどうでしょう? 地図にも人の噂にもフィナンシェ殿の名が広がりますぞ」
「街道名やと? ふむ、そりゃあ中々おもろい話やな。ただ、街道名はフィナンシェ=ラビィ街道という名しか認めへんでぇ」
「それでもよろしいですぞ。新設の街道は我が主の領内ですからな。命名は自由に行えるはずですので」
クラインさんはどうにか支出を抑えようと、あの手この手を使ってなるべく現金を支払わない方向で話を進めていく。
「おっしゃ、じゃあ材料費は街道名でちゃらにしとく。フィナンシェ、これはおお仕事やぞ。遺跡探索の傍ら街道整備のお手伝いもしていくでぇ」
「え? 本当にやるんですか?」
「当たり前や地図に自分の名前が載るんやぞ。男子一生の本懐やろが!」
地図に自分の名前が載るって言うのは、はっきりいってかなり恥ずかしい気がする。
それに材料を置いていくだけで作るのは別の人たちだろうし。
「いや、俺たちが作るわけじゃないですし」
「あほう、ワイらが材料を提供していくんやから、名前くらい載っても罰は当たらへん」
「そ、そういうものですかね?」
「そういうもんや。さぁ、やってくでぇ」
ラビィさんが俺の太ももをパンと叩くと、馬車を降りて山道として開拓するべき場所を物色し始めていた。
「ヒナちゃん、フィナンシェお兄ちゃんの名前が地図に載るんだって。すごくない」
「ぴー!」
「楽しみだね。コレットたちもお手伝い頑張ってやろうね」
「ぴよー」
コレットとヒナちゃんがそう言って馬車を降りて行った。
あの二人もやる気は満々らしい。
「フィナンシェ殿、資金面では色々とご無理をおかけしておりますので、このクラインも老骨に鞭を打って肉体労働は致しますぞ」
クラインさんも腕まくりを始め、馬車から降りて行った。
「とりあえず、頑張ってやりましょうかね」
「みんなやる気に漲ってますね……」
「ラビィちゃんは栄誉に弱いからねぇ。名前が残るとなると俄然やる気が増すかと思うわよ」
外で開拓するべき道を物色し始めたラビィさんを見ていたエミリアさんがそうぼそりと呟いていた。
「栄誉ですか……名前が後世に残るのってなんだか気恥ずかしいんですが……」
「そうね。歴史に名を残しても末節を汚して悪役にされている人もいるからね。フィナンシェちゃんもそうならないように立派な冒険者を目指さないといけなくなったわよ。ラディナちゃんとその子孫のためにもね」
エミリアさんが意味深な笑いを浮かべていた。
ラディナさんとの子孫って……そ、そうか! 結婚したらそういうことも……!?
こ、これは本当に立派な冒険者として生きて行かないと非常にまずい気がする。
チラリと隣にいたラディナさんに視線を送ると、もじもじして真っ赤な顔をしていた。
そこで照れられるとこっちも照れるんですが。
「フィナンシェ君、子供はやっぱ最低でも三人くらいは~」
「え、ええ! あ、はい。そうですね。それくらいは――」
急にラディナさんが子供の話を始めたので、俺はかなり動揺していた。
婚約者だけどまだ具体的なことまでは考えてなかったので、急にその領域に踏み込まれ焦ってしまっていたのだ。
「おーい! フィナンシェー! ラディナー! はよ、こいやー! 仕事やでー! 仕事! 馬車の中でいちゃつくなやー!」
そんな俺の気持ちを察したのか、ラビィさんが救いの手を差し出してくれていた。
「あ、はーい! 今行きます! ラディナさん、お仕事ですよ。お仕事!」
「んもう、ラビィのやつは空気を読めないわねー。フィナンシェ君、この話はまた今度ね」
そう言ったラディナさんは俺の手を取ると、馬車を降りて一緒にラビィさんのもとに向かうことにした。
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