第三十九話 西の交易大商人
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アメデアの街の小高い丘の上に、会見を予定しているロリー・バートさんの邸宅はあった。
というか、邸宅というより豪邸……いや、これってどう見てもお城でしょ。
石でできた城壁としか言えないような壁とか、奥に見える邸宅も城館とか言った方がいいよね。
「すごいお家ね……ここだけの敷地で一つの村以上の大きさはあるんじゃないかしら」
グイン船長さんの案内で、ラビィさんが運転する荷馬車に揺られ邸宅の前にと到着した。
「誰だ! 止まれ!」
入口の門を守っていた衛兵がいぶかしげに荷馬車の中を覗いてくる。
衛兵の視線を遮るようにグイン船長さんが前に出た。
「グインだ。ロリー・バート殿と会見されるフィナンシェ殿をお連れした。開けてくれ」
「し、失礼しました! すぐに門を開けます!」
グイン船長さんって意外と顔が広い人なのかも……。
衛兵の人もすぐにキビキビと動き出したし。
「えろう歓迎してもらえとるのぅ。ロリー・バート殿は、金を出すが、めったに人に会わないと聞いとんのやがな」
ラビィさんも衛兵たちの態度の変化を見て、相手方が歓迎ムードであることに驚いていた。
慌てた衛兵たちが、閉ざしていた門を開くと邸宅の入口へ向けて動き始めた。
玄関に到着すると、老齢の男性がこちらに頭を下げて待ち構えていた。
「フィナンシェ様とそのお供の方々、お待ちしておりました。主がお待ちになっております。私の後に付いてお進みください」
こういう人って執事さんって言うのかな。
物腰は軟らかそうだけど、油断ができなさそうな人っぽい。
それになんだか俺のことすごい視線で凝視してる気が……。
「フィ、フィナンシェ君。すごい人だとは聞いてたけど、本格的にすごそうな人だよ」
「そ、そうですね。粗相しないといいけどなぁ……。ラビィさん、お作法とかあったら教えてくださいよ」
「そんなん気にせんでええやろ。ワイらはただの冒険者やぞ。相手は凄腕の商売人やし、自分を偽ってもすぐに見抜かれるやろ。ありのままでおればええんや」
「そうねぇ。少なくとも相手はフィナンシェちゃんに興味持っているようだし、そのままでいいとわたくしも思いますわ」
「ああ、うちのオーナーの人物鑑定力はすごいからな。そのまま、素のフィナンシェ殿を見せれば気に入られると思うぞ」
ありのままの自分って言われてもなぁ……。
俺なんて駆け出しの世間知らずな冒険者に過ぎないんだけど。
ありのままの自分を見せればいいと言われながら歩いていくと、執事と思われる男性がとある部屋の前で止まりドアをノックしていた。
「失礼します。フィナンシェ様御一行をお連れいたしました」
「おぉ、よく来てくれた。早く通しなさい」
執事の方がドアを開けると、部屋の奥にあった椅子には真っ黒な長い髭を蓄えた恰幅のいい壮年の男性が座っていた。
この人がロリー・バート殿かな?
確かに恰幅もいいし、いかにもな髭を生やしてて大商人って感じの人がするけど。
聞いてたよりもなんかパッとしない感じの人だなぁ。
これなら、こっちの執事さんの方が……凄味があった気がするよね。
「主が呼んでおられます。あちらの椅子におかけくださいませ」
俺たちは執事さんに勧められた応接用の椅子にそれぞれ腰を下ろしていった。
「これは、これは、貴殿がフィナンシェ殿か! お目にかかれて光栄の至りですぞ。わしがこの大陸一の大商人ロリー・バートじゃ。グインから濁りのない塩を生成する技術を持っておると聞いておるが。どうであろう、その塩をわしと専売契約せぬか?」
え? いきなり本題の商談に入るの?
これって商人として普通なことなのかな?
ちらりと隣のラビィさんの顔を見ると、普段は見せない困惑した表情をしていた。
いろんな経験をしてるラビィさんが、あれだけ困惑してるってことは、いきなり商談に入るのっては普通じゃないって話なんだろう。
うーん、なんだか話に乗っていいものか怪しくなってきたなぁ。
「あ、あの? いきなりの商談……光栄ではありますけど……俺はまだロリー・バート殿のことをよく知らなくて……いきなり専売契約とか全然そんなことを考えてなくて」
「ん? 貴殿は身の程も知らず、市場で行われていた奴隷市で奴隷を全て買うと言われ、その買い取り代金である三億ガルドが作れないから、わしに泣きついてきたんであろう? 早く、わしと専売契約して塩を売るがいい。そうしたらすぐに三億ガルドを支払う準備はしてある」
物言いの端々になんか刺々しい物を感じるのは俺の気のせいだろうか。
目の前の人物は、とても自分が好感を抱けるような人ではないなぁ。
やっぱ大商人ってことだし、お金第一って考えの人なのか。
「確かに、俺は奴隷市の奴隷を全部買った代金を工面したくて、ロリー・バート殿と会見していますが……」
「で、手に入れた奴隷たちを使ってなんの商売を始める気ですかな? 奴隷は安くこき使えますからね。今回は獣人たちですし、大道芸でも仕込ませて見世物小屋とか経営されてはどうです? そういう話ならわしも出資を惜しみませぬぞ」
ロリー・バートさんは、俺が奴隷を買い取った意味を勘違いしている様子であった。
商売なんてする気はないし、コレットを絶対に助けると言った約束を守るために俺はお金を工面したいだけだ。
けして、奴隷として扱き使って商売をするためじゃない。
俺は初対面ではあるがロリー・バートさんに対し、価値観の相違から嫌悪感を感じてしまっていた。
そんな風に取引相手をいぶかしんでいた俺に、隣に座ったラディナさんが耳打ちをしてきた。
『フィナンシェ君、ちょっといい? あのロリー・バートさんって手を組んでいい相手かな』
『ラディナさんもそう思います? ちょっと、俺と考えが合わない感じでどうしようか迷ってて……』
エミリアさんの膝に抱っこされているラビィさんの顔も渋そうな顔色をしていた。
これってやっぱグインさんには悪いけど……ロリー・バートさんとは取引しない方がいいかもしれない。
「すみませんが……どうも勘違いされているようなので訂正させて欲しいのですが、俺は今回奴隷を買ったのは彼らを自由にするためだけであって、所有したり、働かせようなんて気は一切ありませんよ」
途端にロリー・バートさんの顔色がドス黒く変化していた。
「はぁ!? 貴殿は奴隷を、三億ガルドの大金を払って解放すると言うのかね! 気は確かか!!」
「は、はい。俺はそのつもりです。そのために三億ガルドが必要なんで……色々と手を尽くしている最中でして。だから、グイン船長さんから貴方を紹介されて取引をしようと思ってましたが……どうやら、俺とは価値観が相当違うようで……申し上げ難いんですがお取引はご辞退させてもらいたく」
それまで顔の表情こそ変えていたロリー・バートさんだったが、今度は態度も激変していた。
「なんだとっ!! このわしと価値観が違うから取引をせんと申すのか! このクソガキがっ! こっちが下手にでてりゃあつけあがりやがって!!!」
目の前のテーブルをロリー・バートさんが蹴飛ばすと、部屋の奥から武装した男たちが一斉に出てきた。
ま、まずい。全然、気配に気づかなかった!
これって怒ってるから、絶対に交渉決裂だよね。
ああ、やっちゃったよ。
「ラビィさん、すみません。交渉は決裂したみたいです! ラディナさんも、エミリアさんも俺が退路を作りますんでその間に――」
「フィナンシェ君、大丈夫! あたしが援護するから!」
「そんなことを気にすんなや。西の交易大商人ロリー・バート殿はワイらに剣を向ける気かいな? ええ度胸や! エミリア、いっちょあいつら軽く揉んだれや。今回はワイが許したるでぇ。フィナンシェもよう言うた! こんな腐れ外道と取引する必要はない。三億ガルドはワイがなんとかしたるわ!」
「あらー、いいの? 西の交易大商人ロリー・バート殿を敵に回して冒険者稼業とかしちゃうわけ? さすが、ラビィちゃんとフィナンシェちゃんね。じゃあ、サービスしちゃおうかしら」
ラビィさんを降ろしたエミリアさんが、愛用の杖を手に取ると、指先に紫電が煌き始めた。
火属性じゃない? あれって雷属性の魔法?
「紫電の拘束鎖!! ちょっとビリビリするけど我慢してねぇ」
エミリアさんが指先に煌く紫電を男たちに向けて放つと、紫電を帯びた雷が男たちを拘束し、次々に感電させていった。
「ぐ、ぐへえぇ」
「ふぅ、いっちょあがり。まぁ、まぁ楽しめ……なかったわね。西の交易大商人ロリー・バート殿の護衛にしてはいささか格が足りないような気もするわねぇ」
す、すげえ。
エミリアさんの魔法はチラリと見せてもらったけど、本気は初めてみせてもらった。
あれだけの冒険者を一瞬で戦闘不能にさせるなんて……さすがSランク冒険者なだけのことはある。
「貴様ら……よくも……」
ロリー・バートさんがブルブルと震えて立っていた。
「すみません。こちらとしても手荒なことはしたくなかったのですが、そちらが先に剣を抜かれましたので、自衛をさせてもらいました。俺にはリーダーとして仲間を守る責務もあるんで」
「ハハッハッハっ!! これは傑作だ!! 面白い!! 面白い人物を見つけたぞ!! 奴隷を自由にするために丸ごと買い上げてその代金を作るため、大商人を訪ねたのに価値観の相違を理由に自分の持つ製塩技術によってできる塩の売買を蹴って喧嘩を始める男とその御一行か!! これは傑作だ!!」
静まりかえる室内に、老執事の大きな笑い声が響き渡っていた。