第四十三話 黒髭商会
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「さてと、ご相談したいことってのはね……お前ら、誰に喧嘩を売ったか分かってるんだろうなってことですよ」
取引中はニコニコしていた奴隷商人の男がそれまで表情を一変させた。
誰にって言われても奴隷商人ってことしか知らないしなぁ。
あ、あとこのアメデアでは結構嫌われてるとか言ってたはず。
この後、衛兵隊に捕まっちゃうんだろうけど、いちおう冒険者の礼儀として名前くらいは聞いておいた方がいいよね。
「えーっと、そう言えば奴隷商人さんの名前を聞いてませんでしたね。誰でしたっけ?」
名前を聞いたことで奴隷商人の顔が怒りのためか真っ赤に染まった。
「ああっん!! おめえは奴隷商売のことだけじゃなく、アメデアの街を裏から仕切ってる黒髭商会の稼ぎ頭であるバイデン様を知らないってのか!」
「ええ、全く知らなかったです。俺、今まで自分の生まれた街から遠出したことなくて。すみません、でもちゃんと取引代金はバイデンさんにお渡ししましたよ」
「奴隷の購入代金は確かに頂いた。だがな、おめえは奴隷市を中止させたうえ、奴隷売買で食ってる黒髭商会の面子を潰したことに対する賠償をしてねぇんだよ」
……なんか怒ってるけど、やっぱりこの人は人を奴隷という商品としかみてないんだな。
そういう考え方の人とはどうしても相容れることができないや。
それに面子を潰したことの賠償って……意味がよく分からないし。
「すみませんが……俺がバイデンさんに金銭を賠償するいわれはないと思ってます。貴方が売った奴隷を買った俺が何をしようとこっちの自由だと思いますけど」
「そういう意味じゃない! おめえは市場の連中の前でこっちの正当な商売に文句をつけた。それに対する賠償金だ」
「そんなの、あんたたちが人を売ってるのが悪いんでしょうが! オステンド王国で人の売買は禁止されてるんだからねっ!」
「そっちのお嬢ちゃんも、前に説明したことを忘れてるようだな。労働契約だよ! 労働契約! こっちは売り物の奴隷を売主のもとで専属労働契約させることを商売にしてるんだ! だから、これは国法に触れてない! それをおめえらがあたかもこっちが人の売買をしてるみたいに言いやがった! おかげで商会の名誉はがた落ちだぞ! その賠償をしろってことだよっ!」
バイデンは口から唾を飛ばして奴隷の売買ではなく、専属労働契約の締結だって強弁して法に触れてないと言い訳してるけど。
当の本人たちが労働の対価をもらえない契約なんて絶対におかしいし、見逃したらダメだと思う。
「バイデンさん、俺は賠償をする気はありませんよ。人が人を売り捌くなんてのは見逃したらダメですって!」
「そうよ。フィナンシェ君の言う通り!」
「ああ、そうか……賠償金でおさめてやろうと思ったが、そっちがその気なら、こっちも考えがあるぞ。おい、お客さんとの交渉は決裂した。賠償金としてあの奴隷たち全員とお客さんたちも捕らえろ。多少痛めつけてもかまわないからなっ!! やっちまえ!」
バイデンがスッと手を挙げると、取り囲んでいた男たちが武器を身構えた。
矢避けの魔法はまだ効いてるし、囲まれないように動いて、みんなが逃げ出す時間を稼がないと。
来る前に伝説級の鉄の剣を再構成しとけばよかったな……。
でも、ラビィさんの短剣でも敵を牽制するくらいのことはできるよね。
俺は背負っていた盾を構えると、ベルト差し込んでいた短剣を引き抜く。
「ラビィさんっ!! みんな! 先に逃げて!! ここは俺が時間を稼ぎます!!」
「よっしゃ! フィナンシェ、こんなドチンピラ如きに負けんなや! こいつらはワイがキッチリと宿まで送り届けたるわ! エミリア、フィナンシェの援護を派手にやってええで!! 荷馬車に乘ってない獣人どもは走ってついてこいや!! ほな、いくでぇ!」
「あらー、悪党に人権はないって言っていいかしら。わたくし、怒ってると消し炭にしちゃう癖があるんだけども」
荷馬車からスッと飛び降りたエミリアさんが、挨拶代わりの火球を奴隷船から弓でこちらを狙っていた乗員に向けて放っていた。
うっは……命中した箇所から上がるあの爆炎……絶対にあの場所に居た人たちはただじゃすまないでしょ。
正式にエミリアさんが攻撃魔法使うところ見たけど、フィガロのところにいた魔術師とは比べ物にならない威力だ。
「と、とんでもない魔法を使う奴がいるぞ! すぐに杖を取り上げろ!」
エミリアさんの先制攻撃にろうばいした奴隷商人たちが、一斉に俺たちへ襲いかかってきた。
「ラビちゃん今ですわ!」
「おっしゃ! いくで! じゃあな、黒髭商会だが、つるっぱげ商会だか知らんが、お前らは喧嘩を売る相手を間違えたこと後悔しろや! あばよ!」
エミリアさんへ黒髭商会の男たちが殺到したことで、脱出路が開け、ラビィさんが獣人の人たちを連れて荷馬車ごと駆け出していた。
「お、お前らぁああ!! 冒険者風情がこの黒髭商会に全面戦争を仕掛けて生きて帰れると思うなっ!!」
バイデンが隠し持っていた短剣を引き抜くと、俺に向かって挑みかかってきた。
「フィナンシェ君、半歩右へ」
「は、はい!」
「うがぁ!!」
ラディナさんの声の通りに身体を動かしたら、バイデンの短剣が飛んでっちゃった。
ハサミ蟹の時も上手に狙ってたけど、ラディナさんの弓の腕はかなりの領域なのでは。
「クソアマがぁあ! あの女は絶対に捕らえろ! なぶりものにしてやる!」
手に矢が突き立ったバイデンは激高し、配下たちにラディナさんを襲うよう指示を出していた。
「悪いけど、俺の婚約者に手を出すなら容赦はしないですよ」
ラディナさんを襲おうという気配を見せた男たちの前へ即座に割り込むと、盾を構えて突進していった。
「青臭い小僧が、大人の仕事の邪魔をするんじゃ――はぐばぉあっ!」
ラディナさんを捕まえようとしていた男の鼻っ柱を盾で激しく叩く。
不意をつかれた男は口と鼻から血を流して地面を転がっていった。
こいつらもフィガロの配下の冒険者と変わらないくらいの強さだな。
これならあの決闘よりも援護がある分、楽勝かもしれない。
「あたしの大切なフィナンシェ君を馬鹿にした報いね」
「ラディナさんは下がって援護を!」
「うん、フィナンシェ君も気を付けて」
ラディナさんは弓を背負うと、火球の攻撃魔法で船ごと敵を丸焼きにしているエミリアさんの近くまで下がってくれた。
あの場所からならエミリアさんもいるし、ラディナさんも安全に狙撃できるはずだ。