第四十二話 奴隷商人との取引
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塩を木箱に詰めてあとの輸送をグイン船長さんに任せ、塩だらけになった身体を洗い終えると、俺たちは宿に戻り倒れ込むように眠った。
そして、昼前に目覚めると再びロリー・バートさんの邸宅に来ていた。
ロリー・バートさん邸宅の応接間に入る。
すると、昨夜の間に仲良くなったように見えるラビィさんたちと、ロリー・バートさんが俺のことを話していた。
「約束通り一五〇〇〇箱の塩を受け取ったぞ。それにグインからフィナンシェ君とその婚約者であるラディナ嬢の力のことも聞かせてもらった。やはり、わしの目に狂いはないな。君は大冒険者になるか、偉大な領主……いや王にもなるかもしれん」
「フィナンシェはワイと組んで冒険者やっちゅーねん! 昨日の夜もそう言うたやろが!」
「だがな、あの真っすぐな気質……王であれば、わしの財をすべて投げ打ってでも応援したいぞ」
「フィナンシェちゃんは特別なレアスキル持ちの割に心根が優しすぎるからねー。案外いい王様になるかも、お金があればだけどね」
「あかん! フィナンシェはワイと冒険者をやるんや!」
ラビィさんが、抱き抱えられているエミリアさんの膝の上でいやいやして暴れていた。
ラビィさんの言う通り、俺は王様ってガラでもないし、色々なところへ冒険をできる冒険者の方がしたいな。
「ロリー・バートさん、すみませんが俺はやっぱ冒険者をやっていたいです。もちろん、塩の取引は続けさせてもらうので安心してください。自分がした約束は守れと冒険者だった両親に言われてますので」
「そうか……でも、冒険者としてのフィナンシェ君もわしは応援するぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「もちろん、君たちの能力に関してはグインの手下たちにも口外しないように伝えておいた。ラビィ殿が言っておられる通り、確かにあれだけの力を持つスキルの所持者だと知れ渡れば大変なことに巻き込まれるだろう。そうならぬよう、わしの情報網を使って各方面に拡散しないよう工作させてもらう」
「そこまで配慮してもらうとかえって申し訳なく思ってしまいますが……」
「いや、フィナンシェ君とラディナ嬢の力が各国に知れ渡れば、大陸間の大戦に発展しかねない。君らを手にした者が莫大な富を得ると言っても過言ではないからな」
そうか……俺とラディナさんの力はゴミから資産を作り出すからなぁ。
俺たちの力はどんな国も欲しがるってラビィさんも言ってたし。
やっぱり公にしたらマズい力だよね。
ロリー・バートさんの助力を借りて上手く誤魔化してもらった方が得策だよな。
「すみません、色々とご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
「ああ、わしもフィナンシェ君がこれからどうなっていくのかを見守れるかと思うと、若い駆け出しの商人だった頃のワクワクを思い出してきたぞ」
「ロリー・バート殿もワイと同じ匂いがしよる。ああ、そうだ! フィナンシェ、衛兵隊はロリー・バート殿が動いてくれて、奴隷商人とつるんでいた衛兵たちを一斉に逮捕してくれとる。これで、奴隷商人の連中もしまいやっちゅーことや。フィナンシェが奴隷たちを無事に連れ出したら一斉に検挙されて国法に照らし縛り首の道が待っとるで」
「わたくしも少しお手伝いしましたけどね。この街の衛兵隊を束ねる人は案外、柔軟な考えを持ってて助かりましたわ。衛兵隊の宿舎ごと吹き飛ばさずに済みましたからね」
えーっと、俺たちが海で塩を作ってる間にラビィさんたちが衛兵隊の悪徳衛兵たちを一掃してたってこと?
エミリアさんも絶対に魔法ぶっ放してる感じの物言いですよね?
俺は説明を求める視線をロリー・バートさんに送った。
「ああ、ちょっと手違いがあってな。衛兵隊の隊長が奴隷商人に繋がっている衛兵の処分をためらったので、エミリア嬢に少しご協力いただいた」
エミリアさんがきっとものすごい魔法で脅したんだろうなぁ。
でも、これで衛兵隊も仕事をきちんとしてくれるようになるだろうし、あとは奴隷の人たちを無事取引を終えて連れ出すだけか。
「あとはフィナンシェの仕事にかかっとるで。しっかりときばれや」
「は、はい! 頑張ります!」
準備を終えた俺たちは、奴隷商人に連絡を取り、塩取引の対価としてもらった三億ガルドを荷馬車に載せ、取引場所に指定された港に停泊している彼らの船に向かった。
「フィナンシェ、あいつらは衛兵隊が動くことは知らんはずや。普通に取引して金渡して奴隷たちをそのまま連れ出すで。そやけど丸腰は危ないんでワイの短剣持ってけや」
御者席にいたラビィさんから投げられた短剣を受け取る。
護身用ってことで隠して持っておいた方がいいよね。
鎧と盾で攻撃は防げるだろうけど、万が一には備えておこう。
「フィナンシェちゃん、ラディナちゃん。二人には矢避けの風魔法をかけておくわね」
エミリアさんが荷馬車の中で杖を軽く振ると、俺とラディナさんの身体が緑色の淡い光に包まれていた。
これが矢避けの魔法か……ラディナさんも付いてくるって言ってきかないし……安全には最大限配慮しないと。
「エミリアさん、ありがとうございます。これでフィナンシェ君の安全は確保できた。あたしは身軽だし距離を置けるけど取引するフィナンシェ君はやっぱり危険だから……」
「大丈夫です。俺はラディナさんの方が心配で……」
「へなちょこ奴隷商人如きにやられることもないから安心せいや。ほら、そろそろ着くで。準備せい」
「はい! 準備完了してます!」
しばらくして荷馬車が止まると、目の前には奴隷商人たちが根城にしている大きな船があった。
グイン船長さんのやつの五倍はでかい船だ……。
帆船かなって思ってたけど、下の方からオールが出てるから漕いでも動くのかな。
それにしてもやっぱデカいや……。
ジロジロと船を見ていると、連絡が先に行っていたため、見覚えのある男たちが船から次々に降りてきていた。
「よう、あんた、すごいお金持ちのお坊ちゃんだったようだな。三億ガルドの金を一日で準備できるとは……これはオレたちの上得意様になりそうだぜ。げへへ」
リーダーらしい男が下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
男の顔を見ているだけで、奴隷たちのことを思い出し気分が悪くなってきたよ。
俺は男の笑みを無視するように淡々と確認事項を口にする。
「お金の準備はできました。俺が買い取りをすると決めた奴隷の人たち全員、無事に過ごしてるでしょうね? あのコレットという子も? もし、一人でも怪我や暴力を受けた人がいれば手付け金を払っていることだし衛兵隊に報告させてもらいますよ」
「ああ、大丈夫だ。あんたの買う奴隷たちにはきちんと食事も与えたし、暴力もふるってないさ。オレたちも商品に手は出さないさ。上得意様に機嫌を損ねたくないからな。おい、あいつらを全員連れてこい!」
男が指示を出すと、船の中からあの時奴隷市にかけられそうになっていた獣人たちが一斉に出てきた。
その中にはあのコレットの姿も見える。
どうやら危害は加えられてないようだな……。
よかった……酷いことされてなくて……。
「おにいちゃん!! もう、お迎えに来てくれたの!!」
「ああ、もう少しだけ我慢しててくれ。すぐに迎えにいくからね」
「うん!! コレットは大人しくしてる!」
コレットたちと一緒に出てきた大人の獣人たちも、取引の行方を、息を呑んで見守っていた。
「さぁ、オレたちは約束を守ったぞ! 今度はそっちが約束を守る番だ! さぁ、三億ガルド払ってもらおうか」
俺はコレットたちの無事を確認したため、荷馬車に戻るとラビィさんとエミリアさんから三億ガルドの入った革袋を受け取り、男たちの前に放り投げた。
「三億ガルドあるはずです。確認してください」
男の手下たちが地面に散らばった金貨を集めると同時にニヤニヤと数を数え始めていた。
あの人たちはみんな、お金に魅入られてしまっているんだろうな。
俺もお金には散々苦労してきてるけど、ああいう大人にはならないようにしないと……。
自分の能力を、自分の欲望のままに使えばお金は思いのままだけど……それって、きっと神様が求めてない能力の使い方だろうし。
俺は奴隷商人とその部下たちが金を数える姿を見て、自分はそうならないようにと決意していた。
「毎度あり、三億ガルドきっちりとありました。フィナンシェ殿とは今後ともお付き合いを継続してもらえるとありがたい。欲しい奴隷とかいましたら要望を言って頂けましたら次回この港に寄った時、お連れしますよ」
俺との取引が成立したことで、奴隷商人の男が下卑た笑いを顔に貼り付けたまま揉み手をしていた。
二度と取引なんてしないし、させるつもりもないけどね。
「そんな話はどうでもいいから、早くコレットたちをこっちへ連れてきてくれ」
「これはつれないご返事なことで。仕方ない、おーい! 奴隷どもを連れて来い!」
奴隷たちが縄を解かれ甲板から港へ降り立つと、急いで俺たちの背後へ駆け出してきた。
「お、お兄ちゃん!! お兄ちゃん! 約束守ってくれてありがとう!!」
コレットも港に降り立つと俺に向かって飛び込んできていた。
「コレットすまない。待たせたね。怖くなかったかい?」
「うん! お兄ちゃんが助けてくれるって約束があったからコレットは我慢できたよ」
「えらいな! えらいぞ! コレット」
飛び込んできたコレットを抱き上げると、優しく頭を撫でた。
こんな幼い子がこんな怖い思いをすることになったなんて可哀想ことだ。
「みんな、早うこっちこいや! 女子供は荷馬車にや! 男どもは歩きやぞ!」
取引終了を確認したラビィさんが、早々にこの場を立ち去るべきと判断したようで、俺たちに声をかけてきた。
「フィナンシェ君、あいつらの動きが変よ……急いでみんなを逃がした方がいいわ」
ラディナさんの指摘を受け、奴隷商人とその部下たちの動きを確認する。
みんな武器を手にしようとしてるか……。
真面目に取引を終了しようって気はないってことかな?
「お兄ちゃん……コレットたち大丈夫?」
「ああ、大丈夫さ。ラディナさん、俺がしんがりで下がりますからラディナさんの援護を期待していいですよね?」
「ええ、期待していいわよ。コレットちゃんは先にラビィの荷馬車に乗っててね。中にいる綺麗なお姉さんの言うことをちゃんと聞くように。できるわよね?」
俺にしがみついていたコレットにラディナさんが優しく話しかけていた。
「分った! お姉さんもお兄ちゃんも気を付けてね!」
コレットは地面に降りると、こちらをチラチラと気にしながらもラビィさんの荷馬車へ駆けていった。
「おやおや、なんでそんなにやる気を見せてるんですかね? ちょっと、こちらとしてはご相談したいことがあるんですが?」
コレットたちが荷馬車に乗り込んだところで、奴隷商人の男が近づいて話しかけてきた。
と、同時に部下たちが荷馬車と俺たちの周りを囲み始めていた。