第三十七話 奴隷買い取り宣言
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奴隷市の行われている舞台の方へ駆けて行く――
すると、棍棒や剣を持ったいかつい男たちが、犬耳を生やしたまだ若い幼女を追い立てていた。
「待ちやがれ! 止まれ! 止まらないと! 酷い目にあうぞ!」
「いや、いやぁ、いやなのぉー」
小さな身体を生かし、巧みに男たちの追跡をかわしていた幼女が首に付けられた鎖を掴まれ捕まってしまった。
「このガキ! よくも俺様の股間を蹴ってくれたなぁ! 生きて戻れると思うなよ! お前みたいに反抗的なやつは見せしめでなぶり殺しにしてもいいとお達しが出てるから覚悟しやがれ」
「いや、いや、いや」
幼女の鎖を引っ張る男が公衆の面前で幼女に棍棒を振り上げても、周囲の者たちからは止める言葉は出ず、ただ状況を静観しているだけだった。
目の前で殺されそうな人がいるのに、なんで誰も助けないんだよっ! クソ、間に合え!
幼女が殺されようとしているのを静観している人たちをかき分け、俺は幼女の前に飛び出した。
「ちょっと待ってください! この子に手を出すのはやめてください!」
「なんだぁ! うるせぇ! こいつはうちが運んできた商品だぞ! どうしようがこっちの勝手だろうが!」
「人を商品だって!?」
この男の人……何を言っているんだ……。
人はどんな人だって、人だろう……それを物扱いするだなんて……。
「ああ、こいつらはオレたちが南の諸島にいる領主から戦争捕虜として買い取ってきた奴らだ。金を払った以上、こいつらはうちの商品ってことだよ。分かったか、小僧! だから、そこをどきやがれ! 邪魔するとお前にもこのこん棒を味わわせてやるぞ! ほら、どけよ!」
「いや、いや、助けて……お願い……助けて」
犬耳の幼女が俺の背中に隠れて震えていた。
誰もこの子を助けないなら、俺が助けないと!
震える子と面識はないけど……けど、こんなのって絶対におかしい!
「俺はどきません! この子を貴方に引き渡すつもりはないです!」
「んだとっ! おめえ、うちの商品を泥棒するつもりか! 子供だからって容赦しねぇぞ! ゴラァア!」
男は幼女をかばった俺に狙いを変えると手にした棍棒を振り下ろしてきた。
鎧を着けたままでよかった……今の鎧ならこん棒程度の打撃は防げるもんな。
俺は男のこん棒を腕で防いだ。
「い、いでぇえっ! なんだこいつ、かってぇ! おい、お前らも手伝え! この小僧をフクロにするぞ!」
追手として迫っていた人たちが、俺の周囲を囲んでいく。
仲間呼ばれちゃったか……さすがに囲まれるとこの子を守れないかも。
このままこの子抱いて逃げるか。
「おい、小僧。このまま逃げようとか思うなよ。逃げ出せば、この街の衛兵に盗賊として通報するぞ!」
「と、盗賊だって!?」
「うう、お兄ちゃん……助けて、助けてよぅ」
背後の幼女が俺の手を強く握ってきた。
なんで人を助けようとするだけで、盗賊扱いされるんだよ……そんなのって理不尽だろ!
「さぁ、痛い目に合わないうちにそのガキをこっちに寄越せ!」
男が再びこん棒を振り上げると、こん棒にラディナさんの矢が突き立った。
「フィナンシェ君とその子に手を出すなら、あんたたちの頭に矢が突き立つ覚悟をしなさいよ!」
「うおぉ! お嬢ちゃん、やってくれるじゃねえか! そんなおいたをしたらお嬢ちゃんも一緒に商品にしちまうぜ!」
警告の矢を受けた男は激高して、ラディナさんにも敵意をむき出しにしてきた。
このままだとラディナさんまで危ない……どうする……どうすればいい。
人を物みたいに扱う連中に……人を物……物……。
そうか!! こいつらは人を物のように扱う連中なら、俺が全部買い取ると言えばお客さんってことになるんだ!!
買い取った商品をどうしようがこいつらに文句を言わせない。
「分かりました!! おじさん! この子たちを含めたあの舞台上にいるすべての奴隷の人たちを俺が全部買い取ります!! おいくらになりますか!」
「はぁ? 小僧が全部買うだって? あの舞台上の奴隷全部を?」
男の顔にあざけりの表情が浮かんでいた。
奴隷の値段なんて知らないけど、今はこの方法でしか誰も傷つけずに助けることはできない。
俺がもっと世間を知っていて、知恵が回れば、もっといい解決策はあるんだろうけど。
これが、今の俺にできる最大の方法だ。
「はい!! 買います!!」
「ちょ、ちょっとフィナンシェ君!?」
「お、お兄ちゃんがコレットたちを買うの!?」
「フハハハッ!! お前、自分が何言っているのか分かってんのか? あの舞台上の奴隷を全部って言ったら総勢一〇〇名、一人平均三〇〇万ガルドで軽く三億ガルドは掛かる計算ができてるのか? お前みたいな小僧に三億ガルドなんて払えるのか?」
さ、三億ガルド……ど、奴隷って結構高額なんだ……。
三億ガルドの金策かぁ……どうしよう……でも、スキルの力を使えばできないこともないよね。
俺はチラリとラディナさんの顔を見る。
彼女また俺と同じ考えに至っているようだ。
「今はまだお金がないけど……これ! 買い取りの手付け金としてください! この剣の価値は一〇〇〇万ガルドあります!」
俺は腰の剣を男の前に差し出す。
男は刀身から炎が吹き出した俺の剣を見て表情を変えていた。
「魔法剣か……それも相当の業物と見える。小僧、こんな剣どこから盗んできたんだ?」
「違います。これは俺の個人的な持ち物ですから。で、これを手付け金として預けますから、この子とあの舞台上の奴隷全員を三億ガルドで俺に譲って頂けますか?」
男の厳しい視線が俺の目に注がれる。
相手は人を物のように扱うことになれた冷酷な人間だし、舐めれないようにしないと。
「手付け金一〇〇〇万ガルドか……三日、待ってやろう。三日後、三億ガルドを用意してオレたちの船を訪ねてこい。来なければ、この剣はもらうし、奴隷たちは奴隷市で売る」
「分かりました。ただし、俺が彼らを買うと言った以上、商品である彼らを傷つけるのは一切認めない。俺が三日後に三億ガルド持ってきた時に一人でも怪我なり欠けていたら即刻、貴方たちを衛兵に訴えますからね」
男の視線に僅かにひるむ様子が見えた。
ここで一歩も引いちゃダメだ。
俺が金策をする間、この子や奴隷の人たちが酷い目に合わないようにキッチリと約束を取り付けておかないと。
「……よかろう。オレもお客の要望には応える方だ。商品の奴隷たちはお前が払った手付け金分の待遇は与えおいてやる。いい取引を期待しておこう」
男はいやらしい笑みを浮かべると取引成立の握手を求めてきた。
「お兄ちゃん……は助かるの?」
背中に隠れているコレットと名乗った犬耳の幼女が反対の手をギュッと握ってきた。
「絶対に助けるから。だから三日だけ我慢してくれるかい?」
「ほんとにほんと? お兄ちゃんが助けてくれる?」
「ああ、絶対に助ける!!」
「だったら、コレットは我慢する! お兄ちゃんがお迎えにくるの待ってるから!」
コレットの必死さが手のぬくもりを通して伝わってくる。
絶対に、絶対に俺が助ける!
「くせえ芝居はもう終わりか? とりあえず期限は三日。三日後、金が来なけりゃ、こいつは反抗した見せしめを味わってもらうし、奴隷たちは売りに出す!」
男が俺の剣を受け取りコレットの手を取ると、いちおうは丁重に連れて行こうとしていた。
「あんたたち、コレットちゃんに少しでも手を出したら命がないと思いなさいよ」
「ああ、オレたちは金の分の約束は守るさ」
男たちが俺の方をチラチラと見るコレットを連れ、舞台に戻ると奴隷市の中止を周囲に告げていく。
「フィナンシェ君、すぐにお金を作らないと……」
「う、うん! と、とりあえずラビィさんたちに知恵を借りた方がよさそうだ。すぐに宿に戻ろう」
俺たちはすぐにラビィさんたちのいる宿に戻ることにした。