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春、きらり  作者: 如月 蝶妃
第1章 はじめまして
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もう1つの「はじめまして」

「奈美、遅いー」


教室に戻ると佳代が両腰に手を添えて頬を膨らませている。


「ごめんごめん。ごめんついでにもう一個野暮用ができちゃって。」


これ。と、資料を見せると標題の委員会名を確認した佳代が納得いった表情をみせる。


「井上くん?届けに行く感じ?」


そう。と、頷いてみせると複雑な表情の佳代。


「最近、喋ってないみたいだけど、大丈夫?」



「ああ。ま、資料渡すだけだから、大丈夫。」


帰り支度を整え、佳代と並んで歩き出した。








グラウンド。


内山周助と井上大貴は肩を並べてグラウンドを走っていた。


内山周助は、自分よりほんの少し先を走る級友を複雑な表情で見つめていた。


大貴が昇降口から向かってくる人の波の中に、見知った顔を見つけほんの少し表情を和らげたのを周助は見逃さなかった。


大貴の視線を追って、表情が柔らかくなった理由に納得がいった。




ああ、斎藤さんか。



「斎藤さんだな。」


だんだん近づいてくる斎藤さんを見つめながら、声をかけると大貴がこちらを向いた。


「ああ。」


聞いてくれるな。と言わんばかりに斎藤さんから視線を逸らし、大貴が少しスピードをあげる。


慌てて俺もスピードを合わせて大貴の表情を観察する。


「斎藤さん。可愛いよな。いい子だし。」


大貴の表情がほんの少し固くなる。

基本、何考えている分かりにくい大貴だが、斎藤さんのこととなると表情に現れやすいのを、大貴自身気づいていないのだろう。


大貴は、いつも口癖にように言う。


「別に。ただの幼馴染。」


大貴はぶっきらぼうに答え、スピードをさらにあげ、俺との距離を引き離した。



ふーん。幼馴染ね。



大貴自身、斎藤さんを特別視している自覚がないのか、それとも恥ずかしくて誤魔化しているだけなのか。


傍目から見ても、斎藤さんが大貴に笑いかける笑顔が他と違うことは分かる。


穏やかと言うのか、柔らかいと言うのか。とにかく、俺に向けられるそれよりも、格段と特別な気持ちが感じ取れる。

それをほんの少し悔しいと感じる俺は、多分、斎藤さんを少し特別に思っているのだろう。



俺は、大貴を追いかけるのをやめて、斎藤さんをぼんやり眺めながら、ウォーミングアップを続けていた。


いつの間にか斎藤さんは陸上部の待機場所へ来ていた。

そこへ、通りかかった大貴が呼び止められていた。


何やら言葉を交わす2人。



何となく漂うぎこちない雰囲気。



ここ最近の2人の微妙な空気。




いくつか言葉を交わした後、大貴が斎藤さんの頭を軽く小突いた。


ああ、可愛い。


斎藤さんのふわりと笑む顔を、ぼんやり眺めて級友を羨む。




斎藤さんはすぐに、大倉さんの元に戻っていってグラウンドを後にする。




ウォーミングアップを終えた俺は、大貴にもう一度聞いてみる。


「斎藤さん。ほんとにただの幼馴染?」


「ああ。」



あくまでポーカーフェイスに答えた大貴。





とりあえず、これ以上追求したら大貴は機嫌を損ねるだろうから、俺は諦めることにした。










映画館を出て、近くのファミレスで、晩ご飯を食べながら映画の感想もそこそこに、佳代と今日1日の出来事を話していた。



先輩に生徒手帳を拾って貰った朝の出来事。


お昼休みに資料室で、人生相談に乗って貰って名前を教えて貰ったこと。


佳代は所々相槌をうちながら、耳を傾けてくれていた。



「それで、にやにやしてた訳ね。納得。で、話して終わったの?連絡先とか聞かなかったん?彼女いるとかの確認は?」


へ?

あー、そういえば。

話せたことに大満足で、何も考えてなかった。


微妙な顔をする私に佳代はさらに詰め寄る。


「奈美にとってさ、桜木先輩はどういう存在?恋愛対象?それとも、ただの憧れ?」


「うーーん。今日初めて、名前知ってちゃんと喋ったから、何も考えてなかった。ただ、かっこいいなぁって思ってた人に生徒手帳拾って貰うとか、運命かも?なんて、舞上がってただけなのかなー。」


「そ。それじゃ、井上くんは?」


そう言われて、グラウンドでの会話を思い出す。


「普通に、資料届けただけだよ。なんか、言葉に詰まっちゃって。そしたら、軽く頭小突かれて、気まずくなるのはなんか違うね。って話しただけだよ。

だから、うん。多分、今まで通り話してこうってことかな?」


それだけ、私のことなんとも思ってないってことなんじゃないのかな?

ただ、友達として変な空気になるの避けたいって感じがする。


佳代は、自分で聞いときながら、ふーんと気のない返事を寄越す。


「やっぱ、井上くんの考えてることは良く分からんわ。」


奈美のこと、どう考えてんだかね。




そうだね。私、本当は少しだけ大貴も私を特別に思ってるって期待してたから。



余計、訳が分からなくなってる。



佳代に大貴の考えが理解出来ちゃったら、私の立場がないよ。



ふふっと笑って、佳代は穏やかな表情をみせる。



「奈美。次、先輩に会ったら、連絡先聞きなよ。」



い、いや、無理!!

そんなグイグイいくタイプじゃないもん。私。


顔の前で両手をぶんぶん振っている私を、にんまり見つめる佳代。


「佳代ー、面白がってるでしょ!」



あはは。って、楽しそうに笑う佳代に睨んで対抗する。



佳代があまりにも、私をはやし立てるから、急に桜木先輩が気になってきてしまう。






その夜。


私は夢を見た。



中学生の頃、大貴と勉強会をしている夢だった。



大貴が私の家に来ていた。

晩ご飯の時間が近づき、大貴がおばさんに呼ばれて、自宅へ帰ることになった。


「奈美。俺、帰るな。」


ふわりと笑って、私の髪をクシャッとかき混ぜる。


優しく触れるその感触。


恥ずかしくてぎゅっと目を瞑って、目を開けると目の前には桜木先輩の顔があった。


「奈美ちゃん?」


フワッと離れていく手は大貴の手ではなくて、桜木先輩。


そのまま、桜木先輩を玄関まで見送って、歩いて去っていく後ろ姿を、いつまでも見つめていた。



そこで、目が覚めた。




なんていう夢だ。



思い出した。

私、大貴に頭クシャッとされるの好きだった。

高校に進学してから、されていないから忘れていたけど。

桜木先輩のあの仕草。

大貴に似てるんだ。


とても、落ち着くあの気持ちは。

大貴だから?

桜木先輩にドキッとするのは?

桜木先輩だから?

大貴と仕草が似ていたから?









翌日以降、大貴を避けるのも余計変な感じになると思って、また少しずつ話すようになった。


けど、私は夢のせいで大貴に頭を撫でられる感触を思い出して恥ずかしくなる。


それと、同時に桜木先輩を思い出して、余計顔が熱くなる。



それの繰り返しだった。










金曜日。


桜木先輩を初めて見てから1週間。

月曜日みたいな奇跡は、起こらず今日まで先輩に会うことも廊下で見かけることさえなかった。


そりゃ、学年違えばそうそう会わないよね。





結局、先輩の姿を見かけることなく放課後を迎えた。


今日は、玲奈と図書館に寄る約束をしていた。


もう少し、進路を考えるために、資料を探しに行く予定だ。




昇降口まで来たところで、教室に課題で使う問題集を置き忘れてきたことに気付く。


「玲奈。ごめん。忘れ物」


待ってて!そう言って、急いで教室に戻る。





「拓磨ーー!」

先輩の下の名前?

ふと、呼ばれた方向に目を向けると、廊下の先に桜木先輩が。


そして、声の主が先輩に抱きついた。



先輩と目が合う。


「あ、奈美ちゃん。」


先輩が、ふわりと笑う。


「どうも。」


彼女さんが私を見る。誰?と、桜木先輩に問掛ける。


「この前、知り合った後輩。」


ふーん。


「ああ、奈美ちゃん。この子、俺の彼女。」


「あ、どうも。はじめまして。2年H組の斎藤奈美といいます。」


ぺこっと頭を下げると、ふーん。と彼女が返事をして、桜木先輩を連れてさっさと行ってしまった。



「奈美ちゃん、またね!」

先輩は、私に軽く会釈して彼女と並んで歩いていった。





彼女………か。

ま、先輩モテるだろうしね。




なんだろう。この気持ち。




失恋。なのかな。


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