第五十二話 入市税
漁村からしばらく馬車で走ると、目的地である高い山であるハイガーデンを背後に抱えたガーデンヒルズの街が見えてきた。
街はハイガーデンの山すそにへばりつくように作られ、各区画が城壁で区切られているようだ。
「あんな場所に街ができるんですね……。平地に街を作った方が断然楽だと思うんですけど……」
「ああ、そうよね。でも、お父さんに聞いた話だけどガーデンヒルズは元鉱山の街だったそうよ。金鉱山がハイガーデンにあって鉱夫が集まってできた街らしいの。領主も鉱夫頭から財力で成り上がった人だったらしいわ」
「へぇ、元金鉱山の街かいなぁ。一攫千金を狙って集まった山男たちの作った街の成れの果てってところやな。昔、金山、今、霊鳥ってところやろ」
ラビィさんもお金は大好きなはずだけど、目の前に見えるガーデンヒルズの街を心なしか侮蔑しているような顔つきだった。
馬車が坂道を進み、街並みが近づいてくると、ガーデンヒルズの街の外に大量の野営テントが張られているのが見えてきた。
「テントがいっぱい並んでるねー。みんな街に入らないのかなぁ?」
城壁の外にできたテント村を見ていたコレットが不思議そうに頭を傾けていた。
これって……冒険者が野営で使うテントの類だよね。
なんで、街の外にいるんだろうか。
「きっと街中だと色々と金を取られるから、外で野宿してハイガーデン行く道を探しとるんやろ。霊鳥に飛びつく冒険者なんか懐の寂しいやつらやで、きっと」
ラビィさんの言うことにも一理あると納得していると、前方から争う声が聞こえてきた。
「街の郊外で野営する者にも宿泊税は発生する。そして、燃料用の薪を取れば、燃料税を徴収、水も同じく取水税を課すことになっているのだ。逆らえば、犯罪者として取り締まってよいことになっている」
「そんなの聞いてねぇよ。街道を使ってこの街にくるまでに何度も関所で金を支払ってやっと着いたと思ったら、金をまた払えだぁ?」
街の入り口付近で冒険者と衛兵が言い争っているのが目に飛び込んできた。
軽装の冒険者は五人、その倍の人数はいる衛兵は完全武装しており、いざ戦闘になれば結果は見えているように思えた。
「ご領主様からそのようにせよと言いつかっておる。このガーデンヒルズで活動するには金が無ければならんということだ。金がないなら、また街道の関所で金を払って元の街へ帰るがいい」
「ふっざんけんなっ! この街にくるまでに金を全部使い切ってこっちはすっからかんだっつーの! ここで霊鳥の卵を手に入れて一攫千金しないと首を括るしかねえんだよ!」
「そのようなことは私らのあずかり知らぬこと。街中に入りたければ入市税、外でテントを張るなら宿泊税等々を納めよ。嫌なら帰れ!」
衛兵が詰め寄った冒険者を突き飛ばすと、そのことが引き金となり、喧嘩が始まった。
「ラ、ラビィさん大変です。喧嘩ですよ。喧嘩!」
「フィナンシェちゃんも真面目ねぇー。冒険者と衛兵の喧嘩なんて日常茶飯事ですわよ。いちいち首を突っ込んでいたら身体が持ちませんわ」
エミリアさんは目の前の喧嘩に興味はないようで放っておくべきだと言いたげにしていた。
「そういうものですかね……。でも、あのままだと怪我人が出ちゃそうですし、ちょっと止めてきます」
「フィナンシェ君! 危ないから一人で行っちゃダメよ」
荷馬車から飛び出した俺をラディナさんが一緒に追い駆けてきていた。
ラディナさんを巻き込むつもりはなかったけど、付いて来てしまったのならしょうがない。
「ラディナさんも危ないですから。俺の後ろにいて下さいね」
「う、うん。でも、無茶しないでね」
「大丈夫です。喧嘩を仲裁するだけですから」
俺はラディナさんを背後に従えると、喧嘩を始めた冒険者と衛兵の仲裁に入った。
すでに取っ組み合いから殴り合いに発展しており、両方とも血が上っている様子であった。
「あ、あの!! 双方とも喧嘩はやめてください!」
「ああっん!! うるせえ、小僧は引っ込んでろ!」
「お前もこの冒険者たちの徒党か!? 邪魔をすると子供とはいえ、ひっ捕らえるぞ!」
喧嘩をしている両者から恫喝に近い言葉を浴びせられたが、怯むことなく間に割って入った。
やたらと高品質な防具のおかげで下手な武器ではダメージが入らないことを知っているからこそ、こんな喧嘩の仲裁に入ってもいける。
冒険者の拳が俺の身体を打つが、堅い防具に阻まれ顔をしかめるのが見えた。
「かってぇ! 鎧着てやがった。拳が砕けちまう」
「小僧、こっちは捕り物の最中だ。邪魔をするなら、この槍の餌食に――」
衛兵が仲裁に入った俺に槍を向ける。
さすがに突かれたくはないので、腰の魔法剣を引き抜き、槍先と柄を切り離していた。
「なっ!? 槍先が切り飛ばされただと!?」
「落ち着いてください。お互いきちんと話し合いで済ましましょう」
「あ、ああ。そうだな……。そんな剣を振り回されたらかなわん」
「分かった。分かった。話し合いに応じる」
俺が衛兵の槍先を一刀で切り飛ばしたことで、双方とも冷静さを取り戻しつつあった。
喧嘩が始まったことで野営していた冒険者たちも野次馬として大挙して集まっていた。
そういえば、いろんな人の前で魔法剣を使っちゃったよ……なるべく見せるなってこと忘れてた。
「おい、あいつの持つ剣を見たかよ。刀身が光ってたから、絶対に魔法剣だろアレ」
「光の魔法剣なんて滅多に出ないレアな魔法剣だろ」
「どこかの金持ちの息子が道楽で冒険者やってるだろ。女子供を連れてるし、兎人族の御者が荷馬車でついてきてるようだしな」
野次馬に集まった冒険者たちの視線が、俺とラディナさんに集中する。
困った……こんなに目立つ気はなかったんだけどなぁ……。
喧嘩の仲裁に入って困った顔をしていた俺に助け舟を出してくれたのは、あとからきたラビィさんであった。
「はいはいはい、ご苦労さん、ご苦労さんやで。うちのフィナンシェがちょっと出しゃばってしまったようやけど、喧嘩もおさまったようやし、冒険者の兄さんたちはうちらの護衛依頼を受けて先行してくれたんや。衛兵さんもそない気張らんと金はうちらが払うよって安心してええで」
隠している眼帯を上げ、赤い眼を光らせたラビィさんは、衛兵と冒険者たちに対し口舌スキルを発動していた。
「あ、ああ。そうだった。俺らはそこの坊ちゃんの護衛として先行していた冒険者だったな。雇い主さん、悪いが入市税を払ってくれると助かる。手持ちの金が尽きちまってなぁ」
「そういうことであれば、そちらの方が入市税をきちんと支払えばこたびのことは見逃すのもやぶさかではない。我々も争いは好むわけではないのでな」
ラビィさんがトコトコと衛兵の前に歩いて行くと、革袋から金貨を取り出していた。
「それで入市税は一人なんぼになるん?」
「ガーデンヒルズへの入市税は一人、五万ガルドとなっておる。そちらの五人と後の五人を合わせて五〇万ガルドを支払うように」
「ブフゥっ!!」
革袋を持ってお金を支払おうとしていたラビィさんが、入市税の額の大きさに吹き出していた。
「ありえへん、ありえへんでその金額。たかが、街に入るのくらい精々多くても五〇〇ガルドやろ。一人五万ガルドなんて法外な値段を払えるわけ――むぐぅうう」
なにかもう一度揉めそうな気配だったので、ラビィさんの口を封じると、革袋を丸ごと衛兵に差し出して五〇万ガルドを支払った。
「うむ、十人分の入市税、しかと頂いた。入るがよろしい」
衛兵が勘定を終えると、ガーデンヒルズの堅く閉ざされていた城門が開く。
「むぐごがぁっ!!」
「ラディナさん、それにそちらの護衛の皆さんもとりあえず中に入りましょう。さぁ、急いで。エミリアさん、荷馬車の移動頼みます」
「はーい、コレット動くから席に着いてね。それと、ラビィちゃんの顔色が青くなってるからそろそろ息を吸わせてあげてね」
「ちょっと今はまずそうなので、中に入ってからちゃんと――」
暴れるラビィさんの口を封じたまま、俺たちはそそくさとガーデンヒルズの中に入っていった。
本当に驚くほどお金がかかる街であると改めて認識させられることになった。