第五十九話 脱出
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ヨハネさんが領主の説得に向かったあと、俺たちはいつも通り街の人たちへ炊き出しを続けていた。
しかし、その炊き出しの列の最後方で悲鳴のような声があがった。
「ヨハネ様が怪我をされているぞ!」
街の人に肩を借りて、足を引きずりながらヨハネさんが戻ってきていた。
見ると足には矢が刺さっているようである。
「父上、その怪我は……まさか……」
「すまん、わしの見込みが甘かった。すでにザフィード様にわしの言葉が届く状態ではなかったようだ。蘇生魔術師を名乗るミドリルの言葉しかザフィード様には届かぬ」
街の人に肩を借りて俺たちの前に現れたヨハネさんは、申し訳なさそうに頭を下げていた。
やっぱりというか、ラビィさんが予想してた通りというか、ご領主様はすでに正常な判断が下せる状況ではなかったみたいだ。
「ヨハネ叔父さん、その様子だとご領主様に諫言を遠ざけられただけではなさそうですね……」
「バイスの言う通りだ……わしはクレモア家に対し叛乱を起こしたとして、衛兵とミドリルの配下に追われておる」
「叛乱!? 父上が!? なぜ、そのようなことに」
叛乱と聞いたアリアンさんの顔色が変わっていた。
「ヨハネさん、叛乱ってどういうことです? ご領主様に街の現状を伝えて、施策を変えてもらう話し合いをしに行っただけですよね?」
ヨハネさんの様子から急に話が大事になったことで、隣にいるラビィさんやエミリアさんの顔にも緊張感が漂っているのが見えた。
俺もヨハネさんがご領主様と話し合いをつけてくれて、このガーデンヒルズが少しでもいい方に向かうだろうと思っていたところだったんだけどな。
どうして叛乱なんて話になったのだろうか……。
「フィナンシェ様! 衛兵たちがこっちに向かってます! 完全武装してえらい剣幕ですぜ! どうやら、ヨハネ様を追ってきてるらしい」
ヨハネさんに話を聞こうとしていた俺たちのもとに、衛兵たちの様子を探っていたマーモットさんが駆け込んできた。
「衛兵どもが動いたか、もう時間の猶予がない……フィナンシェ殿、すまないがわしの依頼を受けてくれぬか?」
「依頼? 依頼ですか?」
「ああ、すまないがわしとバイスとアリアンを近くの街に送り届けて欲しい。謝礼は弾む」
「えっと、街から逃げ出す手伝いをして欲しいということです?」
街の人たちの視線が一斉にこっちに向いた。
ヨハネさんを助けるためとはいえ、生活に困窮している彼らを見捨てていくのは心苦しい。
「違うのだ。そうではない。そこのバイス・クレモアに正式にこのガーデンヒルズの領主を就任させるためには王国の承認を得ねばならない。そのためにはこの街をいったん外に出て王都の宰相と連絡を取らねばならんのだ。わしもこのガーデンヒルズを見捨てるつもりなど毛頭ない」
ヨハネさんの発言に近くにいた街の人がざわつく。
今、バイスさんがここの領主になるとか言った気がしたけど……俺の聞き間違いだろうか?
隣にいたラディナさんが俺の脇腹を肘で突いてきた。
『今、バイスさんが領主になるとか聞こえたけど、ただの冒険者がいきなり貴族って普通はないよね?』
『ラディナさんもそう思いました? バイスさんってこの街出身とはいえ冒険者ですもんね』
二人でヒソヒソと話していたら、ヨハネさんが補足の説明をしてくれた。
「バイスは先代様の末子。バイス・クレモアであり、現当主ザフィード様の異腹弟なのだ。相続争いで命を失わぬよう先代様からわしがお預かりし、ザフィード様が当主になられた際、他の街の知人に預けたのだ」
「ははーん、叛乱と言われた意味が理解できたで。バイスを担ぎ上げて新たな領主にして、ザフィードに全部の責任を取らせて引退を迫ったんやろ。それを拒否られて叛乱者として追われたということやな」
ラビィさんが叛乱者にされた理由を指摘すると、ヨハネさんの顔色が変わっていた。
どうやら図星だったようだ。
「ラビィ殿の申される通り、最終手段として切ったカードが裏目に出てしまいました。ですから、いったん街を抜け出し王国の助力を借りてザフィード様とミドリルを打倒せねばなりません」
ヨハネさんの最終カードも拒否されたことで、ガーデンヒルズの事態は深刻さを一段と増した俺も理解していた。
ただ、この場で一人だけ事態を把握しきれてない人物がいた。
バイスさんが固まっている気がするんだけども……。
さすがにいきなり貴族の隠し子だって言われて混乱しているみたいだ。
俺も自分がバイスさんの立場だったら、そういう反応しかできないと思う。
「バイス様! バイス様! お気を確かに!」
アリアンさんが放心状態のバイスさんの肩を揺すっていた。
出生の秘密がご領主様にバレたからには、バイスさんもヨハネさんと同じように捕まえられる対象になっているということなんだよな。
「あ、ああ。ヨハネ叔父さんが意味の分からないことを言い出すから……」
「バイス、理解しろと言わないが事態は急速に動いている。ここにいたらわしと一緒に捕まってしまうとだけ理解しろ!」
「フィナンシェ様! 衛兵がすぐそこまで! 街の連中で足止めしますんで、バイスさんとヨハネさんたちを連れていったん抜け道から逃げてください」
マーモットさんが近場にいた街の人を連れて、衛兵たちの前に壁を作っていく。
事態の急速な変化に戸惑うのは俺も同じだったが、このままここにいたら街の人にも迷惑がかかるし、ヨハネさんたちも捕まるだろうし、自分たちも捕まる可能性も出てきた。
ラディナさんやコレットをこれ以上危険に巻き込むのもマズいだろうな。
いったん街の外に出て様子を見る方がいいかもしれない。
「ラビィさん、エミリアさん。いったんヨハネさんたちを連れて街の外に出ようと思いますがいいです?」
「ああ、ここに残ると領主と全面戦争になりかねん。どうせフィナンシェのことやから、この街をどうにかすると言い出すやろし、そのためにはいったん引いて、態勢を整えた方がええな」
「領主と全面戦争とはフィナンシェちゃんは見た目より過激ね。わたくしが大規模攻撃魔法で領主の館ごと吹き飛ばしてもいいわよ」
二人とも俺はご領主様と全面戦争するなんて一言も言ってませんけど!
ヨハネさんたちの脱出のお手伝いするって言っただけですけども。
まぁ、ここまで関わったら最後までお手伝いする気はあるけど、本来は火炎岩を取りに来ただけだからね。
それにラディナさんとコレットは危ないから街の外で安全な場所を確保したいしね。
「ヨハネさんたちの護衛依頼受諾を承知してもらえたと思いますけど、二人とも俺の話はキチンと聞いてくださいね」
「でも、あっちが折れなかったらやっちゃうんだよね。フィナンシェ君だから……。必要なら館ごとあたしが解体するけど」
ラディナさんまで過激なことを! みんなは俺のことをどう思っているんですかね……。
「フィナンシェお兄ちゃんだから、きっとやっちゃうよね……コレットもお手伝いしないと」
コレットもご領主様と戦うってことは、犯罪者になる可能性があるんだよ。
そんな危険なことを俺がするわけがないじゃないか。
なるべく、話し合いもしくは穏やかな行為でこの街が救われるように尽力はするけどさ。
「ヨハネさん、仲間の同意がとれたみたいなので護衛依頼引き受けます。まずは街から出ましょう」
「おお、フィナンシェ殿……かたじけない」
「では、外に通じる抜け道の案内はわたしがいたします。馬車は通れないと思うのでこちらに置いたままになりますが……」
「分かりました。緊急事態ですししょうがないです」
アリアンさんが脱出路となる抜け道の案内を買って出てくれた。
俺たちは馬車のことは街の人に任せて、ヨハネさんを担ぐと街を抜け出すことにした。
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