星の瞬く夜に
戻ってきた私の微妙な表情に玲奈が何かを感じ取ったようだ。
「奈美?どしたの?」
「玲奈。先輩。彼女………いた。」
今、会ってね。私、相手にされなくて。なんか、良くわかんない。
これ。どういう気持ちなんだろ。
ぽん、と、玲奈の手が肩に置かれる。
「結構、本気だったんだね。奈美。」
複雑な気持ちだけど、よく分からない。
大貴に突き放された時とは違う感じ。
自分のことが良く分からない。
何がショックなのかも分からない。
だって、桜木先輩とは、月曜日に初めて話して。それだけだったから。
ふわりと笑う先輩の顔が脳裏に浮かんだ。
「あ!!」
玲奈が突然、素っ頓狂な声をあげる。
「奈美。怒んないで聞いてね。私、思い出したわ。去年、先輩見かけた時、彼女も横にいたわ。結構キレイ目な感じの人。」
玲奈ーー!!!
あはは、ごめん!
あれは、奈美。勝ち目ないわ。
と、笑い飛ばす玲奈。
玲奈のおかげで、空気が少し軽くなった。
「いいもん、別に。恋じゃないもん。うん、きっと違うもん!」
玲奈と訪れた市で1番大きな図書館。
玲奈は、助産師になると中学生の頃から決めていて。ただ数学、物理が壊滅的に苦手であった。
文系科目と生物で受験の出来る大学があるとのことで、玲奈はそこを目指し頑張っている。
玲奈もまた、進む道をはっきりと持って努力している人だ。
図書館につくと、玲奈は助産師の資料を目指す。
私は、明日、桜木先輩に紹介された大学に見学に行こうと決めており、その前にまちづくりについて、知っておこうと図書館を訪れた。
プログラミングに興味を持ったきっかけは、中学校で習った情報科の授業だった。自作ホームページを作成する授業であった。
複雑なタブを使いこなし、ホームページが華やかになっていく様に感動した。
チラシなどのデザインをするのも好きだったので、ホームページをどのように彩るか考え、それを文字情報として打ち込む。それがインターネット上で思い描いた通り表示されるのが楽しくて夢中になった。
その後、自作ゲームなどの面白さにも惹かれた。
自分の思い通りに動くキャラクター。
しかし、これを生涯の仕事とするのか?
いまいち、答えが見つからなかった。
桜木先輩の人生相談を思い出す。
天文学に興味がありつつも、趣味と割り切った先輩。
もしかしたら、近いのかもしれない。
私にとってのプログラミングは、先輩の天文学?
そう思うと、目指すは建築?
その先について…………
物思いに耽りながら、書棚を眺めていると、まちづくりの本を見つけた。
適当に数冊手に取り、玲奈の横に座り本を広げた。
いくつもの実例を眺め、想像をする。
私ならばどうするだろうか。
どんな未来を想像して、どんな提案をするだろうか。
そこに暮らす人々が幸せだといい。
皆が笑って暮らせる街になるといい。
どんな施設を置こうか。
商業施設の規模は?
病院は?
楽しくなってきた。
ふいに思い出す。
歴史を活かしたまちづくり。
先輩の言葉。
そうだ。
街には、何千何万もの歴史がある。
そこにかつて暮らしていた人々の想い。
そこかしこに残る軌跡。
それを辿ってみえてくるもの。
なんて奥深いのだろう。
今、私たちがこうして暮らしているこの土地で遥か昔にあった出来事。
それら全てが繋がって今がある。
天文学。
果てしない空に瞬く星々。
ああ、私が知らない数々の出来事を何千年何万年もの間、空から眺めていた傍観者たち。
彼らにも触れてみたくなった。
自然と1粒の涙が頬を伝った。
桜木先輩。
あなたは、なんて素敵なものを見ているのですか。
私も、同じ景色がみたくなりました。
図書館を玲奈と出た時には、辺り一面が闇に包まれていた。
すっかり日が落ちていた。
毎日、繰り返される光景。
毎日、見ていたはずの夜空。
なぜだか、今日は星を眺めて見たくなった。
玲奈と別れ、私は街頭の少ない近所の公園に足を運んだ。
ベンチに座り、星空を眺めて想う。
なんて、綺麗なんだろう。
星空を眺めているうちに、先輩に彼女がいてショックを受けていたなんてこと、忘れていた。
明日の大学見学が楽しみで仕方ない。次第に心が晴れ晴れとしてきた。
顔に笑みが浮かぶ。
まちづくり。
いいかもしれない。
これは、桜木先輩に言われたからとかの不純な動機ではなく。
私が心から学びたいと思えたことだった。
月曜日。
相も変わらず定刻通りに進む電車。
今日は、余裕をもって家を出た私。
ガタンゴトン。
小気味よい電車の音が不思議と、歌を歌っているように感じる。
土曜。見学に訪れた大学で、私の決意は固まっていた。
私も、この大学を目指そう。
私は建築を学んで、それをまちづくりに活かしていきたい。
桜木先輩に報告したい気持ちで一杯だった。
その日の放課後。
澤谷先生の個人面談が行われた。
大学に見学に行ったこと。
そこで、まちづくりを本格的に学びたい気持ちが強くなったこと。
私の話を聞いていた澤谷先生がにこやかに頷いた。
「やりたいこと、見つかったみたいだな。志望校についてだが、お前なら目指せる。気を抜かずにしっかり勉強するようにな。」
私は先生に深くお辞儀をして、個人面談を終えた。
10月の中間テスト、今まで以上に頑張れそうだ。
気合いを入れて教室を出た。