第五十七話 ヨハネさん
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俺たちがガーデンヒルズで炊き出しを手伝うようになって一週間。
噂が噂を呼び、今日もすでに炊き出しを待って街の人たちが長蛇の列を作っていた。
この一週間で食糧はある程度、街の人たちに行き渡り、最初は血色の悪かった人たちも今では元気を取り戻しつつある。
そんな炊き出しを続けた結果、俺のリサイクルスキルもLV40を超え、あらたにパッシブスキルの『☆生物系成功率15%アップ』が解放されていた。
それと、街の人たちも薄々だが、大量の食糧の出所が神殿ではなく、外から来た俺たちであることを察しているようで、感謝の印として大事に隠し持っていたであろう先祖伝来の壺や刀剣、鎧などをこっそりと神殿に置いてってくれることもあった。
けど、たかが炊き出しをしたくらいで、そのように大切な物は頂くわけにいかないので、リサイクルスキルで品質を上げ綺麗にしてから、アリアンさんに案内してもらいこっそりと本人に返却してまわっていたのだ。
ラビィさんやエミリアさんは呆れてる感じだったけど、使わないようなゴミならまだしも、大事なお宝を俺がもらうのは筋が違うような気がしたのでしょうがいない。
おかげで炊き出しにお宝を寄進すると、綺麗になって帰ってくるとかいうよく分からない噂まで飛び交うようになり、さらに集まる事態に陥ったのは言うまでもなかった。
そんな事件もあったが、おおむね炊き出しは平穏に行われ、街の人たちも神殿や俺たちに信頼を寄せ、領主や衛兵のたちの動向を注進してくれる人も出てきていた。
「フィ、フィナンシェさんっ! てーへんだっ! てーへんだ!! 衛兵の手入れがあるってよっ!!」
炊き出しをしていると、街の人が血相を変えて飛び込んできた。
神殿に飛び込んできたのは炊き出しの常連で衛兵たちの武器の研ぎ師をしているマーモットさんだった。
「へ? 手入れってなんでです? 俺たちはただ炊き出しをしてるだけですよ。法に触れてないはずですが」
「ところがどっこい、衛兵たちの話では領主と結託して外から食糧を運んで荒稼ぎしてた商人が炊き出しで物が売れなくなって大損害だと直訴したらしいんで。それを聞いたご領主様が神殿の分際で食糧をタダで配りまわるのはけしからんと激怒されたようで、アリアン様と炊き出しを手伝ってる連中をひっ捕らえろとのご下命が下ったそうで、手入れが入るって寸法でさぁ!」
ちょっと意味が分からない……領主様は街の人たちを餓死させるつもりなんだろうか。
今、俺たちが炊き出しをやめれば、ようやく芽生え始めた住民たちの希望は潰え、この街は完全に廃墟へまっしぐらになるしかないと思うんだけど。
「商人が大量の袖の下を領主に渡したと見るのが正解やろな。領主も金を産み出せへん炊き出しには旨味もなにも感じておらへんやろし、金を払った商人の肩を持ったちゅーわけか」
ラビィさんは炊き出しの具沢山スープを腹いっぱい食べて膨らんだ腹をさすりながら、領主様の思惑を語っていた。
そこまでしてお金を欲しいのか……。
「ラビィパパ、エミリアママご領主様は街の人のこと考えてないの? みんなこのままだと死んじゃうよ」
「考えてないかもしれませんわね。へんな魔術師をそばに置いてると聞いてますし、それに死者復活にご執心の様子。わたくしが知る限り死者の蘇生にとりつかれた人にまともな人はただ一人もいませんでしたわ」
「やろな……魔術師たちが色々と領主を操って食い物にしとるちゅーんがほんとのところやろ」
「昔から色々とケチかったご領主様だけど、今は異常よね」
みんなの話をアリアンさんが心配そうな顔で見ていた。
そして、深々と頭をさげる。
「すみません、わたしが皆さんを巻き込んでしまったのでこのような事態になりました。炊き出しのお手伝いは本日までで結構です。すぐに出立の準備をして街から出て下さい。幸い近くには衛兵も知らない街の人が作ったハイガーデンへの抜け穴もあります。フィナンシェ様たちはご自分たちのご依頼を果たしてお帰りください。あとの罪はわたしがすべて背負うのでご安心を。こう見えてもわたしの父は領主の重臣であるヨハネ・ブルムスタークですので、お叱りこそ受けるでしょうが、命までは取られることはないはず」
驚いたことにアリアンさんはこのガーデンヒルズの領主の重臣の娘だった。
「オレもアリアンのそばにいることにした。こいつとは母方の親戚で一緒の家で育った幼馴染だし見捨ててはおけん。フィナンシェさんには悪いが護衛依頼はここまでにしてくれ」
バイスさんやその仲間たちもここに残ると言い出した。
「バイス様……フィナンシェ様たちと一緒にお逃げ下さい」
「いや、もう決めた。街の惨状を放ってはおけないオレはここに残って自分にできることをやる」
「皆さん落ち着いてください。衛兵さんやご領主様とも話し合えば――」
俺が衛兵の手入れに慌てるみんなを落ち着かせようとしていたら、その時、神殿のドアが開け放たれた。
「その必要はない。この件はわしが預かるからここで大人しくしておけ」
見ると、真紅に染められた外套を羽織り、筋骨たくましい体に仕立てのいい服を着た初老の男性が立っていた。
「ち、父上!? なんでここに? 王都に資金援助の件でこの二年はずっと詰めておられたはず?」
「色々とこの街の噂が流れてきて、国王様から事実の調査をしなければ資金援助を引き出せなくなって戻ってきたのだ」
「ヨハネおじさん!? か、変わってねぇ。おじさんもけっこういい歳だよな?」
つかつかと神殿に入ってきたのはアリアンの父で領主の重臣だというヨハネさんだった。
「おぉ、バイスもいるのか! 久しぶりだな! なんでこの街に戻ってきたんだ? 冒険者をしてると便りをもらった記憶があるが」
「こっちにいるフィナンシェさんたちの護衛兼案内係として一緒にこの街にきたんだ」
「そういうことか。ここに来るまでに色々と情報を集めてきたが、その少年たち一行が今回の騒ぎの元凶らしいな」
ヨハネさんの厳しい視線が俺たちに向け注がれた。
騒ぎの元凶って……俺たちは街の人が餓死するのを助けただけなんだけどな。
この人は領主様の家臣だから、お金を生み出さない炊き出しに否定的な人なんだろうか。
俺がヨハネさんの視線を受けて、いぶかしんでいると、目の前に来て膝を突き、額を床に擦り付けていた。
「このたびは我がガーデンヒルズの街の住民を餓死からお救い下さり、まことにありがとうございます。本来であれば、我が主君がいたすべき炊き出しの施策をフィナンシェ殿御一行が私財を投げ打ってされたと聞き及び、その厚い義侠心にこのヨハネ感服つかまつりました。それに街の者たちからも、寛大な処置を頼むと懇願されておりますので、絶対にフィナンシェ殿たちにはご迷惑がかからぬよう、この一件はわしがすべての責任を負って収めさせます。なにとぞ、しばらくのご猶予を頂きたく」
「あ、頭を上げてください。貴族の方にそんなことをされると困りますから」
「いえ、これくらいしかわしにはできませんので……主君の代わりに王都へ資金援助を頼みに行ってはや二年の月日が流れたとはいえ、街がこれほどの惨状に陥っているとは露知らず……フィナンシェ殿たちまでにご迷惑をかけたとなれば、首を置いていくしか」
「刎ねなくていいですから!」
ヨハネさんは深刻な顔で自らの剣を抜きかけたので、慌てて抜くのを止めた。
「おっさんはここの領主の重臣らしいのぅ。はよ、主君のところに行って、変なことを吹き込んどる魔術師どもを追放した方がええで」
「その件も承知しております。主君ザフィード様はわしがかならず説得して、この馬鹿げた騒ぎをやめさせます」
「おっさんの説得に聞く耳を持つかどうか……期待は薄そうやがな。いっそのこと、隠居させて別の領主にすげ替えて統治した方がええんちゃうか?」
「オレもそう思います。こんなふざけた統治をしているくらいなら、いっそ別のご領主様を立てた方がいいと思う」
バイスさんも今の領主に憤りを感じているようで、ラビィさんが示した隠居の方針に同意していた。
その様子を見たヨハネさんが顔に苦悩の色が浮かんでいるのが見て取れた。
主君を隠居に追い込むのはやはり家臣として辛いとは思うけど、この状況を改善するには今の領主様ではいつまで経っても埒があかない。
「バイス、お前がそれを望むか?」
苦悩しているヨハネさんから意味深な言葉が漏れるのを俺は聞き逃さなかった。
ヨハネさんは何か重大な秘密を知っているような気もするが、それを明かすかどうか迷っているようにも見える。
「ヨハネさん、顔色がちょっとよろしくないようですが……大丈夫ですか?」
「ああ、いえ大丈夫です。わしはこれからすぐザフィード様のお屋敷に向かうので、フィナンシェ殿たちはこのまま炊き出しを続けてもらって大丈夫です。すでに衛兵隊長には手入れをやめよと申し伝えてありますのでご安心ください」
すでにヨハネさんによって衛兵たちの手入れは中止されているようだ。
手入れさえ行わなければ、炊き出しをやめる理由もないので続けて行うつもりである。
「分かりました。ヨハネさんがご領主であるザフィード様の説得に成功することを期待しております」
「フィナンシェ殿……ありがとうございます。バイス、アリアン、二人はフィナンシェ殿のもとでしっかりと炊き出しの手伝いをいたせ。あとのことはわしに全てを任せよ」
「承知しました」
「分かった。ヨハネおじさん……頼む、オレはこの街を救いたい」
「そうか、お前の気持ちは受け取った。すべて、わしが上手くやるから安心せい」
そう言うと、ヨハネさんは俺たちに頭を下げて、神殿から領主ザフィード様の住む邸宅に向かっていった。