予選大会
ゆっくり周助との間に距離ができる。
どれくらいの間、周助と唇を合わせていたのか分からない。
けれど、まだその感触がとても鮮明に残っているぐらい、長い時間だったのは確かだ。
一瞬、周助と目が合うと、私は居た堪れなくなってぽすんと、周助の胸に顔を埋めた。
信じられないぐらい心臓がバクバクと音を立てている。
無理!恥ずかしすぎて顔、見れない。
周助の手が肩に触れる。
「奈美?」
私は思わず、ビクッと肩を揺らしてしまった。
「泣いてるの?」
あまりの緊張で、目が少し潤んでしまったよう。
ふるふる。
必死で首を横に振る。
声が出せなかった。
周助に顔を覗き込まれて目が合うと、胸がきゅーと苦しくなる。
どうしたら良いのか分からず、放心していた。
「ごめん。いきなりだったよな。奈美が可愛くて、止められなかった。」
私を抱きすくめながら、優しい手が髪を撫でていく。
しばらくそうしていると、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
周助の手つきは優しく繊細で。
壊れ物でも扱うかのよう。
とても、心地よくて、ずっとこのままいたいぐらい。
私は猫のように、周助の胸へすり寄っていた。
「あ、あのね。」
ようやく、声を出す。
心なしか少し震えてしまっていた。
「緊張しすぎて。どうしていいか、分からなくなっちゃったの。」
嫌とかじゃないよ?
むしろ、私、も。したかった、と思う。
「奈美?ほんと?」
その言葉に驚いたように、周助は私の体を引き離して、見つめられる。
「うん。もっと触れたいな。って、思っちゃった。」
真っ赤な顔してようやく本音が言えて私は安堵した。
周助も、私を泣かしてしまったわけじゃないと分かり安堵したようだった。
「そろそろ、帰ろうか。」
私達は、日が沈みつつある海を眺めながら、遊歩道を引き返して、帰路についた。
週末。
私は真子と、陸上競技場の観客席に座っていた。
今日は、周助と大貴の引退をかけた予選大会。
周助は200mと400m。大貴は100mと200mとリレーに出場する。
真子とドキドキしながら、2人の登場を待った。
昨日は、二人とも200mに出場し、予選大会を勝ち抜くことが出来なかった。
今日は、お互い得意とする種目が残っている。
ギュッと差し入れのレモンピールの入った袋を握りしめる。
アナウンスが流れると緊張が走る。
この感じ、懐かしいな。
中学の時は良く、こうして大貴の応援に来ていたな。
大貴は、私のレモンピールが大好きで、
毎回たくさん作って持ってきていた。
差し入れといえばこれしか思いつかなくて。
昨日も持ってきた。
周助のために持ってきたわけだが、目ざとく見つけた大貴が、嬉しそうにぱくついていて、周助に怒られていた。
今日は、他の部員も食べたいと要請があって。昨日慌てて作って持ってきた。
「ねぇ、奈美」
真子が私が握りしめてる袋を見る。
「私にも、それの作り方教えて?」
「え?」
レモンピールを指さしている。
「全然いいけど。」
「大貴くんが、昨日嬉しそうにしてて。」
私のクッキーより嬉しそうだった。
真子が少ししゅんとして、呟いた。
「私も、大貴くんに喜んで貰えるもの作りたいの」
「そっか。じゃ、2人がこの大会勝ち抜いたら、県大会の時一緒に作ろうか?」
「うん!」
ぱっと、真子の顔が明るくなった。
その時、アナウンスが大貴の名前を呼んだ。
「あ!大貴走るよ!」
「うん」
スタートラインに並ぶ大貴を見つめて、真子はとても真剣な表情。
真子の方が緊張しているようだ。
大貴の表情は、集中モード。
キリッと目元が引き締まる。
いい顔。
私は、その表情を見て、いける。そう思った。
バンッ
走り出した大貴を祈るように見つめる。
「やったー!」
隣で真子がぴょんぴょん跳ねている。
大貴は予選を1位で通過した。
ほっ
とりあえず、予選は通過。
午後の決勝への出場が決まった。
「真子、やったね!おめでとう!」
かっこよかった!凄かった!
真子が、隣でテンションを上げているのが微笑ましい。
しばらく他のレースを眺めていると、大貴が姿を現した。
「大貴くん!おめでとう!」
大貴の姿を見つけて、駆け寄る真子。
「おう。」
こうして2人が一緒にいる所も随分見慣れた。
相変わらず、大貴は無愛想。
「大貴、おめでとう。」
私が声を掛けると、大貴の視線は、差し入れの入った袋にうつる。
「それ、食いたい」
「だめ。」
即答した私の言葉に眉が吊り上がる大貴。
「なんでだよ。」
「周助が1番なの。」
大貴の口からため息が漏れる。
「けち」
私は、大貴の文句を聞こえないふりした。
「大貴、みんなのとこ戻らなくていいの?」
「ああ。午後まで出番ないから、このまま、ここいる。」
大貴の返答に真子は嬉しそうだ。
大貴は、真子の隣に腰掛けて、トラックを見つめた。
「周助、次だぞ」
真子をはさんで聞こえた大貴の呟きに、私は頷いた。
ドキドキ
だんだん鼓動が、早くなってきた。
落ち着け。私が落ち着かなくてどうする。
大丈夫。まだ、予選。
周助ならいける。
大丈夫。
ギュッと差し入れの袋を握る力を強くして、目を瞑って祈った。
無事、通過出来ますように。
アナウンスが周助の名前を呼ぶ。
真剣な表情。
周助もまたいい顔をしていた。
文化祭の時は、大貴を見るのに必死で、周助のスタート前の顔を見逃していたことに気づく。
かっこいい
周りの雑音が消えた。
周助しか見えなくなったいた。
ドク。ドク。
鼓動の音が響く。
バンッ
スタートすると、同時に私の視線は周助を追う。
意識しなくても、周助しか目に入ってこない。
約1分。
大貴は100m、200mを専門としていたから、競技がとてつもなく長く感じる。
周助がゴールテープを切った。
良かった。決勝行ける。
私は、その場にへたり込む。
はぁ、はぁ。
肩で息をして、自分が息を止めていたことに気がついた。
「奈美?」
私の左隣にいた真子がびっくりして私を見る。
いつの間にか、真子の隣にいたはずの大貴が、私の右隣に移動している。
私の肩を支えている大貴。
「その癖、治ってないんだな。」
大貴は、呆れたように言う。
落ち着いた私を座席に座らせ、ペットボトルを差し出された。
「水」
「ありがとう。」
お礼を言って、それを受け取ると真子が心配そうに見ている。
「奈美?大丈夫?」
「ありがとう、真子。大丈夫だよ」
大貴は、少し不機嫌に告げる。
「ったく。400は100や200みたいにはいかねぇぞ?」
「分かってるよ」
不思議顔の真子に大貴が説明する。
「昔から、奈美は勝手にゾーンに入って、一切周りの声が聞こえなくなるんだよ。んで、ゴールテープ切るまで息止めてんの。」
しょっちゅう、俺がゴールするとこうやってへたり込んでたけど。400は1分近くあるからな。
真子はふーん、と相槌を打ちながら、複雑な表情を大貴を見ていた。




