第三十六話 奴隷市
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アメデアの街はオステンド王国の玄関口とも言われる大きな港街だそうだ。
そのため、港に近づくにつれて外国の人や見たことのない種族の人も段々と増えてきていた。
「フィナンシェ君、この人だかりだとはぐれちゃったら見つけられないかもしれないから、ちゃんと手を繋いでてね」
「あ、はい……ちゃんと握ってますよ」
今の俺たちって、周りから見たら恋人同士とかって見えてるんだろうか。
俺の方が身長も年も若いから弟とか見られてたらやだなぁ。
一方、俺の手を引き街を散策するラディナさんも、初めて見るアメデアの異国情緒に当てられたのか、色々と周りを見て驚いていたり、いろんな物に興味を示して店の人に尋ねたりしていた。
「フィナンシェ君、これなんかハナちゃんへのお土産によくない? 可愛いと思うんだけど」
雑貨屋を見ていたラディナさんが、虹色に光る貝殻の髪飾りを差し出していた。
そういえばハナちゃんにお土産頼まれてたなぁ。
「いい感じの髪飾りですね。きっと似合うだろうし、喜んでくれるかと」
「じゃあ、あとコレはアステリアでしょ、こっちはティラン、この二つはセーナとルーシェにお土産にしようと思うんだけど。今回のあたしのお仕事報酬で買えるかな」
ラディナさんが選んだお土産は虹色の貝殻を加工した腕輪や指輪、首飾りなどの装身具で、総額は二〇〇〇ガルド程度であった。
今回の報酬は一人五〇〇〇ガルドだったし、ヨームさんからはタップリと心付けをもらっているから問題ないよね。
「大丈夫ですよ。それよりもラディナさんはどれか欲しいのないんですか?」
「え? あたしも買っていいの?」
「え? はい、いいですよ。だって、ラディナさんの分のは俺の報酬から買えばいいですし。せっかくアメデアに来たんだし二人の記念になりそうな物とかあったらいいなとか思っただけで……。えっと、ダメでした?」
記念の品と聞いたラディナさんの顔が赤く火照っていく。
すると、その顔を見ていた店の主人がすかさず俺に品物を差し出していた。
「お兄さん、これをお嬢さんに贈ってみたらどうだい。螺鈿の耳飾り。恋人同士で一つずつ着けるのが今の流行りなんだってよ」
店の主人が差し出した耳飾りをラディナさんが真剣な顔をして見ていた。
婚約の品として銀の腕輪を贈ってるけど、こういった記念の品も大事だよな。
「じゃあ、これもください! ラディナさん、俺と一個ずつ着けてもらえ……ます?」
「フィナンシェ君っ!!!」
急にラディナさんが両手で顔を覆ってしまった。
でも、耳まで真っ赤にしてるってことはめちゃくちゃ照れてるってことだよね。
そんな反応されると可愛いとしか思えないんだけども。
「お嬢ちゃんもその気のようだし、お似合いの二人にはこっちも割引で応じてやりたいもんだ。全部で四〇〇〇ガルドを三五〇〇ガルドにまけてやるよ。兄ちゃん、すぐにお嬢ちゃんに着けてやりな」
店の主人が耳飾りをニッコリと笑って俺に手渡すと、ともに値引きをしてくれていた。
「すみません、ありがとうございます! ラディナさん、耳に着けさせてもらいますね」
ラディナさんが照れているのか、顔を覆ったまま無言でブンブンと頷いている。
やっぱラディナさんは綺麗なだけじゃなくって、可愛いところも多い人だよな。
そんな人と婚約前提のお付き合いができてるなんて、俺は幸せだよ。
手にした耳飾りをそっとラディナさんの右耳に着けると、残りの一つは自分の左耳に着けておいた。
「できたっと。ラディナさん、俺似合ってますか?」
両手で顔を覆っていたラディナさんの手をゆっくりと開いていった。
「う、うん。なんかとっても似合ってて、かっこいいよ……フィナンシェ君」
手に覆われた先には、チラチラと俺の顔を見ては視線を逸らして、照れるラディナさんの顔があった。
やっぱり、その不意打ちは卑怯ですよラディナさん……。
「ありがとうございます。でも、ラディナさんもめちゃくちゃ似合ってますから」
「~~~~~~~っ!!」
「ハハハ、あんまり店先でイチャつかないでくれよ。ほら、他のは袋に入れておいたからな」
「すみません、ありがとうございます! ラディナさん、他の店もまだ見て回りましょうか」
店の主人からお土産の品を入れた袋を受け取ると、来た時とは逆に俺がラディナさんの手を引いて市場の奥の方へと駆け出してった。
アメデアの街の市場はミノーツの街で見慣れない物が溢れ、訪ねる先々の店で初めて見る物ばかりがあった。
そういった店を回りながら、ラディナさんと他愛ない会話で盛り上がり、デートの時間はドンドンと過ぎていた。
「はぁー。今日はなんかいいことばっかりあって、すごく記憶に残る日になりそう……ありがとね、フィナンシェ君」
「俺もすごく楽しめましたし、その……周りの人たちから俺たちは恋人同士だって見られてるのが分かって嬉しかったりもしてます」
「もう、あたしはフィナンシェ君と婚約もしたし、初めて二人でスキルを発動させた時からずっと恋人同士だって思ってるんだから、自信持っていいんだからね」
ラディナさんに真顔でそう言われると、めちゃくちゃ恥ずかしい気持ちになるんだけども。
でも、恋人同士ってこれが普通なんだよな……きっと……。
そんなことを考えながら、二人で手を繋いで市場を散策していくと、人だかりになっているなっている場所が見えてきた。
「あの人だかりってなんだろう……」
「ん? 何かしら……舞台の上に人がいっぱい並んでいるから、野外演劇の上演中とかかしら」
演劇の上演中? それにしてはなんだか、がらの悪い男の人が結構いる気がするけど。
それに……なんで檻に入れられている人がいっぱいいるんだろう。
俺は視線の先にある舞台で何が行われているのか気になったので、隣にいたおじさんに聞いてみることにした。
「すみません、あの舞台上で何がされてるんですかね?」
「あん? ありゃあ、奴隷市だよ。今日は月一の奴隷市が立つ日でね。今回は南の諸島群から捕らえてきた獣人族たちがセリにかけられるそうだ」
え? 奴隷市!? でも、確か国法で奴隷の所有は認められてないはずじゃあ……。
なんでこんな公然と市を立ててられるんだ?
衛兵とかって捕まえに来ないのか?
「ど、奴隷市ですか!? オステンド王国って確か奴隷禁止だったはずですよね?」
おじさんは俺の言葉に頭に手を当てて笑い始めた。
「フハハ。あんちゃんには分からないかもしれないが、法には抜け穴ってのが付き物なのさ。国法で奴隷禁止って言っても、労働契約って形でなら法には触れないからな」
「そ、そうなんですか? でも、それって本人たちの知らないところで契約が取り決められるってことですよね?」
「まぁ、そうなるな。奴隷船に捕まったのが運の尽きだってことさ」
そんな理不尽なことってあるか……。
自分の意志と関係なく、人生を他人に決められるなんて……まるで、ミノーツでゴミ拾いをしてた時の俺と同じじゃないか。
俺は舞台上の檻の中に捕らえられ奴隷として売られるのを待っている人たちと、自分の過去が重なって見えていた。
「フィナンシェ君……あたしもフィナンシェ君と出会ってなかったら、オークの奴隷にされてかもしれないから……奴隷市と聞いて他人事に思えなくて……」
握っていたラディナさんの手が小刻みに震えているのが伝わってきた。
彼女もまた村を焼かれ、奴隷としてゴブリンやオークたちに連れてこられていた過去を持っている。
「俺たちの力でこの奴隷市をなんとかならないかな……」
「あたしの力で檻を解体してみんなを逃がす?」
「あんたら、危ない考えは捨てることだな。あの奴隷市はかなり危ない連中が仕切っているから、下手に手を出したら殺されちまうぞ」
おじさんは俺たちが奴隷市を潰そうと動くのは危険だと釘を刺してきた。
けど、このまま見てたらあの人たちは望まない人生を送ってしまうだろうし……。
俺たちがどうするか迷っている間に舞台上が一気に騒がしくなった。
「獣人の子供が一人逃げ出したぞ!! 絶対に逃がすな!! 抵抗するなら見せしめに殺しても構わん!!」
「待ちやがれ! クソガキがぁ!!」
「武器持ってこい! 武器! あのクソガキ! 生きてられると思うなよ!」
騒ぎは檻から出された獣人の子供が、鎖を持っていた奴隷商人を蹴飛ばして客席の方へ逃げ出したことで起きているようだ。
逃げ出した獣人の子は……あそこか!
追手はすごく殺気立ってるみたいだし、助けないと殺されちゃうかもしれない。
「ラ、ラディナさん! 俺、あの子助けて来ます!! ラディナさんはラビィさんたちを呼んできて!!」
「フィ、フィナンシェ君! あたしも一緒にあの子を助けに行くから!」
「ラディナさん……追手の人は本気っぽいですから危ないですよ!」
「それはフィナンシェ君も同じでしょ! あたしたちは二人で一人。常に一緒なんだから」
そう言ったラディナさんは背負っていた弓を手に取ると、奴隷市の方へ向かい駆け出していく。
俺もすぐさまラディナさんの後を追って奴隷市へと駆け出していった。