第七十一話 死者送別の宴
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アレックさんたちとの依頼を成立させた俺たちは、買い物を済ませラクサ村の子たちが住んでいる元実家を訪ねることにした。
先にラディナさんがラクサ村の子たちに遺品を届けてくれてるはず……。
きっと、みんな落胆してるだろうなぁ。
俺はラクサ村の様子をこの目で見ていたため、彼女たちが受けるであろうショックに憂鬱な気分になっていた。
「フィナンシェ、辛気臭い顔をしとるな。あいつらが心配なのは分かるが、村のことはある程度覚悟しとったはずや」
俺の顔色が優れなかったのを見ていたラビィさんがそう慰めの言葉をかけてくれた。
「ええ、まぁ、そう思うんですけどね」
「まぁ、ワイらができるのはあいつらを励ましてやるだけや。そのためにコレも買い込んできたんやろが」
ラビィさんが、手にしている酒瓶を見せていた。
辛い記憶は酒で忘れるのが一番だと、ラビィさんとエミリアさんが言ったので途中の酒場で買い込んできたものであった。
「ラビィちゃんの言う通りね。辛い記憶は人として生きてれば増えていくから……」
エミリアさんも手にしたお酒を見て、ラビィさんに賛同していた。
二人とも俺よりも大人なので、いろいろと経験してきたことが違うんだろう。
その二人がそう言うなら、お酒を飲むってこともありなのかもしれない。
「ぴよ、ぴょ」
「フィナンシェお兄ちゃん、ヒナちゃんもそうだって言ってるよ。落ち込んでるみんなも美味しい物食べたらきっと元気になると思うの」
俺の頭の上でヒナちゃんがさえずっていたのを聞いたコレットもそう言っていた。
「そうだな」
俺はみんなに後押しされ、元実家の扉を開いた。
「フィナンシェ君、おかえりーっ!! もう、ちゅーしていいかしら、好き、好きぃいいっ!!」
猛烈な酒の匂いを漂わせたラディナさんが、俺に抱きついてきた。
「ラディナさんっ!! エッチらのはいけませんっ!! っていつも言ってるれしょ!」
「ラビィさんっ! あたしを抱いてっ!!」
「あー、わたしも男欲しいー」
「……美味しいお酒」
家の中では酒瓶が大量に転がっていた。
そして、ラクサ村の子たちはラディナさんも含めみんな酒臭い息を発している。
「い、一体何が……」
「なにがって、うちの村に伝わる死者の送別の宴らのぅ! 一昼夜、村の人たちがお酒を飲んで故人を楽しませて、この世に未練なく新しい命としてふたたび生まれてもらうためらのぉ」
死者の送別の宴だと言い、俺に抱きついて胸を押し当ててくるラディナさんだった。
「そ、そうなんですか……」
「ええ、うちの村ではこうして死者を送るのが習わしなのぉ。いっぱい、送らないといけないから、フィナンシェ君もほら飲んでぇ」
そう言ったラディナさんが、自分の口をつけた酒瓶ごと俺に押し付けてくる。
これって間接……。
「いいから飲んでぇー」
躊躇していたら、酒瓶の中身を含んだラディナさんが口移しで俺に酒を飲ませてくる。
その酒は普段の口にする酒の何倍も美味しく感じてしまった。
「あらー、大胆ねー。コレット、真似しちゃダメよー。はい、目を閉じててー」
「エミリアママー、見えないよー!」
エミリアさんがコレットの目をとっさに覆っていた。
「ぷはっ! ラディナさん、酔っ払いすぎ――」
そう言いかけた俺の目に、ラディナさんの瞳の奥に宿っている悲しみが見えた。
その目を見た途端、俺は何も言えなくなっていた。
「そういう送別の宴なら、しゃーないな。ワイもいっぱい飲んでやる。セーナ、酒瓶ごと寄越せや」
「はーい、すぐにー。エミリアお姉様もどうぞー! コレットちゃんは果実水ねー」
「はーい、お手伝いするー」
「ぴよ、ぴよ」
ヒナちゃんも俺の頭からパタパタと飛んでいって、コレットのお手伝いを始めたようだ。
ちょっと変わっているが、死者を送る送別の宴と言われてしまえば、彼女たちの気持ちを鎮めるためにも一緒に騒ぐことにした。
その日は夜が更けるまで、散々にお酒を飲んで騒ぎ、ラクサ村で死を遂げた村人たちの魂を慰め、未練なく送り出すことができた気がした。
翌日、朝の光が俺に激しい頭痛を送ってくる。
昨夜は浴びるほど酒を飲み、そのまま酔い潰れて台所でみんな折り重なるように雑魚寝をしていた。
「いや、もう飲めないから。フィナンシェ君、あたしを酔わせてなにをするの。ちょ、ちょっと、まだ心の準備がぁ」
寝ぼけているラディナさんが、どんな夢を見てるのかは気になるが、聞いたら聞いたで気まずいので聞かなかったことする。
「うぅ、いってて……頭がガンガンする……」
「フィナンシェお兄ちゃん、おはよう! 今、ご飯作ってるから待っててねー。ヒナちゃん、そこの器とってー」
「ぴよ、ぴよ」
すでに起き出していたコレットが、ヒナちゃんと一緒に台所で朝食の支度を始めていた。
コレットも遅くまで起きてたような気がするけど、酒を飲まなかった分、はやく起きれたのかな。
「ああ、ありがとう。そろそろ、みんなを起こすよ。みんな仕事もあるだろうしね」
「そうしてもらえるとありがたいかもー。コレットが呼んでもみんな起きてくれないから、フィナンシェお兄ちゃんにお任せするね」
「ああ、任せろ。その前に水を一杯もらえるかい。頭が割れそうなほど痛いんだ」
俺がそう言うと、コレットが器に入った水を差しだしてくれた。
「はいどうぞー。エミリアママから二日酔いにはお砂糖とお塩を溶いた水がいいって聞いたから飲んでみて」
「そうなの?」
コレットが差し出した器の水をグビリと飲む。
塩辛さと甘さが混在した変わった味だが、酒で水分が足りない身体に染みわたっていくような気がした。
「ふぅ、これはこれで身体に染みわたる気がする」
「よかった。いっぱい作ってあるから、みんなにも飲ませてあげるね」
「ああ、それがいいかも」
俺はそう言うと、台所に転がっている大人たちを次々に起こしていく。
「うぅ、ワイとしたことが飲み過ぎたようや……おえええ、こら今日は仕事にならんでぇ」
「わたくしも少し酒を過ごしたようね。コレットお水頂戴」
みんな死屍累々の有り様?であったが、コレットの作った水を飲んで一息ついている様子だった。
そして、俺は最後まで起きずに反応に困る寝言を言い続けているラディナさんを起こすことにする。
「ラディナさん、起きて、起きて下さい」
「無理無理、今は無理だからぁ……フィナンシェ君、大胆すぎ。ちょっと、今は~無理~」
ラディナさんは俺の婚約者ではあるけど、まだそういった関係までは進んでいないので、寝言とはいえそういうことを言われると反応に困ってしまう。
「ラ、ラディナさん、みんなが居ますからっ! ほら、起きて下さい!」
「いやあぁん、フィナンシェ君……ダメ、ダメよ。ほら、みんながいるし」
なんかわざとやってるのではと思えるが、ラディナさんに覚醒している様子は見られなかった。
「起きて下さいよ。ラディナさん」
寝転がっているラディナさんの肩を揺すっていると、両肩を掴まれて一気に抱き寄せられた。
その勢いで俺の顔がラディナさんの胸に埋まる。
「ひょっとらひなさんっ!」
「あー、幸せ。フィナンシェ君と――!?」
そこでラディナさんの寝言が止まった。
そして、俺の顔が埋まっている胸の鼓動が早くなるのが聞こえてきた。
「はいー! ラディナさん、アウトー!」
エッチなことを常日頃から制止しているティランが、俺たちの頭上からバケツの水をぶっかけていた。
「げふげふ、なにが起こったの!? フィナンシェ君!? これって!!」
いきなりびしょ濡れになったラディナさんが目を覚ましていた。
同時になにが起きたのか理解できていないらしい。
「酔っ払いすぎですよー。エッチなのは禁止!」
「ああぁ! フィナンシェ君といいところだったのにー!」
「いや、まぁ、今もいいところなんですけどね。俺的には……」
俺を胸に抱きしめていることに気付いたラディナさんが、そっと手を放してくれた。
先に立ちあがると、びしょ濡れになったラディナさんに手を差し出す。
彼女は自分が何をしていたのか察したようで、顔が真っ赤になっていた。
「ご、ごめん。フィナンシェ君!」
「いや、いいですって。あの騒ぎでラクサ村の人たちは迷いなく逝けたでしょうかね?」
「ええ、きっと逝けたと思うわ。付き合ってくれてありがとね」
寝起きではあるが、ラディナさんの瞳の奥にあった悲しみ色は少しだけ薄まったように思えた。
それから俺たちはコレットの胃に優しい粥の朝食を食べた。
その後、ラクサ村の子たちは仕事に向かい、俺たちは家の後片付けをすることにした。
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