第四十話 奴隷解放のその先を見据え
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「ど、どういうことですか!? えっと、貴方はロリー・バートさんの執事さんじゃないってことです?」
急に笑い声をあげた老執事さんにロリー・バートさんが頭を下げていた。
「ああ、すまない。フィナンシェ君の人となりを観察させてもらおうと偽物を仕立てさせてもらった」
「ワイらを試したと言うんかいな」
「あらー、わたくしたちは試されてたということです?」
「っていうことみたいね。あたしのフィナンシェ君を試すなんて……ちょっと、お金持ちだからってやり過ぎじゃないのかしら」
偽者の人が一礼して部屋から下がると、老執事の恰好をしたロリー・バートさんが先ほど偽者が座っていた椅子に腰をかけていた。
「すまない。そちらが立腹するのも理解しているし、大変失礼なことをしたとも思っている。だから、謝罪として三億ガルドを無償で提供させてもらうつもりだ。それくらいのことはさせてくれ」
ロリー・バートさんが指を鳴らすと、部屋の奥から大きな布袋を抱えた男たちが現れた。
男たちが俺たちの目の前に布袋を下すと、口を開いて中身を見せてきた。
大きなオステンド王国金貨がいっぱい詰まっているなぁ……。
三億ガルドってこんなにいっぱいの金貨になるんだ。
大きな布袋からはみ出しそうな三億ガルド分の金貨を見て俺はため息を吐いていた。
けど、これはもらえないや……。
こっちのロリー・バートさんの価値観が、俺と合わない可能性もまだ残っているし。
ちらりとみんなの顔を見ると、ラビィさんもエミリアさんもラディナさんも俺と同じようなことを考えてそうな顔をしていた。
「そう疑うなって。っと言っても試した手前、簡単には信じてはもらえないな」
「はい、俺はさっきも言った通り、奴隷の人たちを扱き使う気もないし、ただ捕らえられている彼らを助けたいだけなんです。そのため、三億ガルドが必要で、ロリー・バートさんなら即金で三億ガルド用意できるとグインさんに教えてもらい塩を売りに来ているのです」
その瞬間、ロリー・バートさんの目が厳しく変化する。
「取引なしで三億ガルドをフィナンシェ君に贈呈すると、こちらは言っているが?」
「いえ、タダでもらういわれはありませんから」
「ふむ、困ったな。フィナンシェ君は今やアメデアの英雄だ。その君を敵に回すのは商人として得策じゃない。それにわしも最高ランクの信頼を与えて遇したいのだが……」
ん? 俺がアメデアの街の英雄? なんでそんな話になっているのさ?
俺はロリー・バートさんの言葉が気になって思わず聞いてしまった。
「あ、あの! なんで俺がアメデアの英雄なんです?」
「ん? 君は自覚してないのか? このアメデアで奴隷たちを全部買い取って解放すると公然と宣言したのだぞ。法の抜け穴を使って他国の戦争捕虜を売り捌き利益を上げる奴らにはわしも辟易していたし、住民たちも本音は街から排除したがっていた。だが、わしも含め住民たちは目を瞑って見ないふりをしてきた。けれど、フィナンシェ君の言葉が皆の心に勇気を与え、街から奴らを排除しようという機運が一気に高まっているのだ」
え? え? ええ!? お、俺は別にそんな大層なことまで考えて無いんですけど!?
「だから、フィナンシェの本心を試したと言いたいわけやな?」
「ああ、そうだ。わしとしてもこれを機にアメデアの街を浄化したいと思っている。奴隷商人排除や奴隷解放は、本来ならわしが先頭に立ってやらねばならないことだったがな……一人立つ勇気が出せなくて奴らをのさばらせてしまった」
西の交易大商人と呼ばれるロリー・バートさんが自嘲気味な笑いを浮かべている。
というか、俺……もしかして、本当にとんでもないことをしでかしてたってことなんだ……。
自分が奴隷商人とした取引の言葉を思い出して、あらためて背中から冷たい汗が滝のように流れ落ちて行くのを感じていた。
「だから、その金は奴隷買い取りに是非使ってくれ! 頼む! わしにできるのは資金を提供することと奴隷商人を捕まえるために衛兵隊に働きかけることくらいだ」
椅子を降りたロリー・バートさんが俺の手を握って頭を下げていた。
その姿にロリー・バートさんの本心が見えた気がしていた。
この人は自分の弱さを正直に自覚している人なんだろうなぁ……。
だからこそ、慎重さを必要とする商人として大成しているんだろうとも思う。
俺も少しはロリー・バートさんを見習って慎重さを持ち合わせないと、またとんでもないことをやらかしそうな気がする。
「ふーん、たかが奴隷商人どもくらいでビビるとか、大商人の癖に肝っ玉小さいやっちゃの。で、フィナンシェどうするんや? ワイはお前の判断に従うで」
「ラビィちゃんが従うなら、わたくしもフィナンシェちゃんに判断を一任しますわ」
「フィナンシェ君……」
ラディナさんが俺をジッと見てくる。
奴隷の子を助けるつもりが大事になっていることをとても心配している様子である。
ここでタダでロリー・バートさんがくれる三億ガルドを使って、あの子たちを助けることが最善の選択肢になるんだろうか……。
考えろ……よく考えろ……あの子たちの一生がかかってくる話でもあるんだ……。
よくよく考えると、この三億ガルドで奴隷の人たちを解放しても、彼らは仕事もなければ、寝る場所もないんだよね……。
それを俺が提供できるかって言われると……まったく自信がない……。
じゃあ、どうすれば……。
仕事と寝る場所……………!? そうか! そうしよう!! これならロリー・バートさんも奴隷になった人もお互いに得ができるはずだ!!
俺は思いついた計画をロリー・バートさんに提案することにした。
「ロリー・バートさん! この三億ガルドはやはり受け取れません! ですが、塩の取引はさせてください! その売買をした塩を売る人員として、解放した奴隷の人たちから希望した人を雇って頂けないでしょうか! できれば住み込みで……」
俺の提案を聞いたロリー・バートさんの目が見開いた。
同じくラビィさんも、エミリアさんも、ラディナさんも、グインさんも目を見開いている。
あ、あれ? 俺またなんか変なこと言ったかな……。
「仕事と寝る場所か!! フィナンシェ君、君がそこまで奴隷から解放したあとの彼らのことを考え抜いていたとは……フハハハ、君はわしの想像をはるかに超える人物だよ! よかろう! フィナンシェ君、君と塩の取引をする! グインに渡した品質の塩を一五〇〇〇箱分用意してくれたら、解放された奴隷たちから希望者全員の住む家と給料はわしが確保しよう!」
「あの品質の塩で一五〇〇〇箱分だと三億ガルドには足りないのですが……」
「取引代金の内訳は塩代三〇〇〇万ガルド、専属売買契約料二億七〇〇〇万ガルドだ。コレなら問題はないであろう? 専属契約は塩の売買だけだ。その方が君も何かと動きやすいだろう。できれば、これ以後わしとは知己になって欲しいところだが」
ちらりとみんなの顔を見る。
みんなもロリー・バートさんの提案に異論はなさそうであった。
ただ一人だけ、この取引をするにあたり同意を得ておきたい人がいる。
その人はラディナさんだった。
「ラディナさん、この取引受けていいですか? 塩を大量に作ることになりますけど……」
俺の問いかけにラディナさんは不満そうな顔を見せず、ニコリと笑顔で返すと――
「だったらすぐに作り始めないと! 一五〇〇〇箱は大量だからね!」
すでに腕まくりし始めていた。
これで取引に障害はなくなったな。
「ロリー・バートさん、では塩の取引は成立ということでよろしくお願いします!」
「こちらこそ! 末永くこの取引を続けられるように願っている!」
俺はロリー・バートさんと握手を交わすと、その後のロリー・バートさんとの食事会をラビィさんとエミリアさんに任せた。
そして、俺はラディナさんとすぐに塩作りに入ることにした。