閑話 手袋の秘密
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「フィナンシェ君ー!! 海、海の上を走ってるわよー!」
ラディナさんが少し刺激的なビキニの水着姿で甲板の外に広がる海を見て喜んでいた。
なんで水着姿なのかというと、アメデア周辺は温暖な気候で、遮る物がない甲板上は結構な暑さになっているからだ。
なので、俺も上半身は裸になっていた。
アメデアでグイン船長さんに水着を買っておけと言われた理由が理解できたな。
さすがに直射日光が当たると暑いや。
「フィナンシェお兄ちゃん! お船はやーい! 楽しいよぉー!」
コレットもワンピースの水着を着て、はしゃいでいる。
ラビィさんとエミリアさんの養女として俺のパーティーの一員となったが、何でも一生懸命に取り組む子で雑用係として重宝していた。
おかげでエミリアさんもラビィさんも、コレットにはデレデレになっているんだけどね。
もちろん、一人っ子だった俺としても可愛い妹みたいな存在になりつつあるだけど。
「ロリー・バート殿も意外と太っ腹やな。ワイらのパーティー専属としてグインのおっちゃんの船を貸し与えてくれるなんてな」
「フィナンシェちゃんのことを相当気に入っているのかもね」
「いや、あくまで塩取引の維持のためにグイン船長さんの船はお借りしてるんですって。ちゃんとそうロリー・バートさんにも言いましたから」
「いやいや、塩の取引も大事やが、それだけで沿岸用の小型船一艘をまるごとは貸さへんで」
た、確かに塩の取引だけなら定期輸送隊の人に頼んで配達してもらえばいいのか……。
それに自由に使っていいって言われるし……。
でも、俺の持ち物ってわけじゃないからあまり無茶をしないようにしないと。
「フィナンシェ殿、ラビィ殿の言う通りですぞ。俺たちのことは自由に使ってもらっていいとオーナーからの許可ももらってますし。このラグランジュ号は櫂で漕いで河川の流れも遡れますからね」
甲板で忙しそうに水夫たちへ指示を出していたグイン船長さんが俺の隣に来ていた。
ロリー・バートさんと俺の塩取引専属船という形ではあるが、実際の塩取引契約は暇なときにアメデアに来て作ってくれればいいとだけ言われてる。
実質、パーティー専用の船となっているのは否めないか。
でも、駆け出しの冒険者パーティーが専用の船を持つってのも非常識だよな……。
「その顔、自分には分不相応だって思ってますね。謙遜は美徳かもしれませんが、フィナンシェ殿はそれだけのことを成し遂げた方なので、多少は偉ぶってもらったほうがこちらも安心できるってもんですよ」
「はぁ、全く自分に自覚がなくて困ってますが……」
「ハハハ、フィナンシェ殿らしいと言えばらしいですな。まぁ、そのうち慣れると思いますぞ。おや。ラディナ嬢が呼んでるおられるみたいですな。せっかくの船旅ですし、婚約者殿とのデートを楽しんで下さい」
ラディナさんが呼んでいるのに気付いたグイン船長さんが笑いながら俺を押し出していた。
「うわっととと!?」
押し出された勢いと、波の影響でバランスを崩した俺は甲板の縁にいたラディナさんへ抱きついていた。
「だ、大丈夫?」
ラディナさんは心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
水着を買いに行った時、けっこう刺激的なビキニを選んだ時はどうしようかと思ったけど、やっぱラディナさんが着るとなんでも似合っちゃうんだよな。
エミリアさんにのせられて選んでたみたいだけど、これはこれでやっぱりありだったかも。
「は、はい、大丈夫です。ラディナさんこそ大丈夫ですか」
俺はすぐにラディナさんから離れると怪我などしていないか聞いていた。
「う、うん、大丈夫だよ。そ、そう言えばこの水着ってどうかな? エミリアさんに派手な方が似合うって言われたから選んだけどフィナンシェ君の趣味に合ってる?」
実に返事に困る問いかけかも……。
とんでもなく趣味に合ってますとか言ったら変な風に思われないだろうか……。
それにあんまりじっくりと見るのも失礼だろうし。
「え、えっと……似合ってると思いますよ。うん、似合ってます」
ラディナさんのビキニ姿はちょっと俺には刺激が強すぎて中々直視できないや。
「なんかしっかりとこっちを見て言ってくれてないし、やっぱりおとなしめ水着の方がよかったかな……」
ラディナさんが自分の水着姿を見てちょっとしょんぼりとした顔をしていた。
そんなに落ち込まれるとこっちが悪い事した気分になるんですけど。
「い、いえ! ほんとに似合ってますって! 大丈夫ですって俺の好みですから」
「!?」
好みだといった瞬間にニッコリ笑顔とかするの卑怯じゃないですか?
確かに好み直撃ですけどそれを言わされたら恥ずかしさ倍増なんですが。
「よかったぁ、派手な水着だったからフィナンシェ君に嫌われてないかなって思っちゃった。あのね、こんな派手な水着を着るのはフィナンシェ君の前だけだからね」
確かにラディナさんのこんな姿を誰かに見せるわけにはいかない気がする。
美人で気立てがよくて家庭的なラディナさんって男性から見れば理想的な女性だし……。
彼女に見合う男になるため、自分自身も磨いていかないと。
喜んでいるラディナさんを見ながら、俺は自分が人としてさらに成長することを心に誓っていた。
「ラディナお姉ちゃん! お姉ちゃんってフィナンシェお兄ちゃんのスキルを発動させるための解体スキルを持ってるからいつもその手袋をしてるの?」
甲板を元気いっぱいに走り回っていたコレットが俺たちの間に入ると、ラディナさんの革の手袋を珍しそうにみていた。
そういえば、あの革の手袋って父親の形見だって言ってたなぁ。
あの手袋してると解体スキルは発動しなくなるってラディナさん言ってたし、逆にあの手袋がなかったらまともな生活を送れなかったとか言ってたぞ。
「そうよ。あたしはこの手袋してないと触れた物を全部解体しちゃうの。一五歳の時、スキルが初めて発動して父親の腕を解体しちゃったからね」
「お父さんの腕を解体しちゃったの?」
好奇心旺盛なコレットに悪気はないんだろうけど、この話題はラディナさんの古傷をえぐる気がするぞ。
やめさせた方がいいかな。
「コレット、その話は――」
「フィナンシェ君、別に大丈夫よ。フィナンシェ君のおかげであたしはこの力の使い道を知ることができたからね。病気で亡くなった父も喜んでくれてるはずよ」
ラディナさんは手に付けている手袋を愛おしそうに撫でていた。
「コレットちゃんが言った通り、あたしは初めてスキルが使えるようになった時、間違って父の腕に触れちゃったの。父の腕は解体され無くなっちゃったから、あたしはその日からずっと部屋に籠って唯一解体されない自分の身体だけ触れて泣いていたわ」
「ラディナお姉ちゃん可哀想……」
「でも、そんなあたしを見かねた父がこの手袋を贈ってくれたの。でも、後で父に聞いた話だけどあたしの力に困り果てた父が、旅で村に来ていた神父さんに腕を見せたらこの手袋を使うようにって譲ってくれたものらしいけどね」
「旅の神父様ですか……」
ラディナさんのお父さんも娘の力に困ってて、藁にもすがる思いでその神父さんの手袋を渡したんだろうけど。
普通、見ず知らずの人からもらった物とか娘にはあげないよね。
それにしても、ラディナさんの力が通じない材質っていったいどんな革なんだろうか。
ラディナさんが解体できない以上、再構成もできないし。
俺はラディナさんのしている手袋の材質が何でできているのかが気になってしょうがなかった。
「でね、父がその神父様に言われてたことがあって、『お嬢さんの力を活かせる人が運命の人』って言われたらしいの。だから、初めて触れた時、解体されなかったどころかスキルまで発動させたフィナンシェ君があたしが待ってた運命の人だって直感したの」
そういう事情があって、俺と初めて出会った時に運命の人って言ってくれたのか。
でもその神父さんって預言者なのかな、それにほとんどの物質を解体できるラディナさんの力の影響を受けない手袋を持っているというのは一体どんな人物だったんだろうか。
謎が深まった気がするけど、おかげでラディナさんは普通に生活できるようになったし、俺とも出会えたからな。
「フィナンシェお兄ちゃんが運命の人かぁ。いいなぁ、ラディナお姉ちゃん。コレットにも運命の人はいるのかな~」
「きっとコレットちゃんにもいるわよ。ねぇ、フィナンシェ君」
「え? あ、はい。コレットにもきっと運命の人はいると思うよ」
「あほかー! 運命の人か知らんへんがコレットはワイの娘やから、誰にも渡さへんでぇ!」
「わたくしの大事な娘なので王族でも求婚に来ない限り、嫁には出しませんわ」
コレットには面倒な親が居たのを忘れていた。
ラビィさんもエミリアさんも何だかんだ言ってかなり親バカなところもあるので、コレットを嫁にもらう人はかなり苦労するだろうな。
※三人称視点
水晶玉が映し出しているフィナンシェたちが船上で戯れている姿を眺める二人の女性の姿があった。
一人はサザクライン、もう一人は彼女の腹心であるバーリガルだ。
「で、あの手袋って何の革を使って作った物なんですか?」
「なんのって、それは例の暴走問題で亡くなった女神の飼ってた霊獣の皮よ。あの子の霊獣がスキルを作り出した元凶だし、唯一二人の持つ力の干渉を受けない存在だったからね」
「!? あの子の大事にしていた霊獣を犠牲にしたのですか?」
「なんでそんなに驚くのよ。ちゃんと霊獣の亡骸は埋葬したわ。二度とあの子みたいに亡くなる女神が出ないようにって自戒も込めて、精魂込めて作った手袋なんだけど」
「いつもながらサザクライン様のその非道さには感服いたします」
心外だと言いたそうにサザクラインは机を指で弾いていら立ちを表現していた。
その様子を見てバーリガルはこれ以上突っ込むのは得策ではないと話題を変えることにした。
「そういえば、神父を派遣したと言っていたようですが。あの世界は管理女神が死滅してて、この前まで暫定的にサザクライン様が管理してたはず。もしかして、あの神父はサザクライン様ご自身とか言いませんよね?」
「そうよ。私がラディナの父親に直接手袋を手渡したわ。自分の管理世界じゃないからどの子に解体スキルが宿るかまで把握できなったけど。発動してくれたおかげですぐに対応することができたんだからすごくない?」
「な!? 天なる国の主神が地上に降りられたとか何を言っているのか分かってますか!?」
バーリガルが血相を変えた顔をサザクラインに詰め寄っていた。
天なる国の主神ともなれば、数多ある管理世界を束ねるトップの人物であるのだ。
そんな人間が地上に降りていたと知られれば、色々と問題が発生してもおかしくなかった。
「しょうがないじゃない。誰もあの世界の管理を申し出なかったんだから。私自身がやるしかなかったよ」
「やる神?が居なかったとかいうのは確かにその通りですが、だからと言って……」
バーリガルが顔を手で覆って嘆息していた。
彼女からしてみれば、地上に降りるなどという仕事は駆け出しの女神が行うべき下賤な仕事だと思っているからだ。
そんな仕事を天なる国の主神が行っていたバレたら、天なる国を揺るがす大事件に発展するかもしれなかった。
「今はドワイリスが多分ちゃんと管理してくれてると思うし」
ドワイリスという単語に再びバーリガルが反応し、顔を険しくしていた。
「ドワイリスで思い出しました。あの子、やっぱりちゃんと事件前の報告書を読んでないみたいですよ。色々と画策してるみたいで、再び暴走問題が発生しないか不安でしょうがないのですが」
「とはいえ管理権はもうドワイリスに渡しちゃったからね。私にも手出しはできないわよ。あの子が賢明な判断をするように助言くらいはしてあげられるけど」
「だったら、サザクライン様からドワイリスにちゃんと忠告してあげてください」
「嫌よ。あの件はもう私の手を離れた話よ」
サザクラインの苛立ちは最高潮を迎えているらしく、机を指で弾くだけでは飽き足らず、椅子の足元ではカタカタと貧乏ゆすりを併発していた。
こうなると一切自分の意見は受け入れてもらえないと知っているバーリガルは嘆息をするしかなかった。
バーリガルは無言でフィナンシェたちを映し出していた水晶玉の映像を終了させ、サザクラインに一礼すると彼女の執務室から出ていった。