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春、きらり  作者: 如月 蝶妃
第5章 新しい風
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約束の2両目

座席に座りながら、水を飲んでいると、

「奈美?大丈夫??」


後ろから、聞きなれた声が聞こえた。

ばっと振り向くと、息を切らした周助がいた。


「ふっ、早かったな」


大貴はさっと席を立つと、真子の隣に戻っていった。

その空いた席に周助は腰を降ろして、私を覗き込む。


「奈美が力なく座り込むの下から見えて。急いで来た。」


ふわっと周助の手が頭を撫でる。


「奈美?一生懸命なのは嬉しいけど、ちゃんと息して?」


「え?」


私、周助の試合でこうなるの初めてなのに。なんで分かってるの?


「大貴から、聞いてた。奈美、多分今日ヤバいって。」


大貴は今日の周助のレースを見て、私が夢中になって、こうなることを予想して周助に教えていたらしい。


そして、多分。


私がこうなっても良いように観客席に来てくれたんだ。



「周助、決勝もあるのに急がせてごめんね?」


優しく笑って周助は首を振った。


「いいよ。奈美がこうして夢中になってたっことは、俺しか見えなかったんでしょ?」


こくん。頷くと、もう一度頭を撫でられる。


「そんな嬉しいことないよ。決勝もちゃんと見ててね?けど、ちゃんと息はしてね?」


あはは。と、笑って誤魔化した。


息をとめてるのは無意識だから、私にもどうしようもないんだけど。


周助は私の耳元に口を寄せて、隣にいる真子たちに聞こえないように声を潜めて、囁いた。


「俺、かっこよかった?」


トーンを落とした声音と、ニヤリと笑む顔。


「ちょ!」

赤面しながら、小声で周助に抗議する。


今、聞かないでよ!真子たちに聞こえちゃう!


ふふって楽しそうに笑いながら、周助はひょいとレモンピールの入った袋を私の手から奪っていく。


「これ、食べていい?」

「いいよ。」


いただきます!


美味しそうに周助が頬張る。


「美味しい!」



その後、周助が渋々了承して、大貴はレモンピールにありついた。


お昼休憩には、部員のみんなにも食べて貰えたみたいで、空っぽのタッパーが帰ってきた。




午後からの決勝。


結果は、大貴がなんと100mで県大会へ出場が決まった。

周助は惜しくも県大会行きを逃した。


大貴の出場したリレーも県大会へは行けなかった。


私は、決勝でも周助のレースを観戦中。夢中になってしまった。けれど、隣の真子が必死に私を揺すってくれて、予選の惨事は免れた。






今、私は周助と歩いている。


本当は大貴の隣の家なのだから、4人で帰った方が良かったんだけど。


周助が2人になりたいと言ってこうなった。


会場近くの駅前。

広場の椅子に座って、先程買ったコーヒーショップのコップに口を付けた。


「ねぇ、奈美。」

俺、県大会行けなかった。


周助の表情は浮かない。


「うん。」

私はなんて言ったら良いか、言葉が見つからず、周助を見つめる。


「なんか、これで部活終わりって寂しいな。」


きっと、県大会へ出場した大貴がこれから、大会まで部活をする姿を見るのは、周助にとって辛いことなのだろう。


「けど、大貴が勝てて良かった。」

周助の顔には薄く笑みが浮かんでいる。


「今度からは、俺も一緒に大貴を応援するな?」




「それから。」

俺、今回の大会で大貴に妬いた。


レモンピール、美味しかった。嬉しかった。

俺のために作ってくれたんだって分かってるんだけど、俺よりずっとずっと前に大貴がそれを貰ってて。

今回も、凄い嬉しそうにしてて。


後。奈美が、さ。

夢中になっちゃったこと。


俺、文化祭の時に奈美が大貴を見て、ああなってるの知ってた。

今回は、俺を見て。っていうのは、凄い嬉しかったけど。


考えてもしょうがないけど。

奈美はずっと大貴を特別に思って、大事にしてたからそうなってたんだよね。


なんか、それが悔しくて。



「周助。その、ごめんね?」

大貴が幼なじみで、周助の言ったように過去にそう思ってたのは事実。なんだけど。


それは、もう変えられなくて。


でも、今は周助が好き。大事。

何よりも、周助が1番。



一生懸命、伝えるとふわりと周助は笑った。


「大丈夫。伝わってる。俺が勝手に過去に嫉妬しただけ。」


だから、これからは俺が奈美をたくさん独り占めする。



「これから、もっと奈美と時間を過ごしたい。」



周助は朝、私と同じ電車で通学してくれると言った。

帰りも部活がないから、出来るだけ一緒に帰ろう。と約束した。



朝の待ち合わせは、私がいつも乗る電車の2両目。



「今日は、この話がしたくて引き留めた。後、俺がちゃんと奈美を送り届けたくて。」


大貴と帰ってく姿は、どうしても見たくなかった。


コーヒーを飲み終わると、電車に乗り込んで身を任せる。


ギュッと手を繋いで、お互い特に会話はなかった。

静かに電車の音に耳を傾けていた。



ホームに降りる。

私はここまででいいと言ったけれど、周助が家まで送ると譲らなかったからお願いすることにした。



手を繋いで、駅から自宅までの道のりを歩く。いつもと同じ景色なのに、今日は違って見えた。



「周助。ありがとう。それじゃ、また明日ね。」

あっという間に自宅へついてしまって。周助の手を離して、歩き出そうとした。刹那、手を周助に引き戻された。


ギュッと腕の中に閉じ込められている。


「奈美。少しだけ。」


「周助。ここ、家の前」


「ごめん。」



目が合うと、周助の顔が近付く。


あっ、キスされる。



思わず目を閉じる。


この間のように、何度か角度を変えて唇が重なる。


優しく周助の手が頭を撫でていく。


優しい口付けに夢中になっていると、周助の手が頭をホールドする。


そのまま、徐々に深く唇が交わりだす。


初めてのことに戸惑っていると、生暖かい何かが私の唇を舐めた。


にゅるっと侵入してきたそれに舌を絡みとられて。


それが周助の舌であることを理解する。




え?舌入ってるの?


理解が追いつかず、なんとか周助から与えられる刺激に耐えていた。


「んっ」


何とも言えない心地良さに漏れた声。



相変わらず緊張は凄いしてるし、恥ずかしいけれど。

嫌な感じはなくて、気持ち良かった。



前回のキスとは比べ物にならない、刺激に私はまた顔があげられなくなった。


「奈美?ごめん。」

また、暴走した。


ふるふる。

首を振ると、周助は心配そうに顔を覗き込む。


「嫌じゃなかった?」


こくん。


「気持ち、良かった?」


………こくん。


安堵したように、周助は息を吐くと、チュッと俯いたままの私のおでこに口付ける。


「それじゃ、また明日な。」


周助は、私の頭を撫でると帰って行った。

その背中をしばらく見つめて。

見えなくなるまだ見送ったあと、私は自宅へ入った。

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