お祭りがやってくる
まちづくりを学ぶ。
そう、決意して初めての中間テストが終了した。
意気込んで臨んだけれど、結局は3位に終わった。やはり、上2人は手強い。
しかし、手応えも感じていた。
前回より点差が縮まっていた。
トップの背中が見えてきた。
今まで、順位表は理系の分しか見てこなかったが、今回、何となく3年生の文系の順位表を覗いた。
いや、何となくではない。
桜木先輩が気になったからだ。
同じ大学を目指すということは。
先輩も成績優秀者のはず。
我が校ではトップ30までが貼り出されるシステムであるから、順位表の前に人だかりが出来ることはあまりない。
簡単に、目的の順位表の前に辿り着いた。
先輩の名前を探していて、ある1点を見つめ固まってしまった。
順位表の前で口をポカンと開ける私。
ふいに後ろから久しく聞いていない声に喋りかけられた。
「奈美ちゃん?どうしたの?
ここ、3年生の順位表だよ?」
桜木先輩の手が頭に乗っかる。
依然、言葉を発しない私を疑問に思ったのか、わしゃわしゃと髪を乱された。
「せ、先輩!!先輩が1位だなんて聞いてない!」
突然、勢いよく先輩を振り返り、大きな声で告げた私を見て先輩はあははと、笑った。
「だって、聞かれてないもん。てか、奈美ちゃん。俺もさっき、奈美ちゃんの順位気になって見てきちゃった。3位凄いね。」
驚きで先輩に乱された髪を整える余裕のなかった私。その乱された髪を先輩が整えながら、顔を覗きこまれる。
ちょっと口を尖らせて先輩に文句を言う。
「学年1位様に言われても嬉しくないもん。」
今度はぽんぽんと頭を優しく叩いて、小さい子をあやすように笑いかけられた。
「1位も3位もそんな変わんないよ。たまたまね。それに、奈美ちゃんはまだ伸び代あるでしょ?
やりたいことが見えたら、もっと頑張れるよ!絶対!!」
そこで、はっとした。
「あ、先輩!私、その。伝えたいことがあって。」
そこまで告げて、そろそろ予鈴の時間が近づいていることに気付いた。
「聞いてあげたいけど、時間ないや。昼休み資料室で待ってるね。」
先輩はひらひらと手を振って、廊下に消えていった。
やばい。心臓がばくばくしている。
やっぱ、かっこいい。
しかも、沢山頭撫でられた。
ドキドキが引かないまま、教室に向かっていると、内山くんに会った。
「斎藤さん。3位おめでとう。相変わらずトップ3は固いね。」
「あ、内山くん。おはよ。内山くんも5位でしょ?凄いじゃん!」
ふふっと内山くんが笑う。
斎藤さんの順位には届きそうもないけど。
理系クラスは、各教科トップ5の名前と点数がプリントにまとめられ配られている。だから、内山くんの大体の点数も把握している。
私は知っている。
私が苦手とする、英語と科学は内山くんの方がずっと点数がいいことを。
「私、英語と科学はからっきし駄目でさ。内山くんの方が点数いいじゃん。」
あっという間に追い抜かれちゃうよ。
肩を竦めてみせると、内山くんはちょっと不満そうに言った。
「俺は、物理と古文が苦手で、トップ5外なんですが。」
それは、私の得意分野であった。今回もその2教科は学年トップを獲得していた。
あはは。2人で顔を見合わせて笑った。
期末は負けないよ?
そう言って各自、自席へつく。
本鈴と同時に澤谷先生が教壇へ立つ。
いつもより少しにこやかな表情の先生。
「ええ、とりあえず。皆、テストご苦労だったな。成績が良かったものも、奮わなかったものも。年が明ければセンター試験まで1年となる。気を引き締めて精進するように。」
そこで、一拍おき。にかっと歯を見せて笑う。
「堅苦しい話はここまでにして。いよいよ文化祭がやってくる。
勿論、勉学も大事だが。思いっきり楽しめ!目指せ、優秀賞だ!!」
男子たちがざわめきたつ。
今日の午後の授業は、クラス会議の時間に充てられるという。
文化祭は2日間開催され、翌日は体育祭が開かれる。3日間のビックイベントだ。
顔が綻ぶ。
いよいよ、お祭りがやってくる。
昼休み。
お弁当を勢いよく平らげて私は足早に資料室を目指した。
ガラガラ。扉を開け放つ。
「失礼します。」
誰もそこにはいなかった。
先輩と人生相談をした椅子に腰掛ける。
あれは、ひと月前の話だ。
とても、遠いことのように感じる。
それだけ、この1ヶ月色々あったということだ。
先輩と出会って、彼女がいることを知って。進路が決まって。
「おーい、奈美ちゃん?」
思い返している間に、先輩が資料室へ入ってきていた。
目の前に先輩の顔があって、思わず立ち上がる。
あはは。先輩が今までで見せたこともないぐらいの大爆笑をしている。
「奈美ちゃん。ほんと面白い。そのトリップは癖?」
ん?と私は考え込む。
「あー、いや。ごめんなさい、無意識でやっちゃってます。」
謝ると、先輩はまた笑い出す。
この前と同じ会話してるね。
言われて思い出した。
先月は、私がここで先輩に頭撫でるのは癖か尋ねたんだった。
私も吹き出して、2人でひとしきり笑った。
「それで。話って何だったかな?」
目尻に滲んだ涙を拭って、先輩が改まったように言葉を発する。
ゆっくりと、私の目の前の席に座る。
「あ、はい。」
私も気を取り直して、席に座る。
大学見学に行って、まちづくりを本格的に学びたくなったことを話す。
図書館で資料を読みながら、妄想に耽って涙を零したことを話すと先輩はまた笑った。
奈美ちゃんはどこでもトリップするんだね。
「先輩。ありがとうございました。」
深々と頭を下げた。
先輩とここでお話してご紹介いただいたから、私、やりたいこと見つかりました。
先輩と同じ大学で同じ方向を目指すなんて、先輩の真似をしているように感じて気味が悪いかもしれませんが、私、自分なりに考えて、調べて、やりたいと思ったんです。
勢いよく告げると、優しく笑う先輩と目が合う。
「気味が悪いなんて思うわけないよ。こんな素直な子が、目をキラキラさせてまちづくりについて語ってくれるなんて、俺、嬉しいわ。」
そう言って少し、先輩が腰を浮かせて距離を近付ける。
ぽんと頭に手を置かれ、撫でられた。
一緒に目指していこうな?
いつか、2人でまちづくり出来たらいいな。
なんか、俺。もっと奈美ちゃんと色々話したくなった。
そう言って連絡先を交換することになった。
赤外線でデータを送り合う。
ドキドキと胸が高鳴る。
連絡先の交換って、こんなに緊張したっけ?
携帯と携帯がこつんと頭を突き合わせている。
とても、気恥ずかしくなった。
「はい。交換完了」
なんかあったら、また、相談乗るよ?
赤外線通信が終わり、私たちの間にまた距離が生まれた。
ガラガラ
勢いよく扉が開いて、先輩の彼女が扉の前に立っている。
「拓磨。そんなとこで何してんの?」
彼女さんに思いっきり睨まれて、現実を思い出した。
先輩、彼女いるんだった。
「先輩。本当にありがとうございました。私、精一杯頑張ります。」
もう一度、深々と頭を下げて、資料室を出る。彼女さんにも会釈して通り過ぎた。
入れ違いに彼女が先輩に歩み寄る。
2人の近づく距離を見たくなくて、自然と速度があがる。
「人生相談してただけだよ。」
先輩の声がかすかに聞こえた。