第六十一話 領主と詐欺師
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※ザフィード視点
「ヨハネのやつは見つかったか?」
反逆者となったヨハネを追跡させている衛兵隊長が屋敷に報告しに現れていた。
「いえ、残念ながら市街地で追跡を振り切られて見失ってしまいました。ですが、やつは足や肩に矢を浴びており、そう遠くまでは逃げられぬはず。すぐに見つけ出してみせます」
衛兵隊長は私の命令に忠実ではあるが、打てば響く知恵者のヨハネとは違い、いかんせん知恵が回らぬ男である。
そんな男の安請け合いの成功率は低いと見積もらなければこちらが損をしてしまうだろう。
損をしないように見越して保険としてかけていた娘の捕縛の状況を聞いてみる。
「娘の方はどうだ。神殿で無許可の炊き出しをずっと続けていたそうだが。捕縛できたか?」
衛兵隊長の顔色が蒼く染まる。
どうやら彼は私の指示を忠実に実行できなかったらしい。
「い、いえ。人員は送りましたが炊き出しに集まっていた住民の排除に手間取り、到着した時には炊き出しを行っていたアリアンは、手伝っていた者たちと一緒に姿を消していました」
衛兵隊長の報告に怒りを覚え手にしていた筆を折ってしまった。
治安を任せる衛兵隊長がこの程度であるからには、嫡男マルドーが復活したあと、次代を任せられる家臣を新たに見繕わねばならぬか……。
私は簡単には死ねぬな……それに住民たちもクレモア家に反抗すればどうなるか思い知らせておかねばならん。
誰がこの街を大きく育て、維持してきたのかを分からせる時期でもあるようだ。
「だったら住民を拷問してでも行き先を吐かせ――」
怒りに任せて声を荒げると、隣の部屋で蘇生の儀式の準備をしていたミドリル先生が声をかけてきた。
「ザフィード殿、住民は慈しまねばなりませんぞ。あまり痛めつけては嫡男マルドー殿が復活された後に差し障りますゆえ」
「ミドリル先生!? これは失礼をした。儀式の準備の邪魔をしてしまったようだ……。お許しあれ」
私は衛兵隊長に下がれと手で指示を出すと、ミドリル先生にソファーを勧めた。
「謝罪には及びません。それに探していた例の品物も、冒険者がようやく手に入れて持ち込んでくれましたので儀式の準備はほとんど完了致しましたぞ」
「本当ですか! ついに霊鳥の卵を入手したと」
「ええ、これでマルドー殿の復活は間違いない。差し当たって冒険者たちに支払う報酬が足りぬので、あと三億ガルドほど用意して――」
三億……無理だ、どれだけ絞りつくしてもそんな金は出てこない。
「と、言いたいところですがザフィード様には色々として頂きましたので、三〇〇〇万ガルドだけ負担していただきたく」
ミドリル先生はこちらの内情を知ってくれているので、格安な負担でいいと言ってくれたいた。
三〇〇〇万ガルドならなんとか捻出できるはずだ。
これで、マルドーが復活すればクレモア家もまた復活するはず。
「承知した。すぐに金を手配させますので、儀式の日取りを教えてください」
「では、三〇〇〇万ガルドを負担して頂いたあと、二日後に開催すると形でどうでしょうか」
「分かりました。すぐに金は用意します」
そう言った私は部屋を出ると、資金を捻出するために墓地神殿に向かった。
※ミドリル視点
領主ザフィードが血相を変え部屋から出ていった。俺のためにあと三〇〇〇万ガルドを工面してくれるようだ。
ハッキリ言って笑いが止まらない。
詐欺師として三〇年生きてきたが、このガーデンヒルズでこれほど大きな仕事ができるとは思わなかった。
すでにこの街から巻き上げた資産は二〇億ガルド以上にのぼり、貴金属に変えてオークが率いたゴブリンたちによって壊滅した廃墟の村に隠してあった。
本当に笑いが止まらない。
あれだけの金があれば、名を変えて他国に移り住み、貧乏貴族から爵位でも買って貴族として好き勝手に生きられそうだ。
冷凍の魔法で凍結させてある息子の死体も、一部腐乱が始まってきててもたなそうだし潮時だろう。
ちょうど部下たちが、ハイガーデンに転がってたいかにも霊鳥の卵っぽく見える大きな卵を拾ってきたしな。
まったく霊鳥さまさまだぜ。
俺は顔を見せないためにずっと着けている仮面の奥で、ほくそ笑むのをやめられなかった。
しばらくして、墓地神殿から戻ったザフィードが先代の墓を暴いて持ち出した副葬品の品々を俺の前に並べていた。
「これでざっと三〇〇〇万ガルド以上の価値にはなるはずです。どうか、これで息子の復活を」
目の前に並べられた貴金属でできた装身具は確かに三〇〇〇万ガルド以上の価値はあると思われる。
これが最後の金になるだろうし、この辺で手を打ってずらかる準備をするか。
「承知しました。では、今宵より墓地神殿にて復活の儀式の最終準備をいたしますので、絶対に誰も近づかせないでください。用意ができましたら私の方からザフィード様を呼びに参ります」
「ああ、分った。衛兵たちにもそう申し伝えておく」
くくく、馬鹿なやつだ。
死人が復活するなんてあり得ないのにな。
それでも俺のためには十分に役に立ってくれたから、精々住民蜂起で城門に吊るされないことだけは祈祷しといてやろう。
俺は目の前の憐れな男に一瞥をくれると、逃げ出す準備をするために墓地神殿へ足を向けた。
日暮れが迫り薄暗い神殿の中にはそれらしい魔法陣をすでに描き終え、部下たちはそれっぽい儀式を行っている様子をしてろと命令してあった。
「お頭、さっき領主が血相変えて墓を暴いてましたがそろそろ潮時ですかい?」
「ああ、そろそろトンズラするぞ。一斉に逃げるとバレるから落ち合う場所は言ってあるとおりハイガーデンの坑道を抜けた先だ」
まぁ、俺は一人で廃墟の村に向かうがな。
金を隠した場所を知ってるのは俺だけだし。
お前らは精々、俺の逃げ出す時間を稼ぐための囮として頑張ってくれ。
この詐欺をするためだけに雇ったこいつらもそれなりにいい思いしたから満足してるだろうしな。
「わっかりました。逃げ出す準備はほぼ終わってるんで。それと、この卵どうします? それっぽく赤く塗っておいたんですが」
霊鳥の卵代わりに拾わせてきておいた卵は真っ赤に塗られていた。
大きさからすると、きっとロック鳥の卵が巣から割れずに転がり落ちた物だと思うが、実にソレっぽい卵に見えた。
一瞬、これを霊鳥の卵だと別の貴族か大商人に売りつけようかと思ったが、移動させるには人手がかかるので欲を出さず放置することにした。
「魔法陣の真ん中に死体と一緒に並べておけばいいだろ。どうせ、偽物だし――」
そう言った瞬間、地面が揺れるほどの大きな衝撃が神殿の中にいた俺たちを襲っていた。